残り香の理由
『...照れてんの?』
章ちゃんが私の顔を覗き込んで笑うから、もっと顔を背けた。
すると肩を抱かれ、もう片方の章ちゃんの手が私の頬に触れ、顔を章ちゃんの方へ向けられた。顔が近づいたから目を逸らす。
『そういうとこ、素直やないなぁ』
章ちゃんは軽く唇をくっつけるだけのキスをして手を離した。
久しぶりに会えて、たわいもない会話をするだけで、なんだか心がすごく温かくなった。
『...#name1#は、このままでええの?』
ついさっきまで笑っていた章ちゃんが、少し間を置いて妙に真剣なトーンで問い掛けた。
「...このまま、?」
何か言おうとして言葉を飲み込んだ章ちゃんは、私から視線を逸らし自分の指先を見つめていた。
「章、ちゃん、」
『#name1#は、渋やんへの気持ちは変わってへんの?』
言葉に詰まって口を噤んでいると、しばらくの沈黙のあと、いきなりソファーに押し付けられた。気付いたら仰向けで、上に章ちゃんがいた。
唇が重なると、いつもと様子が違う章ちゃんに、背中がゾクリと震え鳥肌が立つ。章ちゃんの舌で唇がこじ開けられ、舌を絡められる。こんな無理矢理みたいなキスは初めてだ。
章ちゃんがすごく色気のある目をしていたから、心臓がドクリと脈打つ。
すると、玄関でガチャガチャと、鍵の開く音がしたから、ますます心臓がうるさく音を立てた。
『...思ったより、早かったなぁ』
章ちゃんはドアの方を見ながら、ゆっくりと私の上から降りた。
『...あ、ヤス、どうしたん』
『お邪魔してたでー。CD返してもらいに、な』
『おー、そうなん。もう帰るん?』
『おん。今から約束あんねん。じゃあな、#name1#ー。お邪魔しましたー』
声のトーンを変えて、何でもないみたいに話す章ちゃんを、手を振って見送った。
入れ違いで家に上がったすばるは、冷蔵庫を開けながら聞く。
『...ヤス、いつ来たん?』
「んー、20分くらい前、かな?」
『...そ。』
嘘。軽く3時間は家に居たはず。
すばるも、いつもこんな気持ちなんだろうか。...きっと違う。相手が章ちゃんだからこそ、疚しい気持ちがますます膨らんで、こんなにドキドキしているんだろう。
さっきまで章ちゃんが座っていた場所にすばるが座った。それだけで胸が苦しくて堪らなかった。髪を撫でられてすばるを見ると、唇が押し付けられソファーの座面へ背中を預けた。
すばるにキスをされながら、さっきの章ちゃんを思い出していた。
すばるのキスは気持ちいい。でも痛い。だから集中できない。
唇を離したすばるが、今日はいつもより穏やかな顔で私を見つめた。その黒い瞳が、今は私だけを映しているから、余計に苦しい。
『...ヤスの匂いがする』
私はどんな顔をしていただろうか。
気付かれなければいい。どうか、気付かないで。
『今まで居ったんやから、当たり前やな』
笑ってテレビを付けたすばるは、タバコを取り出して火を着ける。
私はただ、すばるの隣りに座って、何も言えずにいた。
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