Final Night.@
抱き締めた体に力を込めると、腕の中の#name1#が俺を見上げた。目が合うと、その目に溜まった涙が溢れるように流れ出し、俺を真っ直ぐに見つめた。たまらず慰めるように何度もキスを落とせば、離れた唇が開いた。何を言っているのかわからない。
...何?何言うてんの?聞こえへんよ。#name1#...?
目を開ければ腕の中の#name1#の目は閉じられていた。...夢、か。
リビングから聞こえる着信音。ちらりと時計に目をやれば、集合時間を5分過ぎた時間だ。起こしてしまわないように#name1#の首の下から静かに腕を抜き、慌ててリビングの携帯を掴んだ。
焦ったようなマネージャーに謝罪して電話を切り、ベッドへと戻る。ベッドの下に散らかった#name1#の下着も自分のスウェットも拾い上げて、服を着る。
...あ、やば。昨日と同じ服...昨日、家に居る言うて嘘ついてもうたのに...。
結局、部屋着のTシャツとスウェットの方を着てジーパンを手に取った。
ベッドの上の#name1#の髪にそっと触れた。ぴくりとも動かない#name1#の髪にキスを落として、部屋を後にする。
ゆっくりした朝を迎えたかったのが本音だ。けれど、今日の夜にまた会えるのだから。こうなった以上、今日こそ伝えなくてはいけないのだから。最後だとしても、後悔はしないように。
1時間弱の遅刻。現場についてスタッフに頭を下げて回る。
全員の撮影は後回しにして調節してもらって何とかなっているとマネージャーに言われて、深々と頭を下げた。
顔を上げるとマネージャーの向こう側に、目を細めて俺をじっとりと見つめる大倉。今ここで昨日の話をされては困るから、顔の前で手を合わせて謝罪し、マネージャーとの話を終えて大倉を外へ連れ出した。
『...ごめん、昨日...』
そこの自販機で買ったばかりの缶コーヒーに口を付けながら頭を押さえる大倉は、二日酔いらしい。不機嫌そうに俺をちらりと見てベンチに腰を下ろして言った。
『ええよ別に。あんまり覚えてへんし』
『...あぁ、...そうなんや』
『ヤスが俺を放置したってこと以外、覚えてへん』
思わず苦笑いを浮かべると、大倉が立ったままの俺を見上げた。睨むように鋭く俺へ向けられた視線にドキリとする。
『...女やろ』
目を逸らして口を噤む。誰にも話さないつもりだったけれど、大倉にだけは話すべきか迷っていた。昨日の不自然な電話は誤魔化しようもないし、本当は上手くいくことがあれば話そうと思っていた。...というより、今誰かに話しをして少しでも楽になりたい自分がいた。#name1#だと言わなければいい。そうすれば、話せる気がする。
『#name1#?』
思わず視線を上げて大倉を見た。
真っ直ぐに俺に向けられた視線は、確信を持っているように見える。
『この前、見てもうて。一緒に帰るとこ』
『...そうなんや』
『#name1#やったから俺に言われへんのかー思たし、黙っててんけど』
頷くのが精一杯で言葉が出てこなかった。話してしまおうかと思っていたのに、何から話せばいいのかわからない。
『昨日、一緒に居ったんちゃうの?』
『...うん』
『...付き合うてるん?』
『...ちゃうよ』
俺の言葉を待っているであろう大倉は、黙ってコーヒーを啜っていた。
話せば少し楽になるだろうか。一人で抱えてきた不安や切なさは、話してしまえば今日#name1#と向き合う力に変えられるだろうか。
『...ちゃうねんけどな...』
『うん』
『......あんな、』
『ヤス』
『......俺な、』
『...ヤス』
大倉の言いたいことは何となくわかった。俺の異変に気付いたから、きっと、無理して話さないでいい、と言いたかったんだ。
『....ごめん、』
『.............。』
『...ちょ、待って、』
『...もう、ええて。ヤス』
溢れる涙を抑えることが出来なかった。泣くつもりなんかこれっぽっちもなかったのに。ただ、自分のことを理解しようとしてくれている存在がいることに安心していたのかもしれない。
『.....好きやねん、#name1#のこと、』
遅刻した上に一頻り泣いて、撮影前に目を腫らしてさらに迷惑を掛ける。
アレルギーなんすよこいつ、と大倉が苦しい言い訳をするから一緒に笑ってみれば、意外とすんなり笑えたから大倉に感謝した。
この雑誌が世に出る頃に『あの日のやつや!』と大倉と笑えたらいい。本当は、#name1#も一緒に、3人で笑えたらいい。
次の仕事までの空き時間で家に帰りシャワーを浴びると、洗面所のピンクのタオルに目が止まって考える。
今どうしてるんやろ。今日は休みやから家に居るんかな。それとも、出掛けてたりするんかな。...昨日のこと、覚えてへんとか、ないよな...?
連絡してみようかと迷いながら家を出てタクシーを捉まえる。けれど、何を言えばいいのか、上手い言葉が見つからないまま次の現場に着いた。
今夜、会う時間も迫ってきているし、下手に連絡を取ってまた返信を心配しながら過ごすのもしんどいから、そのまま仕事に打ち込んだ。
『ヤス、行こ』
声を掛けて来た大倉に笑顔を向け楽屋を出た。思いの外収録が長引いてしまったからもう集合時間は過ぎている。
二人でタクシーに乗り込んで待ち合わせの店に向かった。
#name1#は来ているだろうか。俺達が遅れている間に帰ってしまったりしていないだろうか。
大倉が覗き込むように俺を見ていることに気が付いて目をやれば、自分の眉間を指差す。はっとして険しい表情を崩して笑えば、大倉も笑った。
『大丈夫やって。ちゃんと慰めたるから』
『おん』
『...なんやねん、つっこめや』
もっと早いうちに話しておけば良かったんだ。苦しいことに変わりはないけれど、それでも抱え込むよりはマシだったはず。
タクシーを降りて大倉が先に店に入る。案内された個室の扉が開いて大倉が中に入ると、すぐに端の席の背中が目に入った。#name1#の肩に腕を回した大輔を見て、その手を掴んで退かしたい衝動に駆られたけれど、#name1#がその場に居たことには少なからず安堵していた。
顔を寄せて話をしていた2人の横の席にバッグを置けば、大輔の顔が上がって俺を見た。
『おう』
大輔の挨拶で俺を振り返った#name1#の顔が見られなかった。前を向いてグラスを掴んだ#name1#の横顔にかろうじて目をやれば、何となく気まずい雰囲気が漂っている気がした。
『...で?なんか仕掛けたりしないわけ?』
「...しない、...もうさ、この話はおしまい、」
『なんで』
#name1#が小さめの声で面倒臭そうに大輔に返す。俺に視線は向けないけれど、こちら側をちらりと見て大輔の顔の前に手を出した。
「なんでも!」
『お前が言って来たんだろ』
何の話かはわからないけれど、#name1#の表情を見る限り俺には聞かれたくない話なんだろうか。
何でもない振りをして#name1#の隣の席に腰を下ろしながら言った。
『喧嘩すんなやー。なに?なんなん?』
『#name1#の好きな奴の話』
...今ここでそんな話を聞くとは思っていなかった。
『へー、そうなんや』
ドクドクと大きく脈打つ心臓。
ポケットから取り出した煙草を咥えて火を着ける。その手が少し震えていた。
『相談乗ってっていったくせによー』
「...言ってない、そんなこと、」
『じゃあヤスの話でいいわ』
心を落ち着けるように煙草を咥え深く吸い込んだところで、突然ぶち込まれた俺の名前にドキリとして静かに煙を吐き出した。
『なんで俺やねん、妥協すんなや』
『だっているだろ?この前言ってたじゃん、好きな子いるって』
好きな子が居るなんて言った覚えはない。どうなんだよ、居るんだろ?と聞いてきたのはお前じゃないか。呆れて笑いが零れる。否定しようと開きかけた口は、大輔のタイミングの悪過ぎる言葉で開いたままになった。
『あれだろ。あのモデルの...』
...なんで今やねん。#name1#、隣に居んねんで?ちょっとは空気読んでくれよ。
『...何言うてんのぉ?誰やねん、』
笑いながらも呆れたように言葉にした。吸い込んだ煙を吐き出すと、#name1#がゆっくりと椅子を引いて立ち上がったから思わず見上げた。
...今日、初めて目が合った#name1#は、笑っていた。
そのまま席を立った#name1#を見て『なんだあいつ』と零した大輔に『...アホ』と言い放てば首を傾げていた。
...どう思ったんだろうか。あの笑顔の裏に、どんな感情が隠されているんだろう。その笑顔が少しだけ寂しそうに見えたのは、俺の自惚れなんだろうか。
短くなった煙草を揉み消していたら、後ろから肩を抱かれて顔を上げた。大倉が俺の肩をバシバシと叩いて耳打ちした。
『...力み過ぎちゃう?今話すわけちゃうねんからさ』
言われてみればそうなんだ。余裕がなさ過ぎる自分に苦笑いが漏れた。こんなんで、落ち着いて話をすることが出来るんだろうか。
戻って来た#name1#は離れた場所に座った。どうしても、目が離せずにいた。さっきの寂しそうな表情の理由を知りたくて、その姿を目で追っていた。一度も目が合うことはなかったけれど。
店の時間が来て外へ出ると、#name1#が友人のひとりに耳打ちして早々に輪から一人で離れ歩き出した。
...やっぱり俺を避けている。昨日のことを後悔しているのかもしれない。
でもこのままには出来ないんだ。俺の想いを伝えるまで終われない。もう戻れないのだから、中途半端で終わらせるわけにはいかない。
大倉に目配せしてそっとみんなから離れ、#name1#を追いかける。するとすぐに#name1#が振り返って俺を見た。僅かに歪んだ顔は見逃さなかった。
『…なぁなぁ』
「...なに、」
『泣いてる?』
「...泣いてない」
最初の夜を思い出していた。あの時も帰りに突然泣き出した#name1#。
あの日は始めから様子がおかしかったけれど、今日はどうだろう。今泣いているとしたら、その原因は俺ではないだろうか。他の奴のことを考えていたとしても、昨日のことがあったから、今#name1#は泣いているんじゃないだろうか。
『...なーんか、最初の夜みたいやな』
俯いた#name1#を見て、空を見上げて笑った。俺まで泣いてしまわないように。
『...もう一軒、行っとく?』
「......怪しまれるよ、2人だと、」
...ほら、また。俺の立場を妙に気にする理由を知りたい。俺の隣で泣く理由を知りたい。
明らかに前と変わった俺への態度は、本当に罪悪感のせいだけだろうか。
『あは、今もうすでに2人やしー』
本格的に涙を拭い始めた#name1#を見て、逃げられないうちに言った。
『今朝の言い訳も、しときたいし...?』
「...なにそれ、」
一瞬黙った#name1#が発した声は、消えそうに小さかった。
どう転んでも、伝えなければいけないことはたくさんある。さっきの大輔の話も、今朝抱き締めてキスをして『おはよう』と言えなかった理由も、今までの想いも、全て伝えなければ終われない。
『ていうかさぁ、#name1#ってそんなん気にするタイプやった?』
俯いたままの#name1#の手を後ろから握った。驚いたようにぴくりと揺れた#name1#に笑顔を向けてその手をますます強く握り締めた。
『これくらいしたって平気』
「ちょっと、...」
『こんな人混みで撮られへんて』
「けど、」
焦ったように俺を見た#name1#と、久し振りに目が合った。その目は少し赤く潤っているけれど、涙はない。
『あ、泣きやんでる』
戸惑ったように周りを少し見回した#name1#の視線が、多分繋がれた手に落ちたから、雰囲気を変えたくてなるべく明るい声色で話し掛けた。
『外では初めてやな。手、繋ぐの』
やはり周りを気にするような素振りを見せた#name1#の手を引いて、大通りのガードレールに凭れた。お互いに伸ばして繋がれた手を見つめて、その手をぎゅっと握る。
問い詰めるようなことはしないようにと思っていたけれど、どうしたらその心を知ることが出来るのかわからない。まるで恋愛初心者に戻ったみたいだ。
『あーあ』
俺の発した声でちらりと向けられた目。気を引くように、冗談を言うみたいに、重くならないように不満を口にした。
『#name1#の中で、俺は変わってもうたんかぁ...』
俯き加減で困惑したような表情を浮かべる#name1#をちらり伺うように見ると、#name1#も伺うように俺を見て目が合ったからふっと笑って見せる。
『芸能人みたい?俺』
「.......芸能人、でしょ...」
『...そっかぁ...』
掘り下げるなら今のタイミングだったのに、何だか突き放されたように感じて思わず繋いでいた手がするりと離れた。
...なんでやろ。普通の、ごく普通の友達やったはずやのに。いつから腫れ物扱いされるようになったんや。なんで急に突き放すねん。だったらどうしてソフレを承諾したんや。
...全然わかれへん。
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