euphoria


1st Night.


ソファーの上で膝を立ててスマホを弄る振りをしながら部屋の中を見回す。そしてキッチンにいる#name1#をちらりと盗み見た。

『...俺風呂入って来たから大丈夫ー』
「わかった」
『あ、気になるなら入るけど』
「あ、...大丈夫」

気まずい...気がしているのは俺が意識しているせいだろうか。至って普通に見える#name1#は、どんな気持ちで俺を部屋に上げたんだろう。警戒もしないで。...いや、別に何もしないけど、しないつもりだけど。

漂ってきたコーヒーの香りで少し落ち着きを取り戻す。視線を感じた気がしてキッチンに目を向けるけれど、#name1#は俺に背を向けていた。その部屋着姿の背中を見つめる。
...本当に何もしないつもりで来た。だってソフレとはそういうものだから。自分がそう理解していれば大丈夫。

もうええ歳やしそんなにガツガツしてへんもん。嫌がる子を無理矢理ーなんてことせぇへんし。...#name1#から来たりしたら...そん時はそん時やけど...ないとは思うけど。

コーヒーを乗せたトレイを持って#name1#がこちらに歩いて来たから、見ている振りをしていた携帯から顔を上げた。
メイクをしている時よりも幼い顔。すっぴんだからか目を合わせてくれない。

『ありがとぉ』

俺が言ったらやっと目が合って頷いた。けれど、すぐに視線が逸れて俯く。それが何だか可愛くて、カップに口を付けながら思わず笑みが零れた。

『...新鮮。#name1#のすっぴん』

もっとこっちを見て欲しくて気を引くように言った。トレイで隠す直前に見た顔が赤いように見えたから、胸が擽ったくなって思わず笑った。振り返って睨むように俺を見た#name1#の顔はやっぱり赤い。...と思いたい。すぐに背を向けられてしまったから、その後姿にちょっとした悪戯心が芽生えた。

『可愛いのになぁ...』

大丈夫。このくらいならいつも言っている。からかっているわけじゃない。本心なんだから。
ぴくりと反応したように見えた#name1#がもう一度振り返ることはなかったから失敗。けれど満たされていた。普段見ることの出来ない#name1#の姿を見ている優越感。誰に自慢するわけでもないのに、ただ優越感に浸っていた。

さっきの赤い顔は幻かと思うほど普通の顔をしてリビングに戻って来た#name1#が、ソファーの俺の隣に少し間をあけて腰を下ろした。...何もそんなに離れなくても...と思ったけれど、なんてことない顔をして実は俺を警戒しているのかもしれない。

テーブルのコーヒーに手を伸ばした#name1#に顔を向けたら、ちょっとびくりとしていたように見えたから、やっぱり警戒しているみたいだ。

『明日は?』

大丈夫やで。何もせぇへんて。

「休み」
『俺仕事ー』

な?いつも通りやろ?大丈夫やから、警戒なんかせんといて。

「...早いの?」
『...んー、あ、鍵とか出しといてくれたら勝手に行くし。ポスト入れたらええやろ?』
「...ん」

...え、何その不安気な顔...。怪しい思てる?けど『起きて見送って欲しいなぁ』なんて、恋人みたいなこと言うたら引くやろ?引くやんか!せやからソフレらしく寂しく一人で帰んねんて!

後ろを向いた#name1#がソファーに乗り上げて、後ろの棚の引き出しの中からスペアキーを出してテーブルに置き、俺の前まで滑らせた。それを見つめて、緩みそうになる口元を必死で引き締める。俺の物になったわけじゃないのに、錯覚したみたいで嬉しかったから。

もう苦手ではないはずのコーヒーを、やけにゆっくりと啜った。正直わくわくしている。けど、こうして二人で過ごす時間というものがほぼ初めてに近いから、この時間もゆったりと味わいたい。

さっきからちらちらと俺を見ているらしい#name1#も、きっと落ち着かないんだろう。当たり前だ。だって今から好きでもない男と、同じベッドに入ろうとしているんだから。

『ご馳走様でしたー』

手を合わせて頭を下げた。律儀に頭を下げて応えた#name1#の様子を伺う。

「...寝る...?」

先に切り出したのは意外にも#name1#だった。

『#name1#に合わせるで』
「...あ、...じゃあ...」
『なんやねん』

いつもよりもぎこちない雰囲気が妙に擽ったい。#name1#にこんなに気を遣われる日が来るなんて思ってもみなかった。
...意識してくれたらええよ。もっと意識してや。男やねんもん。こうなったら警戒でも何でもええから、もっと俺を気にして。

「......寝る、」
『ん、ほな寝よか』

ふたつのカップを手にした#name1#にもう一度『ご馳走様』と声を掛ければ、ぎこちない笑顔を向けられてなんだか俺が緊張してしまう。恋特有の心地良いドキドキ。
キッチンから戻って来た#name1#に笑顔を向けると、あまりにも照れくさそうに笑うから胸がきゅんとなる。
今からもっと近付くというのに、あまり俺を刺激しないで欲しい。

#name1#に着いて寝室に入るとすぐに部屋を見回して、#name1#らしいその空間に胸が高鳴る。

『どっち寝る?どっち側がいい?』

#name1#を見れば、さっきはあんなに照れくさそうな顔をしていたのに、今はまたなんてことない顔をしている。

『...なーんか、いけないことしてるみたいちゃう?』
「...............、」
『だって、みんなに内緒やろ?』

ベッドに座って#name1#に言った。
気を遣われすぎるのも気になるけれど、やっぱり...ちょっとはドキドキして欲しいのが本音だ。だからわざと笑いながらそんななことを言った。
笑っているものの、俺という邪魔者のせいで自分の部屋なのに落ち着かない様子の#name1#を見て、今更やり過ぎたかな、と思う。けどもう遅い。

「...こっち側にする」
『ん、攻めてったらごめんな』
「うん、押し返すから大丈夫」
『あは、ええよ』

壁側を選んで先に布団に入った#name1#を見て、とくんと心臓が脈打つ。嬉しいような切ないような変な感情で胸がざわつく。

『お邪魔しますー』

普段と変わりない声のトーンを保って言ってから、仰向けの#name1#の隣に滑り込んだ。リモコンで照明を消した#name1#が、ちらりと俺を見てから天井を向く。落ち着かない様子の#name1#の横顔を横目で眺めて言った。

『おやすみぃ』
「...うん、おやすみ」

寝てしまうのが惜しい。触れてはいないものの、隣にぼんやり感じる体温が心地良くて程良い緊張感に包まれ、またよくわからない何かで胸が締め付けられる。

『#name1#...?』

気付いたら声を掛けていた。天井を見つめたままの俺の横顔を#name1#が見ている。
...ドキドキしている。けれど、今折角隣に居るのだから、ちゃんと伝えておきたい。また次があるように。...次がなかったとしても、後悔しないように。

『隣に人が居るって、ええもんやな』

けどな、誰でもええわけちゃうねんで。#name1#やからええねん。でもそれは言うたらあかんねやろ?
それでも、こうやって今隣に居ることが、ほんまに幸せやねんで。言われへんけど、幸せ。

「...ん、」

#name1#が小さく言ったから、顔を傾けて#name1#を見れば目が合った。

「...私も、今思ってた」

愛しさが込み上げる。抱き締めることなんて出来ないのだから、そんな思わせ振りな言葉は狡い。けど、嬉しくないはずがない。一緒に居たいと願ったのは俺なんだから。

『おやすみ』

笑顔を向けて言えば、薄暗い照明の下で俺を見つめるその目がいつもより輝いて見えて目が逸らせない。先に視線を外されて、天井に向けられた#name1#の顔。輝く瞳をもっと見ていたかったけれど、それでも隣に#name1#が居るのだから自分の中で優越感が大きい。
何度見ても飽きないその寝顔を見つめては、瞼に焼き付けるように繰り返し目を閉じる、第一夜。




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