Final Night.@
頭が痛い。瞼も重い。昨夜食べ物を口にせずに飲んでばかりいたからだろうか。ぎゅっと目を閉じてこめかみ辺りを押さえた。
目を開けるのが少し怖い。予想はついているけれど、それでも期待してしまうんだからしょうがない。重い瞼を持ち上げてちらりと隣を見るけれど、やっぱり章大の姿はなかった。
...だから期待しなければよかったのに。別に甘い会話を期待していたわけではない。けれど、もしも今隣に居てくれたら、少しだけ望みがあるんじゃないかと思ってしまっただけ。
ゆっくりと体を起こすと、ベッドの足元に章大が拾ってくれたであろう私の部屋着や下着がまとめて置かれていて少し恥ずかしくなる。...けど、夢ではなかった。安堵の溜息を漏らすと、同時に不安も過ぎった。
私たちはこれからどうなってしまうんだろう。もうソフレではいられないんだろうか。...セフレになるってことも、ないとは言えない。それならまだいい。完全に終わってしまうことが一番怖い。章大は芸能人なのだから、友達ですらなくなってしまったら、会う術もなくなってしまう。
体の関係を持つことを心のどこかで望んでいたのは事実だ。けれど、本当にそうだったんだろうか。私が欲しかったのは、体ではなくて、章大の心だったんではないだろうか。
静かなリビングを通ってシャワーへ向かう。バスルームの鏡に映った自分の首元に付いた紅い痕を見つめる。
今夜みんなで集まった後、章大は今までのように家へ来るだろうか。そうしたら、またセックスをするのか。
...もう何も考えない方がいいのかもしれない。答えの出ない疑問ばかりに埋め尽くされた頭は、余計なことまで考えてしまうから。
シャワーを出て濡れた髪を拭きながらリビングへ向かうと、あることに気付いて心臓がどくりと脈打った。
章大が着ていたスウェットがない。この前はここに畳んで置かれていたのに。洗濯機にもベッドにも見当たらない。乱れたベッドの前で立ち尽くす。
...やっぱり章大は、誰かと重ね合わせて私を抱いたに違いない。だとしたら、もうこの部屋には来ないということ。
章大が言っていた会場に20時に向かう。会うことにすらこんなに緊張するのは初めてだ。気まずい、というより、気が重い。
家を出る時、ポストの中は覗けなかった。もしそこに鍵が入っていたりしたらと思ったら、怖くて見ることが出来なかった。
大人なのだから極端に冷たくされることはないにせよ、章大が昨日のことを後悔しているとしたら...。
店に入って、仲間の中に章大を探すけれど、見当たらない。 だからと言って誰かに聞くのも気が引けるから、ビクビクしながら後方を意識していた。
一時間程経った今も来ない章大と忠義のせいで一向に落ち着かない。いつものことだけれど、今日はいつもと全く違う感覚だ。
すると、突然肩を組まれてびくりと体が揺れた。私を覗き込むようにしながら大輔が隣に座ったからドキリとする。
『どうなの、上手く行ってんの?』
「...なにが、」
なにが、なんて聞かなくてもわかる。大輔に好きな人のことを話したのを少し後悔しているから。
『なにって、』
「別に、普通。...至って普通、」
『ふーん』
トラブルが大好物な大輔のつまらなそうな返事に溜息をつく。こっちは今、それどころではないのに。次の質問を警戒して大輔をちらっと見れば、私の頭の上へと視線が移った。
『おう』
振り返れば、私の隣の席に荷物を置いた章大がそこに立っていたから、思わず顔を背けてしまった。
『...で?なんか仕掛けたりしないわけ?』
警戒していた大輔の質問が、またタイミングが悪過ぎてドキリとする。
なんでそんな質問を今するの。相手を知らないとはいえ、本当にやめて欲しい。
「...しない、...もうさ、この話はおしまい、」
『なんで』
「なんでも!」
『お前が言って来たんだろ』
『喧嘩すんなやー。なに?なんなん?』
...もう、いいからやめて。お願いだから、本当に。
『#name1#の好きな奴の話』
...なんで言っちゃうかな。
『へー、そうなんや』
『相談乗ってっていったくせによー』
「...言ってない、そんなこと、」
『じゃあヤスの話でいいわ』
『なんで俺やねん、妥協すんなや』
『だっているだろ?この前言ってたじゃん、好きな子いるって』
隣に座る黙ったままの章大の顔が見れない。章大が吐き出した煙草の煙を消えるまで見送って、逃げ出したい衝動に駆られていた。
『あれだろ。あのモデルの...』
『...何言うてんのぉ?誰やねん、』
動揺を見せないようにゆっくりと椅子を引いて立ち上がった。両脇の2人が私を見上げたから、渾身の笑顔を作って席を離れた。
...変に思われていないだろうか。ちゃんと笑えていただろうか。
トイレに入って目を閉じる。昨日の酒が残っているのかもしれない。今日は控えめにしているつもりだけれど、頭が痛む。
私を見上げた章大の戸惑ったような顔が目に浮かんだ。
...大丈夫。昨日私と寝たくせに、なんて、絶対に言ったりしないから。
暫くしてトイレから出て席へ向かうと、私が座っていた場所に忠義が座っていたから少しほっとしていた。章大から離れた席に腰を下ろすと、章大が私を見ているような気がしたから隣の友人に話を振った。
どうしたらいいのかわからない。章大と普通に話すことすら出来なくなってしまった。
店の時間が来て外へ出ると、早々に友人の一人に帰ることを告げてみんなから離れた。
ずっとここに居たら窒息してしまいそうで、苦しくてたまらなかった。
けれど、どうしても気になって後ろを振り返れば、章大が少し離れたところを着いて来ていたからドキリとして顔を前に戻した。
『…なぁなぁ』
「...なに、」
『泣いてる?』
「...泣いてない」
...泣きそうだけどね。
なんで着いて来るの?...いつものことだけど。
まだ私を気にしてくれるの?...それとも、別れ話でもしに来たの?そんなはずないよね。付き合ってもいないのに。
いつにも増して卑屈な自分に、余計に涙が出そうになる。
『...なーんか、最初の夜みたいやな』
突然そんなことを言うから涙が零れた。
本当に私を泣かすのが得意だと思う。本当に無自覚で腹が立つ。悔しい。...なのに、やっぱり一緒に居たい。
『...もう一軒、行っとく?』
「......怪しまれるよ、2人だと、」
『あは、今もうすでに2人やしー』
「............、」
『今朝の言い訳も、しときたいし...?』
「...なにそれ、」
『ていうかさぁ、#name1#ってそんなん気にするタイプやった?』
前を向いたまま言葉を探した。けれどこの気持ちの変化を章大に説明する術を知らない。だから黙ったまま歩いていたら、後ろから手を握られたから驚いた。
『これくらいしたって平気』
「ちょっと、...」
『こんな人混みで撮られへんて』
「けど、」
『あ、泣きやんでる』
訴えるように章大を見た私に、章大がそう言って笑った。私より先に目を逸らして前を向いた章大の横顔を見てから視線を落とすと、繋がれた手が視界に入って掌に熱が篭る。
『外では初めてやな』
「...........、」
『手、繋ぐの』
こんなところで、本当に大丈夫なんだろうか。この前見た写真の中の章大の後姿が浮かんだ。
少しだけ前を歩く章大の顔に笑顔はないけれど、しっかりと握られた手に胸が熱くなる。
大通りへ出てガードレールに凭れた章大が、繋がれた二人の手を見つめながら言った。
『あーあ』
残念そうに発せられたそれにちらりと章大を見れば、不満気な言い方のわりに口元に笑みが浮かんでた。
『#name1#の中で、俺は変わってもうたんかぁ...』
その言葉が何を指しているのかと頭を働かせていると、視線を感じて章大を見た。目が合うとふっと笑って首を傾げる。
『芸能人みたい?俺』
「.......芸能人、でしょ...」
『...そっかぁ...』
繋いでいた手が離れた。熱の篭っていた手が妙に寒く感じる。それだけのことなのに、すぐに目頭が熱くなって困る。
わかっていたはずなのになんで好きになっちゃったんだろう。章大が優しいから悪い。芸能人なのに、無自覚に私に触るから悪い。みんなに向けるのと同じ優しさを、私だけなんじゃないかと思わせるから悪い。
...だから、章大が悪いんじゃないのに。そうしないとやり場のない想いに押し潰されてしまいそうで、苦しくて堪らなくなる。
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