euphoria


11th Night.@


腰の痛みで目が覚めた。ソファーの下に転がったクッション、その上に横たわるアコギ。
いつの間に眠りに落ちたのかわからないけれど、自分で手繰り寄せたであろう小さなブランケットに包まったまま腰を擦る。

体を起こして凝った首を捻りながら携帯を探す。ブランケットを捲ってゴロリとラグの上に音を立てて落ちた携帯のランプがゆっくりと点滅していた。拾い上げて携帯を確認するけれど、期待した返信は来ていない。

余計な心配をしても仕方ないことはわかっている。それなのに、どうしても考えてしまう。きっと一昨日の大輔の言葉を気にしているのは、二人共同じだ。
ソフレなんていう危うい関係は、いつ解消されてもおかしくはない。ただ、今の#name1#の態度を見る限り、ソフレを解消した時点で元のような友達には戻れない気がしていた。だから、返信が無いことに少なからず怯えていた。

たった一晩。まだ、たった一晩なんだから。自分に言い聞かせて仕事の支度をする。重たい頭のせいで余計に気分が沈むから、大きめの音量で音楽を掛けて気持ちの入れ替えを図った。

...もう少し、待ってみよう。
たかが遊びの予定の返信だ。しかも2人と言うわけではなく、いつものメンバーと一緒だと言うのに。それなのにこの妙な緊張感は何なのだろう。
中学生やそこらの恋愛を思い起こさせるようなこの胸の痛みが、今は心地好いものと言うには程遠い。

その日は早めにベッドに入った。余計なことを何も考えないように、余計な心配をしないように。
ここ最近の質の悪い睡眠のせいか、思いの外すんなりと眠りについた。



普段から思い切りはいい方だ。けれど、今日は通話ボタンが押せずにいた。ただ忘れてただけ、...とかじゃなく、返事が来ないのには何かしら理由がある気がしていたから。

...よし、掛ける。
息を吐き出して通話ボタンを押した。目を閉じてもう一度深呼吸。
プツ、という音がしたから目を開けた。コール音すらならないから耳から離して画面を見れば、通話時間がカウントされいたから驚いた。

『...あれ?もしもしぃ?』

恐る恐る呼び掛けてみるけれど、暫しの無音。

「...しょーた、」

俺の名前を呼ぶ愛しい声にほっと息をついた。

『あ、#name1#ー?ちょっと俺のメッセージ届いてるぅ?』

心配していたなんて思わせないように笑いながら明るく問えば、#name1#が申し訳なさそうに言った。

「...ごめん、返そうと、思ってたんだけど...」
『えー俺大倉と同じ扱いやんか』
「ちがうよぉ。ホントに返そうと思っててね、」

...さっきからいつもと違う気がしていた。それは声のトーンだったり、話し方だったり。けれど今、電話越しにテーブルかどこかに置かれたであろう缶の音で確信した。

『...なんか、酔うてる?...よなぁ?』
「...飲んでた、ちょっとだけ」
『ちょっとぉ?いや、結構酔うてるやろぉ』
「そんなことないよ」

笑いながら話す#name1#は、いつも飲んでいる時に比べたってやっぱり酔っている。

『いつもとテンションも声も喋り方もちゃうやん』
「一緒だし」
『こんな時間からそんな酔えるて、どんなけやねん!』

少し上擦っている声に気付いて探るように言うけれど、#name1#はただ笑っている。
...なんかあったんちゃうかな。無理して笑ってるんちゃうよなぁ?顔見てへんし、いまいちわかれへん。けど、やっぱ一人でこんな酔うてるて、おかしいよなぁ...。

「そんなに酔ってないってば」
『自分、わかりやすいで?』
「だからー、」
『...今から、行こかな』

本当は、#name1#が心配だから、よりも、俺が不安だから、が大きかったのかもしれない。

『...心配やし』
「..........、」

言い訳のように言葉を付け足してみたけれど、#name1#が黙っているから息を呑む。
今#name1#は何を思っているだろう。返事をするのに躊躇っているだろうか。

『そんな感じで風呂で溺れたとか警察から連絡来たら嫌やもん』

苦し紛れに冗談を付け加えてみれば、静かになった電話の向こうで#name1#が息を吸い込む音がした。

「...うん、...来て欲しいな、」

...想像を遥かに上回る言葉だった。その言葉を、今までどれ程望んでいたかわからない。先に言ったのは自分だけれど、確かに今のは#name1#から発せられた#name1#の気持ちなのだから。

『...ん、すぐ行くからな』

気をつけて、と言った#name1#に返事をして電話を切った。
胸が熱くなる程嬉しくて、不安は一瞬で吹き飛んだ。ただ#name1#が俺を欲してくれたという事実に胸を踊らせていた。

すぐに準備してマンションから出たけれど、週末ということもあって、通り過ぎるのは実車のタクシーばかり。痺れを切らし、引き返して自分の車で#name1#のマンションへ向かう。
少しでも早く、会いたくて。



近所のパーキングに車を停めて#name1#のマンションへ向かう。
さっき運転中にマネージャーから電話が来たから、家に居ると嘘をついて電話を切った。だから、目だけは忙しなく周りを見ていた。マスクをしてキャップを深く被って、俯きがちにマンションの自動ドアを潜ってエレベーターに乗り込む。マスクは外してキャップは後向きに被り直した。最近妙に俺を芸能人扱いするようなところがある#name1#に、変装みたいなことをして余計な心配をさせたくなかったから。

インターホンを押してから、すぐにドアに鍵を差し込んだ。扉を開ければ、リビングのドアから覗く#name1#の姿。思わず笑みを向けた。

『お邪魔しますー』
「...早いね」
『車で来たし。...あーもう、ええから座っといて!』

手で追い払うような仕種をすると、すぐに#name1#がソファーに座った。テーブルには缶ビールが2本。一つは空き缶だろうけれど、どう考えたって2本でこれだけ酔ったとは考えにくい。

『一人でどんだけ飲むねん。誘えやぁ』

俺を見上げた#name1#の目を見て、やっぱり、と思っていた。泣いた後のような目をしていたから。苦笑いとも取れるような笑みを浮かべて目を逸らした#name1#の隣に腰を下ろす。ぐしゃぐしゃと頭を撫でてやれば、また俺を見た#name1#の目が微かに揺れる。

...それでもええねん。傍に居るのが誰でもよかったとしても、今ここで一緒に居るのは俺やねんから。それで充分。

“呼んでくれて、ありがとう”
言えない分、笑いながら愛しさを込めて頭を撫で、立ち上がった。

『水とか、ある?』
「ある。飲まないの?」
『2人も酔っ払い居ったら困るやろ』

#name1#が冷蔵庫を指差したから、開いてミネラルウォーターを取り出す。自分で飲むためだけに買ったのだとすれば多過ぎる程の冷蔵庫の缶ビールは、見て見ぬ振りをした。一緒に居る時に余計なことを考えたくはないから。

キッチンから戻って来るとソファーの背もたれの端に置かれた綺麗に畳んである自分のスウェットに気が付いてを指差す。

『洗ってくれたんや?』
「うん、...鼻水ついてたし、」
『あは、よう泣くもんな』
「...泣いてないよ、」

...泣いてない、か。いつから嘘をつかせるようになってしまったんだろう。本当は、初めから俺に気を許してはいなかったのかもしれない。いつだって肝心なことは俺に言わない。...俺も、聞けないのだけれど。

考えないようにしていても#name1#の顔を見ると胸に渦巻く感情。不安、嫉妬、もどかしさ、切なさ、苛立ち。どれかがぴったりと当て嵌るわけではなくて、自分でもその感情の正体がいまいちわからない。けれどその全てに、更に何かがプラスされたものだとすれば、一番それが当て嵌る気がする。

#name1#が飲み終えた缶をテーブルに置いたから引き戻された。

『寝よか。...な?』

少し眠たそうに目を細めた#name1#が頷いた。そんな姿がやっぱり愛しくてたまらない。飲み終えた缶に手を伸ばそうとした#name1#より先に缶を掴んでビニール袋へと入れていく。

『寝る準備せぇよ。俺やるから』

ちらりと#name1#を見て笑えば、ありがとうと言ってふらふらと立ち上がった。寝室へ向かうその背中を見送って時計に目をやる。時間的にはいつもよりまだだいぶ早い。けれど、#name1#に何も考えさせたくなかった。何も考えたくなかった、...俺も。
抱き締めて、ただ幸せで居たかった。

片付けを終えてリビングの電気を消し、ジーパンをスウェットに履き替えてからTシャツを掴んで#name1#が横たわるベッドに向かう。
すると、スウェットのポケットに入れたばかりの携帯の着信音が鳴ったから、そのままの格好で携帯を取り出しディスプレイを確認する。表示された名前は、大倉だったからほっとした。眠たそうな#name1#をベッドに残し、リビングで声量を抑えて電話に出る。

“やすー!やす出たで!よかった!”

誰と話しているのか、楽しそうな大倉の声に思わず少し笑った。

『...なに、...どうしたん?酔うてんの?』
“俺なぁ?今友達と飲んでんねんけどな?やすの家の近くやねん。でな、ちょっとタクシーで帰るには遠いしな、迎えに来て欲しいなぁーって”
『........今は無理やて、悪いけど、』
“なんでなーん?冷たない?ちょっとやす今日冷たい!いつも来てくれるやん!”

電話口で拗ねるような口調の大倉。今日は早く仕事が終わったし、その時間から飲んでいたなら酔っていて当たり前で。口調からしてもかなり酔っていて、正直面倒臭い感じになっている。

そしてガサガサとマイクが擦れるような雑音、ちゃんと立てよ、と笑う数人の友達らしき男の声。

“...いったぁ...、”
『...なにしてんねん、もー...危ないなぁ...』
“そう思うなら迎え来てやぁ。もう歩かれへんーふらふらするーなぁなぁやすぅー”

自宅近くまで車で戻って大倉を拾って送ってからここに戻って来るとして、それなら1時間は掛からないはずだ。#name1#は眠たそうだし、一旦大倉んとこ行って、...あー、でも...

“なぁなぁなぁやすぅ、お願い!頼んます!”
『......わかったて、すぐ行くから、』
“ほんまに!ちょっと!来てくれるて!...あれ?ここなんて店やろ?なんやっけ?なぁ、.....”
『...聞こえへんて、場所どこ...?」

電話を口元から離して誰かと話しているらしい大倉に苦笑いが漏れる。
頼むからはよしてや...酔っぱらいに言うたとこでどうにもなれへんけど。

“ほんまよかったぁ、”
『...けど、ほんまにすぐ帰るで?』
“ありがとぉ、やす。ほんまに”
『...わかったから、場所...」

手にしていたTシャツがいきなり後ろにくい、と引かれたから驚いて振り返った。少し俯いた#name1#はTシャツを掴んだまま何だか暗い顔をしているように見えて、何か言っている大倉の声を聞きながら#name1#の顔を覗き込む。

「......行かないで、...」

小さく呟かれたその声に耳を疑った。顔を上げた#name1#の目に溜まった涙。零れ落ちたそれを見ながら、徐々に早さを増す鼓動。全身が心臓になったようにドクリドクリと血液が巡る音だけが聞こえて、俺の目の中の狭い世界に#name1#だけを映していた。




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