1st Night.
『俺風呂入って来たから大丈夫ー』
「わかった」
『あ、気になるなら入るけど』
「あ、...大丈夫」
章大が家にいるこの光景が信じられない。ソファーの上で膝を立ててスマホを弄っている章大がいるこの部屋の光景を、今見ているキッチンから写真に収めたいくらいだ。
“最近流行ってんねんて”
“キスもエッチもせぇへんねん”
“抱き締めたりはすることもあるけど、
そこに恋愛感情はないのが前提でな”
“ただ人恋しい時、一緒に寝るだけ”
“それがソフレ。添い寝フレンド”
コーヒーを淹れながら、数時間前に忠義が言っていた言葉を頭に並べた。
つまり私は、章大に対する感情に気付かれるわけにはいかなくて、期待もしてはいけない。ただ、隣で眠るだけ。
ちらりと章大を見て手元のコーヒーに視線を移す。たかがコーヒーを淹れるのに無駄に時間を掛けてしまっているのは、少し気持ちを落ち着けようと思ったからで。だけど冷静になって考えてみればますますこの状況に落ち着けるわけもなく、結局最初と同じソワソワ感はずっと胸に留まっている。
また章大を盗み見て背を向けた。
今この瞬間の章大を知っているのが私だけだという事実に胸が高鳴ってきゅっと締め付けられる。
これはきっと私が望んでいたことだ。プライベートな彼が知りたかったし、一緒に居たいと願ったんだから、この上ない幸せ。
けれど気付かれるわけにはいかない。
コーヒーを乗せたトレイを掴む手に思わず力が入った。
『ありがとぉ』
ちゃんと相手の顔を見て笑顔を向けて感謝するところが好きだ。けれど今はなるべく見て欲しくない気もする。すっぴんだということもあるけれど、メイクをしていない分、顔が赤くなってしまったりしたら困るから。
章大の前に置いたカップを手にして口を付け、コーヒーを見つめたままふっと章大が笑う。
『...新鮮。#name1#のすっぴん』
今この瞬間に顔を見られていなくてよかった。数秒前までは大丈夫だったはず。わざとらしく隠すようにトレイを顔の前に立てて立ち上がり、逃げるように、でもゆっくりとキッチンへ向う。
んふふ、と後ろで笑う声が聞こえたから少し振り返って睨むように視線を投げた。すると目が合ったからすぐに逸らして背を向ける。
『可愛いのになぁ...』
...なにそれ!そんなこと言われたらそっちに行けないじゃない!
今から寝るんでしょ?ただの添い寝でしょ?そんな彼女に言うみたいなこと私に言ってどういうつもり!
けれど実際ドキドキしているのは私だけで、章大がこんなことを言うのなんていつものことであって。意識し過ぎたらダメだ。こんなチャンス、二度と無いんだから。
なに食わぬ顔でソファーの章大の隣に少し間をあけて腰を下ろした。コーヒーを手に取るとすぐに章大が私を見るからまたドキリとする。
『明日は?』
「休み」
『俺仕事ー』
「...早いの?」
『...んー、あ、鍵とか出しといてくれたら勝手に行くし。ポスト入れたらええやろ?』
「...ん」
明日の朝のことを考えてしまうと、既に心が沈む。好きな人と過ごす一晩なんて、きっとあっという間のことだ。
後ろの引き出しからスペアキーを出してテーブルに置き、章大の前まで滑らせた。それをちらりと見て章大が頷いた。
少しずつその時間が迫っているのかと思うとドキドキして落ち着かない。触れ合うわけではないから私のドキドキに気付かれることはないだろうけれど、変に意識せずにはいられない自分に焦っている。
『ご馳走様でしたー』
章大が手を合わせて私に頭を下げた。それに頭を下げて答えると、章大が座ったまま腕を上げて欠伸びをしながら伸びをした。
「...寝る...?」
『#name1#に合わせるで』
「...あ、...じゃあ...」
『なんやねん』
言葉に間を作った私に章大が笑う。
...だって、寝ちゃったらすぐ朝が来てしまう。もう少しこのままがいいけれど、章大は仕事だと言っていたし...。
「......寝る、」
『ん、ほな寝よか』
カップを片付ける私を立ち上がって待っていた章大が、お待たせと言った私に笑顔を向ける。...こんなところにいちいちきゅんとしてドキドキしてしまう。本当に思わせ振りで狡い。
『どっち寝る?どっち側がいい?』
寝室に入ると後ろから着いてきた章大が私より先にベッドに座って聞いた。
そしてまた俯いて笑う。
『...なーんか、いけないことしてるみたいちゃう?』
「...............、」
『だって、みんなに内緒やろ?』
そう言って楽しそうに私を見るから、懸命に笑顔を返した。上手く笑えているかどうかはわからない。だって今のは、余計にドキドキしてしまう。
「...こっち側にする」
『ん、攻めてったらごめんな』
「うん、押し返すから大丈夫」
『あは、ええよ』
壁側を選んで先に布団に入ったけれど、どっちを向いて寝たらいいのかと戸惑う。添い寝と言っておきながら背中を向けるのもなんだし、かと言って章大の方を向くのも...。結果、仰向けに寝転んだ。
『お邪魔しますー』
普段と何ら変わりないトーンの章大が隣に入って仰向けに寝たから、リモコンで照明を消した。
今章大はどんな気持ちでここにいるんだろう。想像してみたって私には検討もつかない。第一、自分のこの気持ちが期待なのか不安なのか、それすらよくわからないのだから。
『おやすみぃ』
「...うん、おやすみ」
心臓が激しく脈打って息苦しい。
本当に信じられない。隣にいるのは章大で、しかも体温を感じ取れるくらい近くに寝ているなんて、本当に夢みたい。
顔が見たい。けれどそんなことは出来ない。意識しているなんて思われたら困るから。でも、初めてのことなんだから意識せずにいられる人がいるんだろうか。...でもやっぱりそれは私が章大を好きだからであって...
『#name1#...?』
ごちゃごちゃと考えているうちに声を掛けられて思わず章大を見た。
薄暗い部屋の中でぼんやりと天井を見つめるその横顔が、今まで何年か一緒に過ごして来た中で初めて見せられた顔で何だか胸が痛い。
『隣に人が居るって、ええもんやな』
...幸せ以外の何物でもない。章大がそう思った時に隣に居られたのが私でよかった。
「...ん、...私も、今思ってた」
精一杯の勇気。今隣に居たのが章大じゃなかったら、こんな幸せな気分にはならなかったはずだから。伝えられない分、その言葉に精一杯の想いを込めた。
私の方に少し顔を傾けた章大と目が合うと、優しい笑顔でふっと笑った。
『おやすみ』
それでも逸らされない視線に恥ずかしさが勝って、上を向いて目を閉じた。
寝られるわけがない。この幸せ気分がずっと続くように、一晩中だって起きていたい。
章大はまだ私を見ているだろうか。章大が眠るまで、私が起きていることに気付かれないように。何度見たって飽きないであろうその横顔を、章大が寝たらもう一度見ておこう。
触れることのない章大の体温を隣に感じながら、胸の高鳴りを抑え切れずに更けていく、第一夜。
- 2 -
*前次#
ページ: