11th Night.@
一晩泣いて、泣き疲れてぐっすり眠ったら、心が少しだけすっきりしていた。
鏡の中の私の目は少し腫れぼったいけれど、昨日の自分よりも強くなったような気がしている。
章大を自分から誘おうと決心した。
まず一度、誘ってみよう。
一緒に居たい。それしかない。他に相手が居たとしても、私は章大を呼ぶことを許されているのだし、自分から離れるという選択肢は存在しないのだから。
昨夜の涙のせいで一日中続いた頭痛は、帰りの電車で頭の中が章大に切り替わったことで吹き飛んだ。
何度も携帯の中の彼の名前を見つめて息を詰める。
自宅マンションに着いてエレベーターを降りると、章大が座っていたその場所に目をやってソワソワする。家に入っても、洗濯して綺麗に畳んだ章大のスウェットとTシャツにまた妙に緊張してしまう。
今日はまだ目が腫れているし、明日にしようか。そうだ、シーツも取替えていないし、今から洗濯もしなくちゃ。そしたら部屋にも脱衣所にも洗濯物は干せないから、だから今日は…。
自分で決めたことなのに、自分の中にどんどん出てくる言い訳に呆れる。
...だって、やっぱり怖い。
逃げてしまいそうな自分が嫌だ。けれど、もう一日だけ時間を。自分を甘やかして携帯を放り投げた。
そして自分を戒める。明日、必ず、明日には。
定時できっちり帰宅。
少しだけ緊張を紛らわすために、缶ビール。もし章大が来た時のために、少し多めに準備した。
シーツも替えた。掃除もした。目、腫れてない。
缶ビールを一缶空けて携帯を見つめる。
“今日、来れる?”
今まで散々躊躇ったたった一言のその文章を繰り返し読み直した。
...大丈夫。いつもより平気。酔ってるから。酔いが早く回るように食べ物はあまり口にしていない。これだけフワフワしていれば大丈夫。
ごくりと唾を飲んで送信ボタンを押した。...のにフリーズしている。と思ったら、着信画面に章大の名前が表示されたからドキリとした。
躊躇う気持ちとは裏腹に、送信するために画面に触れていた指が着信中を通話中に替えた。
『...あれ?もしもしぃ?』
「...しょーた、」
『あ、#name1#ー?ちょっと俺のメッセージ届いてるぅ?』
この前届いた明日の飲み会を知らせるメッセージのやり取りの中で家に誘うことを計画していたから、返信をしていなかった。
その話をされた瞬間に、今自分が言わなければいけないことが頭をいっぱいに満たして鼓動が早まる。
「...ごめん、返そうと、思ってたんだけど...」
『えー俺大倉と同じ扱いやんか』
笑う章大の声も耳を通り抜けてしまう程緊張してきた。持っていた缶ビールをゴクゴクと流し込んでテーブルに音を立てて置いた。
「ちがうよぉ。ホントに返そうと思っててね、」
『...なんか、酔うてる?...よなぁ?』
「...飲んでた、ちょっとだけ」
『ちょっとぉ?いや、結構酔うてるやろぉ』
「そんなことないよ」
『いつもとテンションも声も喋り方もちゃうやん』
「一緒だし」
笑っている章大に笑いながら言うけれど、いつどこで切り出そうか迷っている。上擦っているのは緊張のせいだと思うけれど。
『こんな時間からそんな酔えるて、どんなけやねん!』
「そんなに酔ってないってば」
『自分、わかりやすいで?』
「だからー、」
『今から、行こかな』
息が詰まったように声が出なくなった。
『...心配やし』
「..........、」
『そんな感じで風呂で溺れたとか警察から連絡来たら嫌やもん』
冗談交じりに笑う章大に、言わなければならない。自分でちゃんと決めたんだから。
「...うん、...来て欲しいな、」
一瞬の間があって、章大がさっきまでとは違う穏やかな声で言った。
『ん、すぐ行くからな』
終話ボタンを押してすぐに、緊張の糸が切れて涙が頬を伝った。
今泣いたらダメなのに。またこんな顔を見せるわけにはいかないのに。ティッシュで涙を拭いながら、カラカラに渇いた喉をビールで潤す。
見上げた天井が涙で揺れる。それが流れ落ちてもフワフワと揺れる視界。章大が言ったように、自分が思うより酔っているのかもしれない。
インターホンが鳴った後に、ドアに鍵を差し込む音が聞こえた。立ち上がってリビングのドアの前まで行ったところで章大が玄関のドアを開けた。
『お邪魔しますー』
「...早いね」
『車で来たし。...あーもう、ええから座っといて!』
手で追い払うような仕種をされ、ソファーに座ると頭の上から章大の声がした。
『一人でどんだけ飲むねん。誘えやぁ』
章大を呼ぶためだと知ったら、どんな顔をするんだろうか。曖昧に笑った私の隣に章大が腰を下ろす。いきなりぐしゃぐしゃと頭を撫でられたから思わず章大を見れば、優しい顔をしていたから胸が苦しい。
泣いていたことがバレたかもしれない。何も言わずにまた頭を撫でて、章大が立ち上がった。
『水とか、ある?』
「ある。飲まないの?」
『2人も酔っ払い居ったら困るやろ』
冷蔵庫から水を取り出して戻って来た章大が、ソファーの背もたれに置かれたスウェットを指差す。
『洗ってくれたんや?』
「うん、...鼻水ついてたし、」
『あは、よう泣くもんな』
「...泣いてないよ、」
苦し紛れの言い訳に章大が私を見ていたけれど、章大と目を合わせることは出来なかった。
それ以来何も聞かない章大は、ソフレという関係は干渉しないものだと、割り切ったのかもしれない。
今日は、ずっと同じ。視線はテレビを向いていて、会話はない。気まずいわけではないけれど、この前飲んだ時のような雰囲気でないことは確かだ。
私が飲み終えた缶をテーブルに置いたところで章大が言った。
『寝よか。...な?』
ふわふわして瞼が少し重い。頷いて、自分の前の缶に手を伸ばすと、章大がそれを奪い取ってビニール袋へと入れていく。
『寝る準備せぇよ。俺やるから』
ちらりと私を見て言った章大に、ありがとうと返して寝室へ向かう。時間的にはいつもよりはまだ早いけれど、早く章大にくっつきたい。
嫌なことはすべて忘れて傍に居たい。
先にベッドに入って横になると、下をスウェットに履き替えた章大が上半身裸のままベッドの前にやってきたからドキリとした。章大が持っていたTシャツを広げたその時、章大の携帯が鳴った。そのままの格好でスウェットのポケットに入った携帯を取り出しディスプレイを確認すると、章大が私に背を向けてリビングまで行ってから控えめな声量で電話に出る。
『...なに、どうしたん...?酔うてんの...?』
何だかまたドキドキしてしまう。電話の相手は誰なんだろう。
『........今は無理やて、悪いけど、』
ますます鼓動が早くなる。相手は章大を呼んでいるみたいだから。
『...なにしてんねん、もー...危ないなぁ...』
...やだ、...まさか、彼女?彼女かどうかも知らないけど、電話の相手がもし、あの人なのだとしたら。
『...わかったて、すぐ行くから、』
章大が発した言葉に、絶望にも似た感情を覚えた。ベッドから出て、さっきよりもふらつく足で章大に歩み寄る。昂った感情が涙になって視界を霞ませる。
『けど、ほんまにすぐ帰るで?...わかったから、場所...』
章大の後ろから、章大が手にしていたTシャツに手を掛けた。それに気づいて振り返った章大が、私の顔を覗き込む。
「......行かないで、...」
耳から離れて宙に浮いたままの章大の手。驚いたように私を見つめる瞳。
今日の私は、今までで一番素直だった。
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