タチの悪い悪戯
『返すの忘れてんけど、なんかヤスに渡すのも違うわなぁ思て、ずっと持ってた』
「...わざわざありがとう」
ビールを流し込み、テーブルに音を立ててグラスを置いたすばるが、私が持つ鍵を指差す。
『...それは、どうすんの?』
「え?」
『...ヤスには、まだ渡さへんのか?』
「..............、」
『付き合うてへんのやろ?』
思わず口を噤んで俯いた。
すばるは私の言葉を待っているのか、沈黙が流れる。
『俺に気ぃ遣こうてるわけちゃうよなぁ?』
「......違うよ、私の問題、」
『なんや。俺の最後の悪戯、効いてんのか思たわ』
子供のように笑いながらビールを煽るすばるを見つめた。
...きっと、あのキスのことだ。
「いたずら...?」
『おん。キス、したやろ。最後に』
「...なんで?」
『お前もヤスも真っ直ぐ過ぎるから、ちょっと悪戯しただけやん』
「タチ悪ーい...」
『そんなん今始まったことちゃうやろ』
二人で笑った。すばるの笑顔が本物の笑顔だったから、私も心から笑った。
『あんまり焦らし過ぎはあかんで』
「焦らしてるつもりはないけど、」
『長い間放っておくと萎えてまうねん。セックスと一緒や』
「その例えはすばるっぽいね」
『せやろ』
またこんな風に笑ってすばると話せる日が来るとは思わなかった。
確実に日々時間は過ぎていて、嫌でも心は少しずつ整理されていく。それは私とすばるも同じで、章ちゃんもきっと同じだと言うこと。
急に、不安が押し寄せた。
待てると言ってくれた章ちゃんは、今どうしているだろうか。私と同じ様に、想ってくれているんだろうか。
不安が表に出てしまったであろう私の顔を、真剣な顔で見ていたすばるが突然言った。
『行ったらええやん。気持ちは決まってんねやろ?』
顔を上げた私を見てすばるが笑った。
『なんちゅう顔しとんねん。そんな不細工な顔、ヤスに見せたらあかん!』
「...不細工って、」
『俺は嫌やなぁ。どうせなら、めっちゃ笑顔で来て欲しいけどなぁ』
すばるなりのエールだった。
元恋人のすばるに、何を言わせてるんだろう。でも、こんな私を応援してくれるなんて素直に嬉しかった。
私は大きく頷いてすばるを真っ直ぐに見た後、頭を下げた。
「ありがとうございます」
『お前らと居ると俺までお人好しみたいになってまうわ...』
すばるは優しい。最初から分かっていた。笑った私を見て、すばるも笑っていた。
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