5th Night.
目覚めてすぐに目に入ってきたはのは、繋がれた手だった。いつの間にか向かい合って寝ていた章大に視線を動かす。...と、こっちを見ていたから驚いた。
『...びっくりしたぁ』
小さな声で言った章大がふっと笑った。何だか恥ずかしい。考えてみれば、二人で一緒に起きて朝を迎えるのは初めてだ。
『おはよぉ』
「...はよ、」
『まだアラームなってへんよ』
「...ん」
携帯を確認すると、設定した時間の30分程前だ。携帯を置いて章大をちらりと見れば、まだ私を見ていた。
向かい合って手を繋いでいるから、顔を逸らしたくても逸らせない。かろうじて視線を外したけれど、逸らす前に見た章大は何だかとても優しい顔で私を見ていたから、本当に錯覚してしまいそう。それに、ドキドキしてしまったから二度寝なんて出来そうもない。
「...起きようかな」
『もう?』
「...うん」
だって寝起きの顔をじっと見られていたら恥ずかし過ぎて無理。でも『もう?』って、なんか残念がられてるみたいで、悪くない。
「まだ寝てていいよ」
『うん。そうするー』
そう言っても一向に離れる気配がない手に戸惑って、若干顔が熱く感じる。寝起きとは思えない程にっこりと微笑む章大は、やっぱりこうやって私をからかっているのかもしれない。いつも余裕、というより、触れたりすることに何も感じていないみたいで、ちょっと悔しい。
「手」
『なに?』
「手、離して」
『嫌』
「............。」
『なんか寂しいやんー』
私が軽く引いた手をぎゅっと掴んで離さない章大は、ふざけたように笑っている。
恋人同士の風景と言っても過言ではないようなこんなやり取りをしていたら、本当に愛されているみたいだと思ってしまう。
頭に浮かんだそれを振り払うように手を引くと、掴まれていた手が離れた。
拗ねたように見せるためにわざと唇を尖らせて、私と目が合うとふっと笑った。布団に包まるように寝返りを打った章大は笑いながら、おやすみー、と言って私に背を向ける。その背中を見ながらベッドから出て、私もおやすみ、と小さな声で言ってリビングへ向かった。
まだベッドから出ないで隣に居ればよかったかもしれないと、今更思ってみても遅い。甘えたような章大のそんな一面を見てしまったから愛しくて堪らない。けれど、怖い。本当に勘違いしてしまいそうで怖い。
昨夜、朝食はいらないと言っていたから自分だけ済ませて支度を始める。寝室を覗けば、章大が蹲って寝ているから、音を立てないようにクローゼットから服を取り出した。もう一度章大を見て寝室を出る。
私の部屋を見上げていたあの時の章大も、今の私と同じ気持ちだったらいいのに。
章大を残して出るのが名残惜しい。玄関で靴を履いて置いていたバッグに手を伸ばした。
『いってらっしゃーい』
リビングのドアから顔を覗かせた章大が私にヒラヒラと手を振っていた。
「いってきます、」
動揺していた。まさかいるとは思わなかったから。
小さく手を振り返すと、章大がドアを開いてこっちに歩いて来た。私の前に立った章大が、私に笑顔を向ける。
『いつでも呼んでええよ。来れるかはわからんけどさ。寂しなったら』
私は今、どんな顔をしているだろう。一瞬時が止まったような沈黙を、変に思われていないだろうか。動揺に動揺が重なって、心臓が煩い。
「...うん」
『ん、いってらっしゃい』
「...いってきます、」
思わず章大に頭を下げてしまったことに更に動揺して慌てて背を向けた。外へ出て玄関のドアに凭れながら、震える手で口を覆った。
仕事をしながらぼんやり考える。
昨日の今日、というか、今日の今日で連絡するのは、さすがに早過ぎるだろうか。
呼んでもいいって言われても、なんて...?
“寂しいから来て”
“来てもらってもいい?”
“今日、来れる?”
どれも恥ずかしくて勇気がいる言葉ばかりだ。
章大を気遣いたい気持ちはある。日々不規則で、章大の予定なんて把握していない私は、やっぱり気軽に章大を呼ぶことが出来ない。
来て欲しい。勿論、毎日でも。けれど章大にとって負担になってしまったら何の意味もない。私は落ち着ける居場所でいなければならないんだから。
今日来てもらって、明日は呼ばなければいい。でも、断られたら...?なんだか気まずくなってしまいそうだ。じゃあ、どうやって呼んだらいい?章大からの連絡を待つだけ?
“いつでも呼んでええよ”
私から連絡しなかったら、章大を必要としていないと思われるだろうか。
でも、章大のスケジュールはどうなの。なんてメッセージを送ればいいの。
仕事中も家に帰っても、堂々巡りだ。ひとつもいい考えが浮かばない。答えなんて見つからない。
...気付いたら寝ていた。
朝方まで起きていたんだから仕方ない。携帯を確認すると、時計はもうすぐ0時になろうとしていた。
...こんな時間から呼ぶわけにはいかない。逆に、今日は諦めがついた。
ふと気付いてスマホでラジオをつける。普段は聞くこともほとんどないけれど、たまたま時計を見たから。
...慣れないことをするもんじゃない。
たまたま聞いてみた忠義のラジオでの話題は、“ソフレ”だった。
なんとなく聞くのが怖い。
...聞いてみたい気もする。世間から見てこの関係はどういう風に映るのか。...けど、怖い。いくら忠義でも、まさか章大と私がソフレだなんて思っていないはず。
『男側からの意見としてはー、』
忠義が切り出したその言葉に息を呑んだ。
『あまり興味がないというかぁ、寂しいから傍に』
遮るように思わず途中で電源ボタンを押した。真っ暗になった画面を見つめて目を閉じ、ソファーに頭を預ける。
...最初からわかってたはずじゃない。
章大の気持ちなんて関係ないと思ってた。私が居たいから、傍に居ただけ。
それなのに、どうしてこんなに欲張りになってしまったんだろう。手を繋いだからって、鍵を渡したからって、何も進んではいないのに。
章大はこのラジオを聞いていただろうか。...聞いていなければいい。ラジオの女の子と同じように、私の気持ちが恋ではないかと疑うかもしれない。この気持ちに気付かれたら、どうなってしまうんだろう。
不安をかき消すように、章大の笑顔を思い浮かべる。確かに隣にあった寝顔も繋がれた手も、持って帰った鍵も今朝の言葉も、私だけが知る章大の一部であることには変わりない。
不安の中にある確かな幸せを思い返しながら、章大を想い目を閉じる、第五夜。
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