4th Night.
ぱちりと目を開けて隣の寝顔を見つめた。布団を少し捲くって繋がれたままの片手を見て思わず笑みがこぼれる。けれど、部屋が明るいことに気付いて辺りを見回し枕元の時計に目をやり思わず飛び起きた。はっとしてすぐに#name1#に視線を向ける。...よかった、起きていない。
静かに、急いでベッドから抜け出す。リビングのソファーに置かれたままの携帯を開けば、アラームがなった形跡がある。...30分前に。
急いで顔を洗って化粧水もつけず荷物をバッグに押し込む。一人でこの部屋で余韻に浸るのも楽しみの一つだというのに、今日は余韻の欠片もない。
『...痛ったっ...!』
テーブルの角に足をぶつけて思わず声が漏れた。足の指を押さえて悶えるも、こんなことをしている場合ではない。寝室の#name1#の顔を見ることもなく玄関へと急いだ。
ドアを静かにパタリと閉めて鍵を差し込む。顔を上げてドアを見つめれば、何だか妙に切ない気持ちになる。
エレベーターに乗り込んで手の中の鍵を見つめる。これが俺の物になる日は来るだろうか。踏み出したいとは思うけれど、焦るなと制止する自分もいる。
昨夜#name1#と繋いでいた方の手に鍵を移して、なんとなくモヤモヤとした感情のまま、#name1#の部屋番号のポストを開けた。その隅にコトンと置いた鍵を見つめてからポストを閉めた。
向きを変えて足を一歩踏み出した、けれど、戻ってポストの中の鍵を手に取ってポストを閉めた。
マンションのドアを出て#name1#の部屋の窓を見上げる。
#name1#はどんな反応をするだろう。鍵がないことに慌てるだろうか。焦るなと言い聞かせるけれど、進みたくて仕方ない。不安と期待でそわそわしている心を落ち着かせるように手の中の鍵を握り締め足を踏み出した。
収録から楽屋に戻ると、テーブルの上に出しっぱなしにしていた携帯のランプが主張していた。
...なんやこれ。携帯見るだけやのにめっちゃ緊張するやん。
“鍵、持ってる?”
返す言葉は決めていた。今日会いたいからここで話すことはしない。
“うん ”
ただ一言のその文字に希望を託して送信した。
今日、ちょっとだけ踏み出してみよう。ダメやったらまた一歩下がったらええねん。...大丈夫。
安心したのか、#name1#からの返信はない。それが少しだけ寂しく感じてしまうからどうしようもない。けれど、夜には会える。
断られないように、前もって連絡もしない。どうしても会いたいから。
#name1#の部屋のドアの前に立ってひとつ息を吐き出す。そしてゆっくりとインターホンを押した。
...なかなか応答がなくてドキドキしてしまう。落ち着きなく辺りを見回したところで、プツ、と部屋と繋がる音がして、ますますドキリとした。
「...今開けるね」
『うん』
僅かに部屋の中から聞こえる足音に胸が高鳴る。ドアの前でピタリと止まる足音。けれどなかなかドアが開かない。
...もしかして、俺が急に来たことに戸惑っているんだろうか。
ドアが開いて部屋着の#name1#が顔を出した。前髪を直しながら出て来たその仕草に、思わず口元が緩む。
『携帯、充電切れてもうて』
若干気まずそうな雰囲気を醸し出す#name1#の顔色を伺いながら、取って付けたような言い訳を吐いてみる。
うん、と言われたけれど、目を合わせない#name1#の先の言葉を待てずに慌てて言葉を探した。
『...うん、でな、』
「...上がって?」
...これは、予想外やった。
『...あ、うん』
“上がってもええかな”
自分から聞くつもりやったのに、#name1#が言うてくれるなんて思てへんかったのに...。
『...お邪魔しますー』
鍵を掛ける#name1#を横目に先に部屋に入ると、後から入って来た#name1#が今度は俺を伺うように少し離れたところからチラチラと見ている。
なんや落ち着かへんわ。緊張してもうてるんかな、俺。被っていたキャップを取って髪を乱しながらバッグを漁る。
...よかったぁ。持って来といて。
振り返って#name1#に箱を差し出した。ゆっくりと近付いてそれを受け取った#name1#が、また俺をちらりと見るから、気持ちを見透かされているんじゃないかとそわそわしてしまう。
『なんかな、ええとこのお菓子なんやって』
「...いいの?」
『うん』
「...ありがとう」
ただ話をするだけ、の重苦しい雰囲気を作らないように持って来たそれは、結局大して意味をなさなかったような気もする。
『あ、今日は飲み物とか大丈夫』
「...そっか」
キッチンから俺を見ている視界の端に写った#name1#が、戸惑っているようにも見える。
あれ?鍵は?...とか思てんのかな。今出すって。ちょっと待って。
『ん、これ』
キッチンを出て俺の横に立った#name1#に、鍵を握った拳を突き出すと下に手が差し出された。体を起こし向かい合って、拳を開いてこの部屋の鍵を#name1#に見せる。
『持って帰ってもうた。ごめんな』
にっこり笑って言えば、鍵に手が伸びてきたから、触れる前に自分の手の中へ握り込んで引っ込める。
...ごめんな。これは、返したらへん。
『俺が持ってたら、あかん?』
「...え、」
はてなマークを浮かべたような顔をしているから、こんな時でも口元が緩んでしまう。
よかった。#name1#のおかげで笑ってられた。本気で言うたらあかんねん。冗談で逃げられるようにしとかな、失敗したら終わりやから。
『これスペアやろ?#name1#、他に鍵持ってるもんなぁ?』
「...うん」
『どうせさぁ、また来るやん?』
きょとんと俺を見つめる#name1#を見る限り、嫌そうではない。ただ、びっくりしているみたいな、そんな顔。
『ええの?』
「...うん」
『ん、じゃあ持っとくな』
...やった。やったやん。よかったやん。よう頑張った、俺!
ほっとして思わず笑みが零れた。自分の物になったその鍵をバッグへとしまう。
あー、もう、...ほんまによかった。
『実はさぁ、ちょっと心配やったし。ポスト入れてて知らん奴にいきなりに部屋開けられたりしたら怖いやん?』
「...そうだね」
テンションが上がって自分でも饒舌になっているのがわかる。
しゃあないやん。嬉しいねんもん。
バッグへ視線を落としたまま深呼吸をひとつ。
完全に調子乗ってもうてんで、俺。けど、進展したからこそ一緒に居りたい。触れられへんのなんて、もうわかってる。それでも一緒に居りたい。
『どうしたい?』
すぐにくるりと振り返った#name1#が首を傾げる。
『今日は俺、必要ない?ないなら帰るけど』
カップを口元に当てて黙ったままの#name1#は、目が少し泳いでいるみたいだ。
...ほら、またや。...困ってるんかな。ようわからん反応。...あれ?ちょ、待って。なんか耳赤ない?え?ちゃうの?
髪の毛が掛けられて見える片方の耳が赤いように見えたから、少しだけ嬉しくなる。
...ほんまは、照れてるだけやったりして。...なんて、期待し過ぎはあかんな。
『んふふ、迷ってる』
...けどやっぱり嬉しいんだ。少しは意識してくれているのかもしれない。
“もしかしたら”とか“かもしれない”だけでこんなにテンションが上がるんだから、本当に恋って楽しい。
『じゃんけん』
「え?」
『はよ。じゃーんけーん、ぽん』
「.............。」
『俺の勝ち、やから泊まってくな?』
わざとらしかっただろうか。さすがの#name1#でも気付いたかもしれない。俺が帰る気なんかなかったってこと。
照れたように口を結んで頷いた#name1#を見たら、胸が熱くてたまらない。
...あーもう、ほんまあかん。どうしよ。めっちゃ好きや。
横になったベッドの上で、隣の#name1#を見て一度目を逸らす。
ただ鍵を持っていてもいいと言われただけなのに、妙に高揚感があって自分の手を握り締める。
一歩進んだだけ。何してもいいわけちゃうねんで。
自分に言い聞かせるように繰り返して手を差し出した。
『ん』
二人の顔の間に掌を広げると、ちらりとそれを見た#name1#が俺に視線を向ける。少し戸惑ったようなその表情を見て笑顔を向けた。
手を布団の中へ滑り込ませ、#name1#の手の甲に触れる。逃げる様子のないその手をゆっくりと握ると安堵して笑みが溢れた。
『おやすみ』
「...おやすみ」
『明日、俺9時』
「あ、じゃあ...」
『寝ててもいい?』
「うん」
『鍵、あるしな』
自分で言っておきながらまた口元が緩んでしまう。恋人のような会話で高鳴った胸。こんな高揚感では寝られる気がしない。
思わずパチリと目を開けた。
一瞬だけ、#name1#の手が繋がれた俺の手に力を込めたから。
...あかんて。ほんっまにあかん。
すぐに力を込めてその手を握り返した。苦しい程に高鳴る胸がきゅんと締め付けられる。抱き締めたい衝動をぐっと堪えて繋いだ手の温もりを感じながら目を閉じる、第四夜。
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