euphoria


6th Night.


テレビの画面に映るその笑顔をぼんやりと眺めていた。こうしていると知らない人に見えてしまう。
...本当は、彼はただのアイドルで、私のことなんか知らなくて、私がアイドル相手に都合のいい夢を見ているだけではないだろうか。

不思議だ。確かにこの部屋に居たはずなのに、章大を感じさせるものなんてこの部屋には一切存在していない。章大が居た形跡なんて、どこにもない。
携帯を掴んでアドレス帳を開く。スクロールして出てきたその名前に安堵するなんて馬鹿馬鹿しい。

今日も何度目かわからない。毎日何度もこの名前を眺める。どこにいても、何をしてても、章大のことばかり。 毎日想う。けれど、1週間経った今も一度も連絡することが出来ずにいる。勿論、章大からの連絡もない。

恋をしているだけで四六時中浮かれていた学生時代とは大違いだ。休みの日は学校に行くのが待ち遠しくてたまらなくて、写真を眺めるだけで幸せで、早く会いたい、早く明日になればいいのに、と全力で恋を楽しんでいたはずなのに。
...早く会いたい。それは変わらない。けれど、章大がここに居てくれないと、寂しくて切なくてたまらない。

今日もまた、思考ばかりどこかへ行っていて、一日中ぼんやりと過ごす無駄な休日になった。
少しでも気分を変えるために早めに夕食を済ませ、お風呂に入ってゆっくりと湯船に浸かる。

一時間程してバスルームから出てリビングに戻ると、テーブルの上の携帯の不在着信を知らせるランプが光っていた。ドキリとして携帯を開けば、着信とメッセージが残されている。
忠義だ。
メッセージを開いてみれば、この前みんなで集まった店の近くにいるから出て来ないかというお誘いメッセージだった。

それを最後まで読む前に着信画面に変わり、今度は章大の名前が表示されているからゴクリと唾を飲んだ。

「もしもし、」
『あ、#name1#ー』
「うん」
『今から軽く飲み行かへん?』

今丁度見ていた忠義からのメールを頭に浮かべる。

「この前のとこの近くでしょ?」
『え?』
「さっき忠義から連絡来てね、今お風呂...」
『大倉?...そうなんやぁ...』

私の言葉に被せるように呟かれた一言に違和感を感じた。何だか妙にガッカリしたような言い方だ。

『ほんなら...出掛けるんや?』
「え? ...一緒じゃないの?」
『うん、今日は夕方までやったし、もう家帰っててんけど』
「そうなんだ...」
『一人で飯食うのもなんかなぁー...思て、...あ、#name1#居るやん、一番近いやん思て。...けど』

そんな風に思い出してくれるのが嬉しい。さっきまでのモヤモヤなんか嘘みたいに晴れて、胸がきゅっと熱くなる。

「...大丈夫...!」
『えぇ?』
「...あ、大丈夫だから、」
『約束してんねやろ?』
「...今お風呂入っててね、まだ返事...してないから、だから...」

必死過ぎただろうか。言葉に詰まって赤面する。このやり取りが電話でよかった。

『んは、大倉フラれてるー』
「...........、」
『すっぴん?』
「うん、」
『だったら、』
「...家、でもいいかな...?」
『#name1#がええなら』

電話を切って、深呼吸。今更来た震えのせいで呼吸が荒い。あまりにも自然に家に誘えてしまったことを、興奮気味に頭の中で振り返る。反省点なんていっぱいある。けれどそれを帳消しにする程嬉しくて顔が綻ぶ。



電話から一時間程経った頃、インターホンが鳴った。モニターを遠目からちらりと見て急いで玄関へ向かい鍵を開けると、スーパーの袋を手にした章大がキャップを取りながら袋を差し出し微笑んだ。

「ありがとう」
『あ、そういう意味ちゃうよ』

手を差し出して袋を掴めば、章大が私の腕を掴んだ。笑いながら袋から手を外され、腕から手が離れた。
何度触れてもいちいち緊張してしまうから困る。

『何飲む?色々買って来たで』

グラスを渡すとそれを受け取りながらソファーの下に座って広げたビールやつまみを指差す。

『「 ビール 』」
『...って言うと思た』

んふふ、と笑いながら缶をあけてグラスに注ぐ。その何気ないやり取りまで全部記録しておきたいくらいだ。
テレビを点けて、テレビの内容とは全く関係ない話をして笑って、隣を見ればいつも笑顔が返ってきて、たまに触れる肩にドキドキして、本当に幸せだ。



『あ、ちょっとごめん』
「うん」
『あ、大倉やん』

章大の携帯が鳴った。ボタンを押してすぐに章大の耳元から漏れる忠義の声。

(今から来ぇへん?徹平帰ってもうて2人なんやけどぉー)
『そうなん?今からは...』
(ていうか#name1#にも連絡してんけどな、全っ然返事返って来ぇへんねん)

章大が黙ったまま私を見た。私も口を開けて目を丸くしたまま章大を見る。
...やばい、返事返すの忘れてた。

『...そうなんや?行くなら連絡するんちゃう?俺今から行くのしんどいから嫌や』

私から目を逸らして笑いながら言った章大を、忠義が薄情者と言って責める。電話を切って私をちらりと見た章大がふっと笑ってビールを流し込んだ。

『フラれた上に忘れられるて、最悪やな』
「...すっかり忘れてた...」

浮かれ過ぎて忘れたなんて、恥ずかしい。けれど、それより気になっていることがあった。

...どうして、私と居ることを言わなかったんだろう。友達なんだから、言ったって不思議ではないのに。
私だったら、...やっぱり言わないかもしれない。章大と二人がいいから。けど、それだけじゃない。今日はまだ泊まるなんて話はしていないけれど、ソフレという関係は、やっぱりみんなには黙っておかなければならない疚しい関係だと思っているのかもしれない。
...章大は、忠義と話をしたとき、何を思っただろう。

『あのさ』
「...え?」
『泊まってええの?』
「...あ、うん...」
『最初から泊まる気やったけどぉー』

ちらりと見た章大は『んふふ』と笑っていて何だかご機嫌で、結構酔いが回っているみたいだ。
ふにゃふにゃと笑うその顔が好き。いつもより更に緩やかになる口調も好き。

『帰れ言わへんよな』
「.............、」
『いつもさ』

突然のことで返答に困る。ソファーに背中から頭を預けて目を閉じている章大をまたちらりと見てから、俯いて誤魔化すように笑う。
落ち着かなくて両手で包んだグラスを傾けチビチビとアルコールを含んでいると、あることに気付く。

「......章大」
『..........。』
「...しょーた、」
『..........。』

規則的な呼吸が聞こえてきたと思ったら、やっぱり眠りに落ちてしまったみたいだ。
こっちに傾いた章大の顔を見つめる。こうしている時は見つめられるのに、最近は話している時に顔を見ることが出来なくなりつつある。
明るいところで見るその寝顔はいつもとまた違って見えるけれど、その幸せそうな顔に胸が甘く締めつけられる。

...可哀想だけど、起こさなきゃ。
無理な格好で寝ているし、明日の時間も聞いていないから、寝坊なんてことになっても困る。

「...しょうた」
『..........。』
「章大」
『...ん、あ、...大丈夫、...起きてるよ、』

この前の寝起きよりはるかに寝ぼけている章大に口元が緩む。
ソファーから頭は起こしたものの、目は閉じられたままだ。肩を軽く揺すれば、章大の目が薄く開いて私を捉えふにゃりと笑う。

『...何時...?』
「もうすぐ1時」
『...そぉかぁ...』
「ベッドで寝ないと」
『...うん、...今行く...』

かろうじて目を開け、眠たそうなトロンとした目のままふらりと立ち上がり寝室へ向かった章大の背中を見送って、グラスをキッチンへ運ぶ。
テーブルを片付けようと戻れば、章大の置きっぱなしの携帯が目に入ったから、急いで片付けてそれを掴んで寝室へ向かう。

壁側に私のスペースを空けて俯せになり顔を横に向けている章大の顔を覗き込む。

「...章大」
『...んー...?』
「アラームかけた?朝、大丈夫?」
『んー...』

また薄く目を開けた章大に携帯を差し出して、反対の手で壁側のスペースを指差す。

「奥、行っていいよ」

あっち側に行くには章大を跨がなければいけないからそう促すと、ぼんやりと章大が私を見つめるからドキドキしてしまう。
ゆっくりと瞬きをした章大がモゾモゾと壁側へ這うように移動して、私の持つ携帯に手を伸ばした。携帯を掴んだはいいけれど、力なくそのままパタっと倒れた腕が、私の枕を占領する。

「...手、どけて...?」
『...ふふ、腕枕、するー?』

目を閉じたまま笑う章大は、酔っているのか寝ぼけているのか。わからないけれど、その言葉にまでドキドキさせられてしまう。

「...いいからぁ、どけて」

少し躊躇ってから章大の腕を掴んで動かす。半袖Tシャツを着た章大の素肌に触れるのが、たまらなく緊張してしまった。
なんやねん、と小さく呟いた章大の顔は見ずに布団を少し捲くってベッドに入れば、横向きの章大の顔が近付いたからドキリとした。

『...明日、起こして...』
「え?」
『何時でもええわ、』
「仕事は、」
『...平気...』

眠たそうな掠れた声が聞こえなくなると、擦り寄るように章大の額が私の肩にくっついた。
手を繋いだ時と同じくらい緊張している。横を向けば肌を掠める章大の髪が、たまらなく愛しくて触れてしまいたくなる衝動をぐっと堪えた。

今日は章大の顔が見えないから、諦めて天井を向く。アルコールのせいで少し瞼が重くなってくる。それに逆らうことなく目を閉じれば、身動ぎした章大の指が私の小指と薬指を絡め取った。
何だか物凄く幸せ過ぎて、ふわふわした頭の中に浮かんだのは、笑顔の章大。ただただあったかくて幸せな夢を見ながら眠る、第六夜。


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