euphoria


空気みたいな呟き


随分前に食べ終えていたお皿を下げ、食器を洗って戻って来ると、章ちゃんがソファーの隣りに私を呼んだ。

「どうしたの?」

首を傾げながら座ると、章ちゃんの手が腰に回ったから、少し緊張してしまった。昨日と同じように私の首筋に顔を埋めた章ちゃんは、腰に回した腕の力を強めた。

『#name1#、めっちゃええ匂い』
「そう、かな...」
『不思議やなぁ。シャンプーとかたまに変えてんねやろ?なのに、小さい頃からずっと同じ匂いやねん。#name1#の匂いなんやろな』

章ちゃんは子供の頃にも、私に抱きついて同じようなことをしていた。こんなところは変わらない。
わざとクンクンと音を立てて匂いを嗅ぐから恥ずかしくなる。

「章ちゃん犬みたい。恥ずかしいからやめて!」
『えー、なんで?めっちゃ落ち着くもん』
「犬っていうか子供みたい?小さい時もしてたよね」
『してたなー。高校生ん時も一回やって殴られたなぁ』
「...だって、さすがに子供の時とはちがうもん」
『今なら、もうええねや?こういうのも』

頭を押さえられ唇同士が触れる。
唇が離れると、自分の唇を舐めた章ちゃんが、いつになく感情の読めない顔で私を見つめる。章ちゃん?と問いかけた私の声は、響くことなく章ちゃんの口内へと消えた。

頭を強く押さえられながら、章ちゃんの舌が私の口内へ侵入してきた。
逃げれば追いかけて、絡ませて吸われ、幾度となく角度を変えて繰り返された。

章ちゃんにこんなキスをされたのは初めてだ。いつも触れるだけのキスだったから、動揺する。
...知らない男の人みたい。

ゆっくりと唇が離され、肩で息をする私を章ちゃんはふわりと抱きしめて、額を合わせた。
顔は見ていなかったけれど、章ちゃんが笑った気がした。

『......あかんわ、』

吐息だけで呟くように言った言葉は、私の耳にははっきりとは届かなかった。

額を離した章ちゃんは、私を見つめてから顔を傾け、私の唇を吸うように小さく音を立ててキスをした。

『...そろそろ、帰らんと』

微笑んだ章ちゃんは、いつもの章ちゃんみたいで、そうではなかった。
何だか、すごく切なくなってしまった。

何も言えずにいる私の頭をくしゃくしゃと撫で、玄関へと歩いた。
章ちゃんの後を追い掛け玄関まで行くと、つい口にしてしまった。

『...また、来てね...』
『...なんやねん、すぐ来るわ』

一瞬驚いたような顔をした後、章ちゃんは笑って玄関を出て行った。
振り返られずに締まるドアに、より一層切なさが増した。



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