つまり、そういうこと
私の目にあったヤスの視線が唇に落ち、ヤスが目を閉じた。
ゆっくりと唇が重ねられた。
“ 好きやで ”
さっきの言葉が頭に響いた。
気付いたらヤスの肩を押していた。唇が離れる。同時に掴まれていた手首も離れる。
言葉が、出ない。
驚いたような、なんとも言えない表情のヤスが私を見つめる。
『わかってるのに誘えば来るんやから、...そういう事、ちゃうの?』
ヤスが苦く笑いながら私から目を逸らした。
わかってるのに、って、何を?
そういう事、って?
聞きたいことはたくさんあるのに言葉が出ない。
『知ってて俺と会ってんねやろ?』
...そっか。彼女がいるのを知ってるのに、って事か...。
私が可哀想だから、キスくらいしてやろうってこと?
「...私は...ただ、ヤスと居たかっただけだよ...」
振り絞った声は、ひどく弱く小さかった。
涙が溢れそうで、けれどそんな顔を見られるのは悔しくて、バッグを掴んで部屋を出た。泣かないうちに。本当に可哀想な女にはなりたくない。
店から飛び出し走った。自分が思っていたより酔っているから、上手く走れなくて足が縺れる。路地に入ったところでつまづいて膝をついた。
我慢していた涙が頬を伝う。
密かに思い描いていたヤスとの甘いキスは、とてもとても痛くて苦いキスになった。
あれから一週間が経つ。
ヤスからの連絡は一度もない。
勿論私から連絡することもなかった。
正直、今でもヤスに会いたいと思うことがある。こんなことになっても、思い出すのはヤスの笑顔や、優しい唇の感触で。
あんなことを言われたのが信じられなかった。というよりも、信じたくない、の方が正しいかもしれない。
でも、はっきりと気持ちを伝えなくてよかった。はっきり伝えていたら、もっと傷ついていたはず。
傷つくのが、怖い。だからヤスには、もう会えない。
- 14 -
*前次#
ページ: