euphoria


Dependable Love


『お前何考えてる!』
『お父さんにはわかんないよ!』

隣の#name1#の家の開けっ放しの窓から聞こえた怒鳴り声に、ベッドの上で壁に背を預けて座ったまま窓から外を覗く。#name1#が家から飛び出して行くのが見えたから、立ち上がって部屋を出た。

急がなくても大体行く場所はわかっている。家を出ると、少し遠くに#name1#の背中が見えたから、追いながら携帯を取り出した。

「あ、おばちゃん?章大!#name1#、後でちゃんと連れて帰るから心配せんといて。...おん、大丈夫やで。任せて!」

携帯を切ってケツのポケットにしまうと、走って#name1#の背中を追った。
近所ではなく、少し離れた方の公園に入った#name1#を見て、意地っ張りだな、と思って笑った。行く所なんてないのに、簡単に見つかる場所には居たくないという#name1#のプライド。

公園の入口から中を見渡せば、膝を抱えてポツンとベンチに座る#name1#の姿があった。近付いていくと、砂を踏みしめたその音に顔を上げた#name1#が俺を見た。ベンチの隣に腰を下ろすと#name1#が言った。

『...来る気がした』
「エスパーやん」
『...習慣、でしょ』
「あはは、せやな」

もう少し若い頃は、#name1#が家出する度に駆り出されていた。うちの家族と#name1#んちの家族みんなで探して、いつも一番に見つけるのは俺だった。
...なんとなく、わかるんだ。パターンもあるけれど、呼ばれているような気さえしていた。それはもう、双子みたいな。

「#name1#が行く場所、限られてるし、わかりやすいねんもん」
『そうかもね。...あれかな、見つけて欲しいのかも、』
「寂しがり屋やもんなぁ」
『...でも、今日は、迷った。遠くまで行ってやろうかとか、思った』

足元を見ていた視線を#name1#に向けると、溜息をつきながら項垂れていた。

この前も、進路の話で喧嘩したと言っていたから、多分今回もその類なのだと思う。
俺は、その話に首を突っ込めないでいた。俺はもう、自分で決めている。アイドルという道に絞ることを。それは#name1#も知っている。

“普通じゃない道”に進む俺。
“普通の道”に進みたくないけれど、反対されて、進まざるを得ないギリギリの状況にある#name1#。
#name1#の好きにすればいい、なんて言うことは簡単だけれど、無責任なことは言えないし言いたくもなかった。

だったら他に、俺がしてやれることは何なんだろう。

まだ黙って俯いたままの#name1#の傍らでメールを打った。
#name1#のおばちゃんは、多分まだ、おじちゃんに俺が#name1#と一緒に居ることを言っていないはずだ。
...ほんの少し、心配したってや。

「...よっしゃ!#name1#、行こ!」

顔を上げた#name1#が、怪訝な顔をして俺を見た。

『...帰らないよ。』
「帰るんちゃうて!あっち!」

不信感たっぷりの目で俺を見ながらもゆっくり立ち上がったから、とりあえず手を掴んで歩いた。
上手くいくかなんてわからない。ますます怒られるかもしれない。けれど、少しでも進める希望があるのなら。

『...章ちゃん、どこ行くの、』
「あっちかこっち!」
『...日本語、話せる?』
「何言うとんねん!アホか!」
『そんなんじゃわかんないでしょ!』

突然足を止めた俺に後ろからぶつかった#name1#が、目の前のそれを見てキョトンとしていた。

「道路渡る?渡らん?どっち?」
『...渡、らない、』
「ほんなら決まり!」

目の前に立つ、バス時刻表が貼り付けられたバス停。時刻を調べると、バスは15分後だ。

『...章ちゃん、』
「プチ家出!ちょっと楽しいやん!」
『...家出、』
「したかったんやろ?...なんとなくやけど、わかるで。...おじちゃんに意志の強さ、見せたい気持ちもあんねやろ?」
『...どこまで、行くつもり、?』
「どこまででも、付き合うたる」

バス停のベンチに座ると、自分の隣を叩いて立ったままの#name1#を呼ぶ。それでも動こうとしない#name1#を振り返って見ると、泣いていた。
立ち上がって手を取り、固く手を繋いでベンチまで連れて来て座らせた。

『...章ちゃんが居なくなったら、やっていけるのかな、あたし...』
「...何言うてんねん。居なくなるんちゃうやん」
『...同じことだよ』
「...ずっと居るて」
『......嘘でもありがとう、章ちゃん、』
「...もー...」

なんでそんなん言うねん、とか言おうと思ったけれど、#name1#が笑ったから言うのをやめた。

「あ、バス、アレちゃう?」
『...章ちゃん、お金、持ってるの?』
「........え」

急いでポケットから出して二人で合わせた小銭は、410円。
目の前でバスが停まった。

『ご乗車になられますか?』
「...乗りませーん、」

バスの扉が閉まり走り出したバスを、二人で見送った。

『...帰れなくなるとこだったじゃん、』
「...んふっ、そうやな」
『......バカ、』
「...乗る前で良かったやんか、」

二人でバカみたいに笑った。
プチ家出計画は、ファミレスで何時間過ごせるかに予定を変更して、410円で夜までひたすら粘った。
帰らないという#name1#の意地だ。

「...章ちゃん、ありがとう」
『...ん、ちゃんと話せるとええな』
「うん。...家出未遂、ありがとう、」
『...めっちゃ根に持ってるやん、』
「嬉しかったよ」

歩きながら言った#name1#を見たら、少し胸が痛くなった。
“ずっと居る”は嘘ではないけれど、
“ずっと近くに居る”わけではないから。
それでも、出来るだけそうで有りたいと思ったのは事実だ。

こんな気持ちは、恋なんかじゃない。
この時は、少なくともそう思っていた。

「...#name1#、」
『ん?』
「......居るから、」
『..............、』
「...遠くても、居るから。...やから、俺を頼ってええよ」

...恋なんかじゃ、ない。


End.

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