心臓が、うるさい
『...#name1#』
「あ、ちょっとお手洗い」
聞こえない振りをしてトイレに立った。また声を掛けられないうちに急いで部屋を出る。
...逃げてしまった。ヤスは私に何を言おうとしたんだろう。
鏡の中の私はひどく泣きそうな顔をしていた。こんな顔は今だけ。ヤスには見せられないから、笑顔の仮面を被る。
トイレを出て個室の襖の前まで戻って来ると、中でヤスが小声で電話で話していた。
『...ちゃうよ。そんなんちゃうし。
......ん...好きやで。...もう切るで!』
“ 好きやで ”
もう、決定的な言葉だった。
私の中で何かが崩れ落ちた。
もう、終わりだ。
静かに襖を開けると、携帯を置いたヤスがこちらを見た。席に戻る私を、ずっと見ている。
『...大丈夫?』
「え?」
『今日ペース早いんちゃう?』
そう言ってグラスを顎で指した。
「そう?まだまだいける。ヤスこそ進んでなくない?」
グラスのビールを一気に飲み干し、店員を呼ぶボタンを押す。
ヤスはもう何も言わず黙って見ていた。
『#name1#ちゃーん。もう終わりにしよ、な』
「やだ!モヒート美味しいよ!ヤスも飲んでみなよ!」
『いらんわ!もうおしまい!』
「なんでー!飲みたいー!」
『あかん!お前今日おかしいで?』
「おかしくないっ!」
急に口を噤んで鋭い目で私を見たヤスから視線を逸らす。そんな目で見られたら、心が見透かされてしまいそうで落ち着かない。
『...#name1#、もうほんっまにあかんよ』
「大丈夫だってば」
『ちょ、もー!一回グラス置けやー!』
「うるさい!」
ヤスが向かいの席から私の隣りに移動し、私の左手首を掴んだ。右手に持っていたグラスはヤスによって取り上げられ、テーブルに置かれる。
そしてわざと怒ったような顔をしたヤスは
『お・し・ま・いっ!』
と私に顔を近付けて言うから、ヤスから目を逸らした。
「...近い」
『キス、出来そうやな』
笑って言うから唇にヤスの息が掛かってドキリとした。からかっているのかそのままの距離を保っているから、少し腹が立つ。人の気も知らないで。無神経なことしないでよ。
『...してみる?』
「...何言ってんの」
ヤスが至近距離で真っ直ぐに私を見るから、動けなくなってしまった。手首を掴むヤスの力が強まる。
心臓が、うるさい。
『しようや。キス』
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