Irreplaceable Love
すばると出会う少し前。
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『さ!帰るかな』
「...章ちゃん...帰っちゃ、やだ、」
『...#name1#、...』
「...やだよ、」
『#name1#』
「やだってばー!!」
『だからやめとけ言うたやんけ!』
ドアに向かう章ちゃんの腕を無理矢理引っ張ったけど引き摺られる。章ちゃんてば、私と身長あんまり変わらないのにすごい力!なんて関心してる場合ではなくて。
『何回も言うたやん。絶っ対怖くなるでって』
「だって、怖いもの見たさってやつで...」
テレビでたまたまやっていたホラー映画。前から内容が気になっていた。一人で見るのは絶対無理だけど、今日はたまたま幼馴染みの章ちゃんがお土産を届けに家に来たから、無理矢理家に上げて一緒に見た。章ちゃんがいたら大丈夫だと思っていた。だけど、一人になると思うとやっぱり怖い!
溜息をついた章ちゃんが呆れ顔で私を見て渋々言った。
『じゃあ寝るまでな。はよ寝て!』
「...え、でもまだ11時、」
『なんて?』
「...おやすみなさい、」
しばらくの間私が横になったベッドに背を預け、ファッション雑誌を捲っていた章ちゃんが、私の様子を伺うように静かに振り返った。
『...なぁ、』
「...ん?」
『めっっちゃ目ぇ開いてるやん』
「だ、だって...目瞑ると怖いし...しかも日付変わる前に寝るとかそうそうないでしょ、?」
『...んもー...俺が寝てまうわ...』
座ったままベッドに頭だけ乗せて目を閉じた章ちゃんを、上から覗き込む。
最近、忙しそうだったし、悪いことしちゃったな...。
「章ちゃん、一緒に寝よ?」
『......襲われる!』
「バカ!」
『や、半分本気やで?...#name1#、めっちゃ寝相悪いやん。怖いわぁ...』
「...小さい頃の話でしょ」
どうだか、と言った章ちゃんが、電気を消してベッドに入って来る。私に背を向けて横になると、おやすみ、と小さな声が聞こえたから、私も小さな声で返した。
...寝られない。暗いと怖い...。章ちゃんが寝ちゃったと思うと尚更怖い。
仰向けの私は、向こうを向いて眠る章ちゃんの背中にくっついた。自分の腕しか触れていないけれど、その温もりだけでだいぶ違う。
しばらくして章ちゃんが寝返りを打った。章ちゃんの体はこっちを向いたけど、くっついていた腕が離れてしまったのが寂しくて章ちゃんを見たら、寝ているはずの章ちゃんが、目を開けてこっちを見ていたから驚いた。
『び、っくり、した...』
「なんでそんなびっくりすんねん」
ふふっと笑って小声で言った。
「だって寝てると思ってたから」
『少し寝てたんやけどな、』
「目、覚めちゃった?」
『あー、うん、...まぁ』
「ひつじ、数える?」
『そんなん余計寝られへんわ』
「じゃあ、手、繋ぐ?子供の時みたいに」
『......ん』
章ちゃんが、布団の中で探し当てた私の手を軽く握った。
小さい頃、両親の仕事の都合で、章ちゃんがうちに泊まることが度々あった。その時は、寂しがってなかなか寝付けない章ちゃんの手をいつも握ってあげていた。
手は繋いだけれど、天井を見たまま章ちゃんがなかなか目を閉じようとしない。
「...章ちゃん?」
『...んー?』
「どうしたの?」
『どうもしてへんで』
「明日、早いんじゃないの?」
『ん、平気』
「章ちゃん、」
『うん?』
「...何でもない、」
『なんやねん、』
章ちゃんが笑ったから少しだけ安心した。章ちゃんは時々、変な顔をする。苦しいみたいな、悲しいみたいな、思い詰めてるみたいな、なんだかわからないけど、そんな顔。
章ちゃんはいつも、
『大丈夫』『平気』『何でもない』
って言う。私が心配するから、何も言わない。それが少し寂しかったりする。
私に話してもしょうがない、とかそういうことじゃないのはわかってる。ただ、本当に一人で大丈夫だと思ってるんだろう。
だから、それを聞き出す術を私は知らない。
「章ちゃん」
『わ!なになに!』
「...章ちゃん、」
『ちょ、なんなん、?』
「...ごめんね、」
『...何がごめんやねん』
章ちゃんに抱きついた。ぎゅーっと腕を締めて、ありがとうとかごめんねとか頑張れとか、色んなものを込めて抱き締めた。
『...今日は、俺からしたんちゃうし、殴らんといてな?』
少しだけ笑った章ちゃんの腕が、遠慮がちに私の背中に回った。
私は子供にするみたいに、章ちゃんの背中をぽんぽんと叩く。しばらくそのままでいると、微かに寝息が聞こえてきた。
私がこうするだけで章ちゃんが笑ってくれるなら、いつだってしてあげる。
章ちゃんが、ずっと笑っていられればそれでいいと思った。
恋とかそんなものではない。
ただ、私の中で、章ちゃんに変わる人は誰一人居ないという事。
End.
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