euphoria


3rd Night.


...聞いてへんぞ。なんで居んねん。
俺が待ち合わせしてたのは男友達のはずだ。相談があると言われたはずだったのに。
ヒラヒラと俺に手を振るあのモデルは、一体どうしてここにいるんだ。
...決まってる。共通の友人なのだから、仕組まれたに違いない。

『この前はどうもー』
『こんにちは』
『今日ね、』
『俺徹平と待ち合わせしてんねんけど』
『あ、うん。会うって言うから着いて来ちゃった』

笑顔を向けて無言で立ち上がった。注文したアイスコーヒーを手にして戻れば、あいつがまた手を振って俺を迎える。それに手を振り返すことなく向かいの席に座った。携帯を取り出すと、向かい側から俺の隣に移動してきた女にちらりと目を向けてから笑顔を作る。

『今度さ、飲みに行こうよ』
『せやなぁ。またみんなで、行こな』

にこやかに笑って俺を見ているこの子は、流石にもう気付いているはずだ。

『やすくん意地悪だね』
『えー?何がぁ?』
『でも、そうされると頑張りたくなる』
『だから何が?』

ほら、気付いてるやん。それでもそう言うってことは、相当自信あるんやろなぁ。自信があるのは悪いことちゃうけど、俺には向かへんわ。

手元の携帯が震えて、受信したメッセージを開く。
...あー、やっぱりそういうこと。

『...どうしたの?』
『ごめん、帰るわ』
『...なんで?』

来ぇへんこと知ってたんちゃうんかい。なんでそんなわかりやすいやり方するんかなぁ。もっと上手いやり方あったやろ。

『徹平来られへんねんて。この後仕事やし、寄りたいとこあるし帰るわ』
『...私、やすくん好きだよ』
『あー、そうなん?ありがとぉ』

笑顔を向けると、バッグを持った手を掴んで引かれる。立つために少し浮かせた腰は椅子へ戻って、その途端彼女の唇が押し付けられた。

おいおい、ここどこや思てんねん。白昼のカフェやで?神経疑うわ。
彼女の肩を押してやんわり引き離すと誘うような目で俺を見ていた。

『それはさすがにまずいんちゃう?』
『...........。』

何も言わずに彼女がまた俺の腕を掴むから、笑顔を作って立ち上がる。するりと離れた手に小さく溜息をついて、振り返ることなく店を後にした。
手の甲で拭ったグロスに嫌悪感を感じてイライラする。
...浮かんだのは、#name1#だった。付き合っているわけではないのに心を支配する罪悪感。ほんま、胸糞悪い。




『どうしたん?』
『...え、なにがぁ?』
『珍しく機嫌悪そ』
『...えー?そんなことないで?』

待ち合わせの店へ向かうタクシーの中で大倉がちらりと俺を見た。けれどその返答で視線は逸れて、手元の携帯へと落とされた。

...そんなにわかりやすかっただろうか。だからこそ聞いたんだろうし、干渉しないように引いてくれたんだと思う。
言ってすっきりするならそうしたい。けれど実際そんなこともないだろうし、業界の人間は一緒に仕事をすることもあると思うと、誰かに言うと仕事がしづらくなるから黙っておく方が利口だ。

店に着いて視線を彷徨わせ一番に#name1#を探した。ただそこに#name1#が居たことに安堵していた。自分でもよくわからないけれど、心の中に何かしらの不安を抱えていた。
俺を見て、あ、という顔をしたから笑顔を向ける。けれど、頷いたように少し頭を下げただけで、#name1#の笑顔は見られなかった。

...また何かあったんだろうか。そう思っただけでまた少し心に靄が掛かる。
更に昼間の不可抗力のキスが俺を妙に焦らせていた。言い訳するような関係ではないのに。

チラチラと#name1#を見るけれど目が合わない。
...大輔、いつも#name1#んとこ居るやん。
大輔の隣で浮かない顔をしている#name1#を見て不安が過る。まさか、大輔のことを...。大輔には彼女が居るし、それなら#name1#のあの表情にも説明が付く。...いや、まさかな、まさか...。

気にすれば気にする程視線を向けてしまう。盗み見ていたら#name1#とは目は合わないのに大輔とばかり目が合う。...気になるけれど、さすがにもう視線は向けられない。今気付かれたら面倒だから。

今日泊まるかどうか切り出すのは#name1#の様子を見てからと思っていたけれど、気持ちが焦ってどうしようもない。どうしても一緒にいなければならないという程に早い鼓動が俺を急かす。




『今日は元気そうやな』

店を出てキョロキョロしている#name1#に後ろから声を掛けた。
元気そう、とは言い難い。けれど、弱味に付け込んだような誘い方をするのは気が引けたから。

『なーぁー、もう一軒行こうやぁー!飲み足りないんですけどぉー。ヤスー、どうするぅ?』

向こうで騒いでいる大倉が俺を呼んだ。ちょっと待ってや大倉。俺今大事なとこやねん。

『俺明日朝からやもん』
『俺夕方!んふふっ』
『...........。』
『わー!ヤスが...!』

大倉に向かって中指を立てると、大袈裟に怯えたふりをして笑う。隣の#name1#をちらりと見てから、大倉の横でチャチャを入れる大輔に目をやった。
...行きたいんだろうか。強気で誘うつもりでここに立ったけれど、#name1#は俺と居る方を望んでいないかもしれない。

『行かへんの?あいつらと』

みんなに手を振りながら#name1#に聞いた。俺の隣から動かない#name1#に、心の中で祈りにも近い言葉を繰り返していた。
...行かんといて。俺と帰ろうや。頼むから。

#name1#が頷いた。歓喜よりも安堵。よかった。
けど、これからが本番。

『ほな、帰ろ』
「...うん」

少しの緊張を隠すように先に歩き出した。後ろから着いてくる#name1#はもうわかっているだろうか。少しは意識してくれているだろうか。

『なぁ、』
「...え」
『今日、タクシーな』

...わかるやろ?一緒に帰りたいねん。今日も一緒に居りたい。

「私は、...いいよ、電車で、」

思わずひゅっと息を飲んだ。
...それ、どういう意味なん?今日は無理ってこと?

『なんで?』
「...なんでって、」

言葉に詰まった#name1#にはっきりと断られる前に先手を打たなければ。
...ごめん。だって、どうしても一緒に居りたいねん。今日がええねん。

『今日は、俺の方』
「え?」
『やなことあってさぁ、もうイライラしてもうて』
「...うん、」

#name1#にしか消されへんねん。
一緒に居りたい。頼むから。
振り向いて#name1#を見た。俺を伺うような目。強引で悪いけど、それでも今日は。

『一緒に居って。今日は、俺のためにさ』

驚いたような顔はすぐに戻って目が逸らされた。鼓動が早くて祈るように#name1#を見つめる。けどこの目を見る限り大丈夫。多分、#name1#は断れないんだ。

「うん」

すぐに大通りに向かってタクシーを止めてた。...強引やな。わかってんねん。けど、断わらへん#name1#も悪いねんで。
タクシーに乗り込んで#name1#の家の場所を運転手に告げた。隣の#name1#が俺の横顔を見ているから、気付かない振りをして。

マンションが近付くと、#name1#の拳が俺の前に突き出された。ちらりと見える千円札の角。その手を上から掌で包んで、#name1#の膝に置かれたバッグの上へと戻す。
...なんやろ、緊張してんのかな。普段より冷たい気がする自分の掌が汗をかいていて少し動揺する。けれど、それじゃあダメなんだ。

タクシーを降りて周りを見回した。
こんなところを撮られるわけにはいかない。俺達はまだ何も始まってはいないのだから、始まる前に終わるわけにはいかないんだ。

タクシーでもエレベーターでもほぼ言葉を交わさなかった。
...ほんまは断りたかったんかな。けど、それは戸惑いであって嫌悪には見えへんし、嫌がられても嫌われてもないはず。

「......?....章大?」
『あ、ごめん、何?』
「明日早いんでしょ?シャワー先に」
『それはでけへんよ。#name1#先入っといで』
「でも...」
『ええからー』

シャワーに向かう#name1#の後姿を見て、ソファーに寝転び目を腕で覆った。
好きな女のシャワー、想像しないわけがない。だって音だって聞こえてくるわけで。
...けど、アレやし。俺はそういうつもりで来てるんちゃうもん。別に...我慢出来るし。...あかんで。今手ぇ出してもうたらあかんねん。

ケツで震えた携帯を取り出して開く。昼間のドタキャンを謝罪するメッセージだ。
“お前が悪いんちゃうよ”
返信してすぐに携帯をしまった。
...お前が悪いんちゃうけど、今のこのタイミングはちょっと悪かったわ。思い出してまうやん。

「章大、いいよ」

#name1#の声に過剰反応して飛び起きた。

「あ、寝てた?ごめん」
『あ、ちゃうよ、大丈夫』
「タオル出しといた。ドライヤーは、私が使ったら洗面所に置いとくね」
『ありがとう。先寝ててええよ』
「...あ、うん...」
『おやすみ』
「あ、ミネラルウォーターは冷蔵庫で、タオルその辺に置いといてくれたらいいし、えっと...あとは、」

子供のような扱いに思わず笑った。
...もう忘れた。嫌悪や苛立ちなんて、吹っ飛んだ。

『わかってる!ありがとぉ』

まだ乾かしていない濡れた頭をぽんぽんと撫でたら、照れたように笑うから慌てて手を引っ込め背を向けた。
気軽に触れるもんちゃうな。ドキドキしてもうた。
自分にこんなピュアな感情があるのかと苦笑いしながらシャワーへ向かった。

早々にシャワーを浴びてドライヤーで髪を乾かす。#name1#はもう寝ただろうか。先に寝ててと言ったものの、ちょっと寂しい気もしてきた。けれど隣に居られるのだから贅沢は言わない。

リビングの電気を消して寝室を覗く。暗くてわからないからベッドに近付いて顔を覗き込めば目は閉じられていた。静かに布団を捲くって布団に入れば、その寝顔に愛しさが込み上げる。
抱き締めたい衝動を抑えて布団に入ると、一瞬#name1#の手に触れたからちらりと様子を伺った。
...ええやんな。なんてことないやろ?このくらい。

自分よりも少し冷たいその手を握った。すると#name1#の体がぴくりと揺れた。

『あ、ごめん、起こしてもうた?』

こちらを見た#name1#は、また戸惑ったような顔をしていた。妙に強ばったように動かない#name1#の手。今、#name1#はどんな感情でいるんだろう。

「起きてたから、大丈夫」
『ん』

ベッドの中やで?手ぇ繋いでんねんで?ちょっとは意識せぇよ。俺だけこんな気持ちや思たら虚しいやんか。

『手ぇ繋ぐくらい、ええやんなぁ?』
「...うん」
『ん、おやすみ』
「...おやすみ」

...俺な、お前のこと好きやねん。そんなこと全っ然思てへんやろ?
それとも気付いてんの?それやのに俺にこうさせてるんやったら、ほんま狡いで。

伝えたいけれど、まだ早い。焦り過ぎたって#name1#の好きな奴に追い付けるわけじゃない。だから慎重に。弱みに付け込んだっていいじゃないか。それが駆け引きなんだから。

さっきはあんなに冷たかった#name1#の手が、いつの間にか俺と変わらないくらい熱くなっていることに気付いてその横顔を見つめた。溶け合った体温がまるで俺に染まっているみたいで胸がきゅっと締め付けられる。
すると#name1#の目がぱちりと開いてゆっくりと俺を見た。

「......ど、したの、」

何だか思いが通じたみたいで嬉しくて思わず微笑む。

『#name1#、手ぇ熱いなぁー思て』
「...え、そう...?ごめん、」
『あは、別にごめんいらんし』

話しているうちに俺よりも熱くなる手。それを思わせ振りだと思うこと自体、俺の自惚れなんだろうか。
...なんやねん、もうほんま狡いわ、お前。

「...離す?」
『んーん、離さへん』

#name1#に笑顔を向けてから目を閉じた。2度目の『おやすみ』と共に、伝えられないその想いを込めて一瞬だけ繋いだ手をぎゅっと握った。

膨らむ想いともどかしさに唇を噛み締めて、それでも今自分の手と溶け合う体温に幸せを感じながら眠る、第三夜。




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