euphoria


Final Night.A


腰を上げて向こうから来たタクシーを停めた章大が私の腕を掴んでタクシーに乗り込んだ。告げられた章大の家の住所。それを聞きながら涙を堪えて俯くと、頭にそっと置かれた手がぽんと頭を撫でた。

『そんな泣くなやぁ』
「...泣いてないってば」

運転手に聞こえないように静かに言った章大に、少し大きめの声で言った。訳の分からない苛立ちが、思わず言葉に反映されてしまった。

『...ならよかった』

いつもと同じ言葉。それが悔しくもあり嬉しくもある。複雑だけれど、目の前に見えて来た大きなマンションに入ることを許された私は、皮肉だけれど少しだけ、章大の特別になれているような気さえしてくる。

タクシーを降りると、手に後ろから何かがぶつかって、それが章大の手だと理解する前に乱暴に手を取られた。痛いくらいにキツく握られたその手を引かれマンションへ入ると、睨むように私を振り返った章大と目が合ったからドキリとした。

『ほんまは全然よくない』
「...え、?」
『全っっ然ええことない!」

エレベーターホールに響いた少し大きめの章大の声に動揺する。すぐに開いた扉からエレベーターに乗り込むけれど、不機嫌そうな表情のまま何も言葉を発しないからドキドキしてしまう。

エレベーターを降りて掴まれたままの腕を引かれて部屋へ押し込まれると、靴を脱ぐのもギリギリな程性急に部屋に上げられて戸惑う。
リビングに入るとするりと手が離れたから、後ろ手にドアを閉めた途端に章大が振り向いた。

『“ならよかった”ってなんやねん。全っっ然よくないわええわけないやろ!お前も“泣いてない”ってなんなん?なんぼほど嘘下手くそやねん』

リビングに入ってすぐに、苛立ちを含んだようないつもより少し低い声。ソファーに置かれていた私用ではないタオルを押し付けられた。はよ拭いて、と顎で指され、章大の香りが強いそのタオルで、辛うじて目に溜まったままの涙を慌てて拭った。

『俺にはなんも言われへんねや...?』
「...え、?」
『ソフレってなんやねん、何があったか、話も聞いたらあかんの?黙って全部受け入れろって?』

顔を背けた章大が苛立ったように言った。突然過ぎて驚いた。胸に響く鼓動のせいで喉が張り付いたような感覚。上手く声が出せない。

『...俺はこんな風になりたかったわけちゃうねん、』

...何をそんなに怒ってるの。何の話をしてるの。なんで章大がそんなに泣きそうな顔するの。

『...そうやな、ソフレ言うたのは俺やもんな?...けどな、お前が泣いてたから一緒に居りたい思たんやんか!寂しいなら呼んだらええんちゃうの?誰の代わりにでもなったるわ!なんでもっと俺を利用せぇへんねん!』

一気に捲し立てて私を睨むように見た章大の目から、涙が一粒零れ落ちたのを見て、手の中のタオルがひらりと床に落ちた。
...代わりってなによ。それは私のセリフじゃない。ずっと私の心にあった言葉を、なんで章大が言うの。

『俺の仕事のせいなん?...それとも、この関係のせいなん?なんで俺になんも言うてくれへんの?こっちは聞きたくても聞かれへんやん...こんなんもう、他人みたいやんか...』

俯いた章大にどんな言葉を掛けたらいいのかわからない。荒くなった息を吐き出す章大の震える唇を見て、ただただ涙が零れ落ちる。

『...俺、そんな風に思てずっと#name1#と居ったんやで...?引くやろ?...ドキドキしててん、最初の夜から、ずっと...』

自嘲気味に笑った章大が私に背を向けた。涙を拭うような仕草を背中越しに呆然と見つめ立ち尽くす。
...信じられない。私だってドキドキしてた。最初からずっと。章大が同じだなんて、信じられない。

『...教えてや、...俺わかれへんねん...いつも誰のこと想って泣くん?居るんやろ?想てる奴、』

...もう言っても大丈夫なんだろうか。本当の気持ちを言っても、章大が離れて行くことはないだろうか。
...でも、出てくるのは涙だけで、胸が苦しくて言葉が出ない。だからただ、目の前の章大を真っ直ぐに見つめていた。

『...昨日の涙はさ、...俺のためやったよなぁ...?違う?』

...そうだよ。昨日だけじゃないよ。ずっとそうだったのに。
章大が振り向いて私を見た。いつもの優しい笑顔はそこにはなくて、私がずっと目を逸らしてきた鏡の中の自分と重なって見える。

『...なんとか言えや、』

苛立ったように言って手を伸ばした章大が私の腕を力なく掴んだ。その手を引かれてゆっくりと抱き締められると、首筋に顔を埋めた章大の震えるような熱い吐息がまた胸を高鳴らせて目頭を熱くさせる。

『...もう無理、耐えられへん』

思わず章大のパーカーを掴めば、より強く私を抱き締め返したその腕が、すぐに緩んで髪を撫でる。顔を上げた章大と目が合うこともないまま強引に唇が触れて、すぐ後ろのリビングのドアに押し付けられながらキスをした。
唇が離れると、目が合った章大が口元に笑みを浮かべた。

『...昨日の夜はさ、俺が、一番やったやろ...?』

ただ、何度も頷いた。早く好きだと言いたいのに、口を開けば嗚咽が漏れてしまいそうで声が出せないから、ただ頷いた。

『昨日は、そいつより俺の方が、...一瞬でも一番好きやったよなぁ...?』

何を言えば伝わるだろう。今の私は、何を言っても足りない気がする。
首を横にぶんぶんと振って、章大の腰に力なく腕を回した。

一つだけ知っている。たくさんの想いを込めて一言で伝えられる言葉は、これしか知らない。

「...好き、っ」

やっと出てきた一言は嗚咽と混ざって情けない声だった。けれど、それを言えた自分を心から褒めてあげたいくらいだ。

「...ずっと、好きだ、ったよ、」

一瞬の間を置いてひゅっと息を吸い込んだ章大の震える吐息が首筋を掠める。小さく鼻を啜る音と、胸から伝わる早い鼓動。私の髪を掴んだ手が震えていた。

『...意味、わからんし、...』

言葉のわりに強く私を抱き締める腕は、きっと私の一言が伝わった証。
二人の間に隙間なんかないのに、それでも尚、何かを埋めるように私を掻き抱く章大の腕が苦しくて身を捩った。一度緩んだ腕はすぐにまた私を締め付けて離さない。

言いたいことも聞きたいこともたくさんあるはずなのに、言葉が見つからない。きっと章大も同じなんだろう。ただ抱き締められたまま目を閉じて、これまでのことを思い返していた。
誤解を解くのは後でいい。今はとにかく、やっと自分のものになった体温を感じるだけ。

『...ほんっまに振り回されたわ、...めっちゃ弄ばれたし、』

章大が溜息みたいな息を吐きだして顔を上げた。わざとらしく睨むように私を見たあと、章大が喉の奥で笑う。

「.....ちょっと、...」
『なにぃ?』
「......こっちのセリフなんだけど、」
『はぁ?...意味わからん』
「............。」
『全っ然わかれへん』
「...わかってくれなきゃ、っ」

“困る”
口の端を上げて笑った章大が、私の最後の言葉を唇で封じた。何度も合わせられる唇が離れる度に上がる章大の口角を見ていたら、胸がきゅっと締め付けられてまた一粒涙が零れた。それを指で拭い取った章大が私の頬を包む。
そして最上級の笑顔を浮かべ、ずっと欲しかった愛の言葉と共に私の唇を塞いだ。


End.

p.s. #name1#のノートのらくがき『章大』押してみてね


ソフレ【添い寝フレンド】
(→Sleeping Together Friend)
 肉体関係はなく、
 恋愛感情を挟むこともない。
 添い寝をするだけの男女の関係。


Seventh Heaven【セブンスヘブン】
 第七天国。天国の最高位。
 天使の住む場所。最上級の幸せ。


- 15 -

*前次#


ページ: