euphoria


2nd Night.


控えめに設定したアラームの音で目が覚めた。眠りが浅かったのか、#name1#を起こさないように気を張っていたのか、一瞬で目が覚めてすぐにアラームを止めて隣の寝顔を見つめる。
寝不足なんて、なんてことない。幸せそうな寝顔に自分も幸せを感じながら布団を抜け出した。

洗面所で顔を洗って、#name1#が出しておいてくれたタオルで顔を拭いながら鏡に映る自分の顔を見る。
...朝っぱらからだらしない顔やなぁ。けどしゃあないやん。幸せやもん。
自分のものとは違う香りのタオルにもう一度顔を埋めてリビングに戻った。

昨夜、後ろの棚の横のコンセントに繋ぎっぱなしにしていた充電器に携帯を繋ぐ。そしてソファーに座って化粧水をパタパタと馴染ませながら昨夜を振り返る。

眠れないのか何度も寝返りを打つ#name1#を薄目を開けて見てみれば、俺を見つめていたからドキリとした。
何を思って見ていたのかはわからないけれど、俺を意識してくれているみたいで嬉しい。#name1#が動く度にちらりと様子を伺って、それを何度か繰り返すうちに、隣から寝息が聞こえてきた。

今度は俺の番。
覗き込むようにその寝顔を見つめる。もう朝方だ。こんな時間まで落ち着いて眠らせてやれないのは申し訳ないけれど、それには気付かない振りをするしかない。俺自身も、すぐに寝た。...振りをする。
“#name1#が居るから落ち着いて寝られるんやで”。そう思わせなければならない。

いつ眠りに落ちたかは覚えていない。けれど、落ちる直前まで#name1#を見つめていた気がしている。何だか幸せな夢を見ていたから。

...そろそろ時間だ。名残惜しいけれど。ソファーを立って寝室を覗く。広いベッドに小さく丸まって眠る#name1#を見て思わず笑みが溢れた。同時に胸が締め付けられて、少しだけ痛む。

充電器を外して手に取った。それを見つめてから棚に放る。
妙にドキドキしていた。何だか悪いことをしているような気がして、鼓動が早い。落ち着かないまま荷物を纏めていると目に付いたノート。その端を綺麗に破ってペンを取った。

“また来るな。”

その文字を見つめてから紙をくしゃくしゃと丸めた。あまりにもあからさま過ぎる気がして恥ずかしくなったから。

“お邪魔しましたー”

ノートの切れ端と引き換えに鍵を手に取った。棚に置かれた充電器を見つめてからもう一度寝室を覗いた。
愛しい寝顔を見つめながら、紙切れに残せなかった方の言葉を小さく小さく呟いて玄関へ向かう。

スニーカーを履いてまた振り返る。
「おはよう」...なんて立ってるわけないか。
玄関を出て鍵を締めると、それを握り締めながらエレベーターに乗り込んだ。

お前ともすぐお別れやな。なーんか寂しいねんけど。また、会えたらええな。
鍵を相手に何を考えてるんだと自嘲気味に笑って、#name1#の部屋の番号のポストの中へそれを落とした。

何度も携帯を眺めていた。楽屋に戻る度に一番に携帯を掴んで確認するけれど、待ち望んだようなメッセージはなかった。
置く場所が悪かったかもしれない。あんなところじゃあさすがに気付きにくい。けれど、きっかけにはなる。自分から連絡すればそれでいい。


“多分携帯の充電器忘れたっぽい!ソファーんとこの棚で充電しててんけど。今日居る?取りに行きたい”

翌日、仕事が終わる前に#name1#に連絡した。“うん。探しておく”と返事が来たところを見ると、やっぱり気付いていなかったみたいだ。

もう少し仕事は残っているけれど、この後のことを考えただけでそわそわしてしまう。
今日は、...どうしようか。毎日のように泊まるのも気が引ける。けれど、今からもうこんなに会いたいのだから、会ってしまったら居座ってしまいそうだ。


タクシーに乗り込んで、気持ちを落ち着けるように携帯を開く。未読のままの大して興味もない情報をさらりと読んでやり過ごす。
今日はやっぱり帰ろうと決めた。いきなり飛ばし過ぎて変に思われるのも困るし、焦り過ぎは良くない。
...#name1#が望むんやったら、...アレやけど...。

タクシーを降りて#name1#の部屋を見上げる。柄にもなくこんなことくらいで緊張している。
部屋の前でインターホンを鳴らせば、すぐに解錠されて玄関の扉が開いた。顔を出した#name1#が少し堅い表情だったからますます緊張が走る。だから不安を取り去るように自分から笑顔を向けて見せた。

『ごめんなぁ、遅くに』
「ううん、大丈夫」
『新しいの買うてもよかったんやけどさぁ、家コードだらけなるし』
「...うん」
『わざわざすんません』

軽く頭を下げてから#name1#を見れば、俺を見たまま口を開けているから思わず首を傾げた。

『...あれ、見つからんかった?』
「...あ、ちょっと待って...」
『あ、なんかしてたとこやった?ごめんな、すぐ帰るから』

...そうか、こんな時間やもんな。そりゃしゃあないわ。

「あ、...上が、ってく...?」

言葉を失ってただ#name1#を見つめた。正直驚いた。そんなことを言ってくれるなんて。

『...あー、うん、...え、』
「............、」
『...なんかしてたわけちゃうんや...?』
「...ん、別に、なんも、」

...どうしよ、嬉しいやん。
口元が緩みそうで#name1#から目を逸らして頭を掻いた。

『あー、...ほんならお邪魔しますー』
「あ、...どうぞ、」

そう言って笑った表情が安堵にも見えたから、正直期待してしまう。
どんな気持ちで言うてくれたんやろ。
社交辞令?それとも、今日も泊まってええいうこと?...や、その期待は危険やな。今日は帰るて決めて来たんやから。

先に部屋に入った#name1#に充電器を手渡され、ありがとうと笑顔を向けた。触れた手を少し大袈裟に引っ込めて照れたように笑ったりするから、また心を掴まれたように苦しくなる。

『...あ、お構いなくー』
「うん、ついでだから」

なんとなく落ち着かずに、ソファーの端に浅く腰掛けてコーヒーを淹れる#name1#の後姿を見つめる。すると急に振り向いた#name1#と目が合ったからドキリとした。なんとか笑顔を作ったけれど、すぐに目を逸らしてしまった。
ますます落ち着かなくなってソファーに深く腰掛け直し意味もなくバッグを漁っていると、何となくちらちらと見られているような気がして耐え切れず声を掛けた。

『明日は仕事?』
「あ、うん」

視界の端に映る#name1#の肩がびくっと揺れたように見えた。
...やっぱまだ、警戒してるんかな。...それやったらなんで家に入れたりするんやろ。

『あは、当たり前やな』
「...章大は?」
『俺は、午後からー』

返事がないから思わず#name1#に視線を向けた。カップを俺の前に置いた#name1#に、ありがとうと笑顔を向けたけれど、黙ったままだから伺うように見つめていた。恐る恐る、といった感じで俺に視線を一瞬合わせるから、何だか複雑だ。

これって意識してくれてるんかな...違うんやったら、ただビビられてるだけやんか。
...あ、そうか。“もしかして...今日も泊まるの...?”って思てんねや?...え、それやったらめっちゃ傷付くやん。

『週末さぁ、また飲みに行こう言うてたで。みんなで』
「...そうなんだ」

思わず話題を変えた。余計なことは考えさせないように。今は完全に“友達”と認識されるように。

『行ける?』
「うん。多分」
『俺まだ微妙やねん。遅くなりそうな日やからさぁ』
「そっか、」

今度は逆にうわの空という感じの#name1#を見て、名前を呼んだ。

「あ、うん」
『大丈夫?疲れてる?』
「ううん、大丈夫、」
『ごめんなぁ、こんな時間に来るからやんなぁ?』
「...違うの、大丈夫だから、ほんと」

...なんやねん...今度はなんでそんな焦って否定するん?...ようわからへん...。

『これ飲んだら、帰るから』

一気にコーヒーを口に含んで立ち上がる。充電器をバッグにしまい、ごちそうさま、と何でもないように笑顔を向ければ、#name1#が微妙な顔をして俺を見ているからますます困惑する。

『ほな、週末!...は、会えるかまだわからんけど』
「...ん」
『またな』

スニーカーを履いて言いながら振り返ると、#name1#が何だか泣きそうな顔をしていたから思わずその頭に手を伸ばした。

...せやから、なんやねんて。わからんわ。どうしたいねん。俺はどうしたらええねん。そんな顔されたら、揺らいでまうやん。

#name1#の頭を撫でると、俯いた顔が上がったからハッとして手を離した。

『はよ寝ぇや?』
「...うん」
『おやすみ』
「...ん、おやすみ、」

今日一微妙な笑顔になってしまったことに間違いない。玄関を開き外へ出て静かにドアを閉めると、そのドアを見つめた。このドアの向こうにいる#name1#の気持ちが、ソフレという関係になった途端にわからなくなってしまった気がした。

マンションを出て灯りのついた#name1#の部屋を見上げる。数十分前に見上げた時とはまた違う複雑な感情に苛立ちを覚えて、逃げるように月を見上げ足を踏み出した、第二夜。




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