euphoria


3rd Night.


5日が経って、章大があの日話題に出した飲み会の会場に来ていた。
章大からの連絡はあれから一度もなかった。...当たり前だ。これまでと同じ。何ら変わりない。今までだって、そんなに頻繁に連絡を取ったりはしていなかったんだから。
そのくせ、遅れてやって来た章大と目が合えば、私に向かって軽く手を上げて挨拶したりするからまたドキドキさせられてしまう。

あの時言っていた通り、章大と忠義が合流したのはいつもお開きとなる時間の1時間程前だ。
向こうで真剣に話し込んでいる章大を盗み見る。正直、最初からずーっと私の隣で恋について語っている大輔の話は頭に入っていない。

私一人だけソワソワして落ち着かなくて、なのにそれを気にする様子もなければこっちを見ることもない。私の心を弄んでるような気すらしてくる。...被害妄想だけど。

『結局、自分の気持ちより、相手の顔色窺ってんだろうなぁ』

聞いていないはずだったのに、耳に入ってきた大輔の言葉が何だか胸に刺さった。いつも相手を窺って、自分の気持ちは抑え付ける。だから苦しくなるのかもしれない。章大を見送ってキッチンで蹲ったあの時みたいに。



『なーぁー、もう一軒行こうやぁー!飲み足りないんですけどぉー』

会計を終えて外に出ると、参加して1時間のわりにそれなりに酔っている忠義が友人に駄々を捏ねていた。

『今日は元気そうやな』

店を先に出た章大の居場所を探す前に、後ろから声を掛けられてドキリとする。今日話すのはこれが初めてだ。

『ヤスー、どうするぅ?』

そうかな、という私の返答にかぶって忠義が章大に声を掛けた。

『俺明日朝からやもん』
『俺夕方!んふふっ』
『...........。』
『わー!ヤスが...!』

忠義に向かって中指を立てた章大が、ちらりと私を見てから忠義の方へ視線を戻す。

『行かへんの?あいつらと』

忠義の周りにいるみんなに笑って手を振りながら私に聞いた。うん、とだけ答えると、章大が再び私を見た。

『ほな、帰ろ』
「...うん」

歩き出した章大の後に続いた。
帰ろうって、どこへ?一緒に帰るの?それとも、...

『なぁ、』
「...え」
『今日、タクシーな』

章大が前を見たまま言った。
そんな言い方、ちょっと期待してしまう。けれど、はっきりした言葉なんてまだ何ももらってはいない。

「私は、...いいよ、電車で、」
『なんで?』
「...なんでって、」

探りたかったなんて言えるわけない。同じ家に帰るなら、言ってくれるんじゃないかと思ったなんて、言えるわけないじゃない。

『今日は、俺の方』
「え?」
『やなことあってさぁ、もうイライラしてもうて』
「...うん、」
『ほんまはもう一軒行きたかったんやけど』

真意がわからない。何が言いたいんだろう。わからないのに、ドキドキする。
振り向いた章大が私を見た。

『せやから、一緒に居って。今日は、俺のためにさ』

いつものにこやかな表情とはまた違う顔で、章大が私を見つめる。
決まってる。答えは最初から。

「うん」

その返事に表情を変えることもなく、章大の目が動いた。大通りに向かって数メートル走った章大が、向こうから来たタクシーを止めて私に手招きするから、はっとして駆け寄る。
先に乗り込んだ章大の後に続いてタクシーに乗り込むと、章大が私の家の場所を運転手に告げた。好きな人の口から発せられたそれに、走ったせいではないドキドキが体中に響いた。

マンションが近付き、畳んだお札を章大に差し出す。するとその手を章大の掌で包まれて膝に置いたバッグの上へと戻された。ちらりと横顔を見れば窓の外を眺めている。その横顔を眺めながら、震えてしまいそうな章大が触れた自分の手を、自分で握り締めた。

タクシーを降りると足早にマンションへと入る。ちらりと周りを見渡した章大は、どんな気持ちでいるんだろうか。

距離が短いということもあって、車内でほぼ言葉を交わさなかった。エレベーターの中でもそれは同じで、章大は黙って私の後に着いてくる。
考えていた。
“嫌なことって何?”
...聞いてもいいんだろうか。けれど、私はただのソフレで彼女ではないんだから、踏み込んではいけないのかもしれない。そう思ったら、何も声を掛けられなかった。


シャワーの音に妙に緊張してしまう。何もないこと前提で章大はここに来ているのに、それでもソワソワしてしまうんだからしょうがない。
明日も早いと言うから先に入ってと言ったのに、それは出来ないと断られた。先に寝てと言われたけれど、待っているべきか、気を遣わせるから寝ているべきか、まだ迷っている。どちらにしても寝られないんだけれど。

タオルもドライヤーも用意してきたし、飲み物も冷蔵庫にあると言っておいた。スペアキーもテーブルに置いた。
この前と同じ、ベッドの壁側に横になって天井を見つめる。
やっぱりこのままベッドで起きて待っていよう。嫌なことがあったと言っていたし、私から聞かなくても、何か話したいことがあるかもしれない。

ドライヤーの音が聞こえてきた。今まで誰かのドライヤーの音でこんなにドキドキしたことはあっただろうか。目を閉じて深呼吸。また今日も眠れない夜になりそうだ。

程なくしてドライヤーの音が止み、リビングの電気が消えた。ペタペタと足音が近付いて来て、緊張して目を閉じる。ベッドが軽く沈んで、静かに章大が布団を捲くった。
章大からふわりと香った自分の香りにドキリとする。隣に横になって小さく鼻をすすった章大の手の甲が私の手にぶつかって目を開けた。するとその手が私の手を包んだからぴくりと体が揺れる。

『あ、ごめん、起こしてもうた?』

ちらりと章大を見れば、章大も私を見ていた。何だか緊張が伝わってしまいそうで目を逸らして首を横に振る。

「起きてたから、大丈夫」
『ん』

手が離れることはなく、力を込めるでもなく、ただ緩く握られたまま。
...全然、なんでもないみたい。手なんか触れていないみたいに、普通。手を繋ぐことなんて、章大にとってはなんてことないみたいで、何だか苦しくなる。私はひとり、こんなにドキドキしてるのに。

『手ぇ繋ぐくらい、ええやんなぁ?』
「...うん」
『ん、おやすみ』
「...おやすみ」

嫌なことがあってイライラして、だけどひとりは嫌で、そんな時にたまたま隣で一緒に居られるのが私であることが嬉しい。
でも、少しくらい、気にしてよ。私は女の子で、手が触れていて隣で寝てるんだから、少しくらい、ドキドキしてよ。
ソフレは自分で望んだ関係だけれど、欲張りになる自分がいて焦る。こんな気持ちはあってはいけないのに。

好きだから。傍に居られるなら。それで十分じゃない。
無理矢理自身を納得させて、ちらりと静かに章大を見れば、こっちを見ていて目が合ったから驚いた。

「......ど、したの、」

思わず出た言葉に章大が微笑んだ。帰りに見せたものとは違う、幾分か柔らかくなった表情に胸がきゅっと締め付けられる。

『#name1#、手ぇ熱いなぁー思て』
「...え、そう...?ごめん、」
『あは、別にごめんいらんし』
「...離す?」
『んーん、離さへん』

私を見ながらふっと笑った章大が、上を向いて目を閉じた。2度目の『おやすみ』と共に一瞬だけ繋いだ手に力を込められ、大きく膨らんだ恋心も一緒に掴まれてしまった。

どうしようもなく膨らむ自分の気持ちに戸惑いながら、それでも幸せを感じずにはいられない。
一定の強さで握られるその手を握り返すことも出来ずに、ただひたすら固まっていた、第三夜。


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