ああ。



「カーヴェくん」
 弱々しく縋り付く手がカーヴェの服を掴み、大きくて丸い、涙に濡れた瞳が不安そうにカーヴェを見上げる。その柔い眼に映っているのが自分だけだということに気が付いた時、カーヴェはどうしようもなく眼前の少女を守ってやらなければならないと思った。

 出来損ない、能無し、無能、やくたたず。人は皆ナマエのことをそうやって罵倒するが、カーヴェからすればそれはあまりに過ぎた言葉だった。必死になってカーヴェを追いかけ、石に躓いてはぼろぼろと涙を零してすんすんと啜り泣く少女は、同年代とは思えないほどの幼さを内包している。おっとりとしていて、人よりも少しだけ行動に移るのが遅い。手先も器用とは言いがたく、作り出すものは大抵へなへなに寄れた不格好なものだ。よく言えばマイペース、悪く言えば鈍感な泣き虫の少女は、それでもカーヴェの可愛い幼馴染だった。
 ナマエはいつもカーヴェの後ろを着いて回っていた。それはカーヴェだけがナマエに優しかったということもあるが、ナマエのあのきらきらと輝く美しい瞳にカーヴェだけしか映っていなかったこともあるのだろう。あの宝石みたいに美しい瞳が最初に映したのはカーヴェだった。だから、カーヴェはナマエに選ばれて、ナマエの傍にいることができるのだ。
「カーヴェくん、まってよお」
 優越感にも似た満足がずっとあった。ああ、この子には自分だけしかいないのだと――ふくふくとした柔い手のひらを握る権利を得ているのが自分だけなのだと知った時、カーヴェの心は満ち足りた。きっと誰も知らないのだろう。いや、知るはずもない。誰もが彼女を嫌うから、あの瞳の輝きを知らないのだ。あの瞳に自分だけが映っている多幸感を知るのはカーヴェだけでいい。ずっと、カーヴェだけでよかった。
 幼い頃からずっと一緒にいた。俯きがちで引っ込み思案のナマエの手を引き、傍にいたのはカーヴェだ。だから、当然のようにこの先もずっとナマエの隣にいられるものだと思い込んでいた。カーヴェの「聖域」――陽だまりの場所で無邪気に笑い、カーヴェのナマエを呼ぶのはたった一人だけだったから。可愛いナマエ。誰より可愛くて、美しい瞳をしているナマエ。カーヴェの永遠だった。一生の人だった。他の誰でもない、カーヴェだけの大切な宝石だった。
 あの小さな唇が、あの美しい眼が、あの柔い手のひらが、求めて、紡いで、手を伸ばす先はカーヴェだけなのだと、信じて疑いもしなかった。

 正直なところ、カーヴェが教令院へ行ってしまうことで取り乱しては泣き喚くナマエを見る度にカーヴェの心は不穏な喜びに満ち溢れていた。口先ではナマエを宥める振りをしながら、その本心は何物にも代えがたい充足感に満たされていた。だってナマエには自分だけしかいない! 頼られ、求められ、自分がいなくては生きていけないのだと縋りついて泣いている姿を見てどうして嫌悪することができるだろう? 誰かの絶対≠手に入れるということは酷く承認欲求が満たされる……殊更それが愛おしいと思っている人ならば尚更。カーヴェくん、カーヴェくんと弱々しい声でカーヴェの名を呼び、決して離れまいと抱き着いてくるその姿に、カーヴェの口元には自ずと微笑みが浮かんでいた。
 ここには二人だけだった。二人だけの世界、二人だけで完結した、永遠の関係だった。カーヴェはナマエには自分だけだということを確かめて実感したくなり、わざとらしくナマエに日常を聞いては、教令院で過ごす自身の話を話した。どうせナマエにはカーヴェしかいないのだから、カーヴェのことを求めて泣いていることなど分かっていたくせに、カーヴェにはナマエ以外にも誰か≠ェいるのだとやんわり匂わせた後にナマエが浮かべる、くしゃりと嫉妬に顔を歪めて泣きそうな顔をするナマエが見たくて見たくて、カーヴェは教令院での日常を話した。ナマエの中にはカーヴェだけなのだと、ナマエのすべてはカーヴェでしかないないのだと、試すように悪戯な言葉を放ってはナマエの反応を楽しんだ。「カーヴェくん、どこにも行かないでよお」胸を焦がすような嫉妬に耐えきれなくなってカーヴェに抱き着いてすりすりと首筋に顔を寄せては甘えるナマエを抱き締める時が、一番の幸せだった。
「僕にはナマエだけしかいないよ」
 ――当然だ。だってカーヴェとナマエはこれから先もずっと一緒にいる運命にあるのだから。
 暖かい手のひら、穏やかな体温。この優しい温度を抱き締めるのも、慰めるのも、キスをするのも、すべてカーヴェだけだと思っていた。カーヴェ以外にはいないと思っていた。だってカーヴェはナマエに選ばれた。ナマエの瞳に最初に映ることができた。あの宝石のような瞳にずっと見つめていて欲しいから、カーヴェは誰よりも何よりもナマエに優しくしていたのだ。ナマエのすべてを肯定し、ナマエの代わりに何だってやった。そうすれば、ナマエはカーヴェを頼ってくれる。ナマエはカーヴェの隣にいてくれるのだと、そんな理想に浸っては甘い夢に胸を弾ませていた。

 ――けれど違った。永遠なんてどこにもなかった。理想郷は音を立てて崩れ落ち、あの美しい眼に見つめられる権利は自分だけのものではなかったことに気が付いた。

 父が亡くなり、母は泣き崩れ、暖かかった家に冷たい風が流れるようになり――そうしてカーヴェの家にあった「聖域」が消失した時、カーヴェは自身の安寧をナマエに求めた。故に、カーヴェはナマエを試すような行動ばかりしていたのだ。ナマエだけは自分から離れていかない、ナマエだけは自分の手のひらから零れ落ちることはない、ナマエだけは変わらない、ナマエだけは永遠なのだと、そう確かめるように、ナマエの心を弄んだ。カーヴェの母親がフォンテーヌに行ってカーヴェが一人で家に暮らすようになってからはそれが顕著になって、カーヴェはより一層ナマエを求めるようになった。肌と肌の隙間がなくなるくらいにぴったりとくっついて、お互いの温度を分け合うように手のひらをぎゅうと強く繋いで、それから二人の気持ちが通じあっていることを確認するように目蓋にキスをした。ナマエがカーヴェを信じて疑っていないこと、何も分かっていないことをいいことに、カーヴェはナマエが自分から離れていかないように|お《・》|呪《・》|い《・》を囁き続けた。

 ずっと一緒にいよう。これから先も。
 二人きりでいよう。永遠に傍にいよう。何があっても、僕たちだけは、離れないでいよう。

 ――研究が思うように上手くいかない。合同研究に参加していた学生たちは一人、また一人と消えていき、そうして残ったのは苦い離別とびりびりに破れた論文、そして途方もない喪失感だった。
 結果的に自分に残った何かをぼうっと見つめた時、脳裏に過ぎるのはナマエの笑顔だった。暗澹に沈む研究室、窓辺から差し込む夕暮れの日が差し込んで、橙色の影を落としている。カーヴェはその中央で、ぽつりと、カーヴェの知るものの中で唯一変わらないものの名前を呟く。
「……ナマエ」
 温度のない声だった。
「ナマエ、ナマエ、ナマエ、ナマエ……」
 ただ淡々と、しかし延々と呼び続けるその名前には、確かな執着と依存が込められている。父はカーヴェのせいで失った。母は彼女の幸福のために遠くへ行った。友人はたった今理解し得ない意見の相違で失った。なら、カーヴェに残されているのは? カーヴェに残されているのは、もう、ナマエしかいない。ナマエだけが、変わらずにカーヴェを受け入れてくれる。変わらずにカーヴェの傍にいてくれる。変わらずに、何も変わらずに、カーヴェと一生一緒にいてくれる……。
 ――記憶の縁で、あの美しい瞳がカーヴェを見上げた。
 涙に溶けた丸い瞳が懇願する。カーヴェを見つめて。カーヴェだけをその水晶体に映して。
 カーヴェくん。
 カーヴェくん、どこにも行かないで。
 ――ずっと一緒にいて。離れていかないで。
「はなれていかない……」
 誰も居ない部屋の中で、カーヴェは頭に響く縋る声に返事をした。
「ずっと一緒だ……僕たちはずっと……。……ずっと……」
 ――本当にその人がいなくては生きてはいけないのは誰だったのだろうか?
 少なくとも、カーヴェはナマエの存在を心の支えにしていた。手のひらから溢れ落ちる大切がカーヴェに喪失の味を教えたように、カーヴェは胸に秘めていた唯一を自身の心を守るための支えにしていた。心の内側にある脆い一点が壊れることなく保つことができていたのは、カーヴェの中でナマエという存在が絶対的に揺らがないものであったからだ。暖かい手のひら、穏やかな体温。この優しい温度を抱き締めるのも、慰めるのも、キスをするのも、すべてカーヴェだけ。カーヴェだけが許されているから、カーヴェと永遠に一緒にいてくれるから、だから、カーヴェはナマエの存在に縋った。

 なのにナマエが変わった。ナマエが少しずつ、カーヴェだけのナマエではなくなっていくのを見た。

 カーヴェのナマエはカーヴェがいなくては何もできなかったのに、どうしてかカーヴェが目を離した間にナマエは|で《・》|き《・》|る《・》|よ《・》|う《・》|に《・》|な《・》|ろ《・》|う《・》としていた。カーヴェくん、あのね、わたし、こんなことができるようになったんだよ=\―カーヴェだけのナマエは、カーヴェが今は何をしているのかと尋ねた時に何も言えずに俯いて黙り込み、自分は未だに何もしていないと弱々しい掠れた声で呟くのに、今のナマエときたらぽつりぽつりと自分の成功体験を語り出すようになった。その度に、カーヴェの胸はぐさぐさとナイフで刺されたかのような衝撃を受ける。そして、心の一部が剥がれ落ちるようなあの覚えのある喪失感がナイフで刺された患部にずるりと滑り込んで、傷口に塩を塗りたくるのだ。
 カーヴェのナマエではなくなっていく。カーヴェのナマエではなくなってしまったら、きっとあの宝石のような丸い大きな瞳はカーヴェを見つめてはくれないだろう。あの瞳がカーヴェを見つめてくれたのは、カーヴェだけが優しかったからだ。カーヴェ以外を知ってしまったら、そして、カーヴェ以外にも世界≠ェあると知ってしまったら、きっとナマエはカーヴェの手元から離れていくに違いない。
 だって永遠なんてない。ずっと一緒にいる、なんて約束も、所詮はただの口約束に過ぎない。カーヴェがどんなにその約束に絶対的な拘束力を感じていても、ナマエにとっては簡単に捨てられてしまうような、弱い言葉だ。決してナマエを縛り付ける枷にはならない。ナマエを繋ぎとめることもできない。ナマエがカーヴェの手から離れて、飛び立ってしまえば、ナマエはすぐに遠くへ行くだろう。カーヴェの手の届かないところへ。カーヴェを置いて、どこかへ。
 ――どこかって、どこへ?
「……なんで、なんで君がそんなことする必要あるんだ。今までやろうともしなかったのにどうしてっ? 僕がずっと傍にいなかったから怒っているのか? 答えろ。全部。最初から……!」
「っそれっていつ? 友達って誰! 僕以外にできたのか? そいつと何をしたんだ。何を見せた? 何をやらせた? そいつは君の何を知ってる? ……まさか、そんなぽっと出のやつのこと、僕より大切にしてるなんて言わないよな?」
「ふうん。その程度しかできない友達なんだな。僕のほうが余程君の役に立てるよ……。それどころか、君のことならなんだって分かる! ほら、君の一番の理解者は僕だよ。……まあ、君なら分かっていると思うけどね」
 焦燥感が追い立てていた。ナマエが離れていくのが恐ろしくなり、カーヴェは早口でナマエを責め立てた。カーヴェが強い語気でナマエに問いかければ問いかけるほど、ナマエの表情に恐怖が滲んでいくことに気が付いていながら、それでもカーヴェはナマエを責める口を止めることができなかった。
 確かな安心が欲しかったのだ。ナマエが自分から離れていかないという安心が、ナマエがどこにも行かないという照明が、そして――あの宝石のような美しい瞳が、変わらずカーヴェを見つめ続けてくれるという、ゆるがない事実が欲しかった。
 なのに。
「なんでそんなひどいこと言うの」
 ――酷いのは君の方だ。優しくしてくれるなら誰だってよかったくせに。
「こんなのカーヴェくんらしくない」
 ――君の見ていたカーヴェは、君が望んだ理想のカーヴェ≠ナあって、最初から僕は|こ《・》|う《・》だった。
「カーヴェくん、もう会いに来なくていいよ」
 ――君まで、君まで僕を置いていくのか。

 少し前まで、ナマエはカーヴェだけのナマエだった。
 そのはずだった。だというのに、これはなんなのだろう?
 ――ナマエが離れていく。ナマエにはカーヴェなど必要ないのだとナマエが知った時、ナマエはきっとカーヴェを置いていくだろう。
 置いていって、どこか遠くに行くだろう。約束も忘れて、カーヴェのことなども無視をして、遠くへ、遠くへ行ってしまうのだろう。
 カーヴェにはナマエしかいないけれども、ナマエにとってはそうではないから。ナマエはカーヴェのような罪悪感も、カーヴェのように縛られてもいない。ナマエはずっと自由だった。自由だったのに、ナマエをどこにも行けないようにして、ナマエは何もできないのだと、そうやってナマエから意志を奪って縛り付けていたのは、ずっと、ずっとカーヴェの方だった。
「っナマエ……」
 ――ナマエを傷付けて、勢いのままにナマエの家を飛び出して、無我夢中で帰ったのは誰もいない自分の家だった。
 もう二度とあかりの灯ることのない広い家には、しんと静まり返る孤独が満ち満ちている。窓辺から差し込む穏やかな陽光が目蓋の裏も焼いてしまうくらいに眩しかったので、カーヴェは勢いよくカーテンを閉めて、閉ざされたリビングに力なく座り込んで、それから爪を噛みながら、ぶつぶつと瞳孔の開いた瞳で、たった一人の名前を呟き続ける。
「ナマエ、……ナマエ、ナマエ、ナマエ……」
 ぐしゃぐしゃと頭を掻き乱しながら、カーヴェはただ壊れた機械のようにその名を繰り返した。
 そして突然がくんと糸が切れたかのように俯いたかと思うと、カーヴェはその開いた眼で、自信の描く理想だけを凝視した。
 視界に映る床はただの床でしかない。だがしかし、カーヴェの眼には図面が広がっている。カーヴェとナマエが過ごすための部屋だ。かつてナマエが夢を見て憧れたお姫様みたいな&秤ョ。カーヴェはよろよろと這うようにしてテーブルへと向かうと、机の上に広げてあった書類とペンをひったくるように掴み、そして床の上にばさりと広げるとがりがりと線を引き始めた。
優しい≠焉A頭がいい≠焉A代わりはいくらでもいる。カーヴェにはそのどちらも人並外れた才があるけれども、ナマエの求めるレベルはそこまで高くはない。カーヴェよりもずっと、ずっと下にある優しさと頭の良さでナマエは満足してしまう。有り余る才ではナマエを繋ぎ止める事はできない。ならば、何を捧げればナマエをカーヴェだけに繋ぎ止められるのだろう? 何があれば、カーヴェはナマエの唯一になれるのだろう。
 ――カーヴェには、|こ《・》|れ《・》しかなかった。
 カーヴェには、これしか、ナマエを繋ぎ止める方法が思いつかなかった。

 
 ――ずっと一緒にいるって約束したんだ。
 だけど、悲しいことに現実というものは僕たちに優しくはない。理想ばかりを掲げていたって、現実にするには努力ではどうしようもならない問題がたくさん転がっていて、時に尊厳すらも天秤にかけなければならない時がある。
 無情にも時は過ぎ去り、目まぐるしく変化する現実を受け入れざるを得ない。それがどんなに苦しいことでも、どんなに目を逸らしていたくても、突きつけられた現実からは逃げ出すことはできない。
 けれど。
 けれども、唯一、君だけは変わらないままでいて欲しかった。
 変わらないまま、あの頃のまま、ずっと一緒にいて欲しかった。


 準備をしよう。ナマエと一緒にいるために。ナマエが離れていかないために。
 我武者羅に働いて、働いて、働いて、自身の求める理想と突きつけられる現実に打ちのめされながら、それでも視界の端にはいつだってナマエと描いた甘い理想があったから。
 ナマエの求めるものを作ろう。誰よりも、何よりも気に入ってもらえる場所を作ろう。
 居心地がよすぎて、どこにも行きたくなくなるくらい。
 離れ難いと思ってしまうくらい。
 完璧で、完成された部屋を作ろう。
 暖かくて、穏やかで、優しい光が差し込む家を作ろう。
 そうすれば、きっとナマエは一緒にいてくれるから。
 ずっと傍に、いてくれるから。


「……ナマエ」
 暗い部屋だった。カーテンの締め切られた部屋、明かりの灯らない暗く冷たい部屋の中に、待ち人はいた。
「ナマエ、久しぶり……」
 なんてことはない態度で発した声は、少し震えていた。情けないことに、数年ぶりに求めていた人と会う緊張で手の内側が汗で滲んでいた。
「君のお祖母様が亡くなったと……聞いたんだ。それで、居てもたってもいられなくて……入ってもいいかな?」
 それでも、胸の内には確かな喜びがあった。本当は、こんなことは喜んではいけないことだと分かっていたのに――この機会を上手く利用すれば、本当の意味でのナマエの唯一になれるのだと、そんな欲を見出してしまった。

 今、ナマエは独りだ。
 孤独だ。空虚だ。悲しみに暮れて、どこにも行けないでいる。
 ――きっと今のナマエなら。
 今のナマエなら、カーヴェのことだけを見てくれる。
 いつか幼い頃のようにカーヴェだけが手を伸ばして、カーヴェだけが優しくして、カーヴェだけが親身になって寄り添って、カーヴェがナマエのすべてを担ってやるのだ。そうすれば、またナマエはカーヴェを見てくれる。またあの美しい瞳にカーヴェだけを映して、カーヴェだけを永遠にしてくれる!
「ナマエ」
 会わない間もずっと呟き続けていた名前を告げた声が、喜びに打ち震えていることに気付かれていなければいいと思った。不謹慎にも緩みそうになる口元をぐっと堪えて、カーヴェはナマエの腕を引いて、|何《・》|も《・》|で《・》|き《・》|な《・》|い《・》証拠である油っぽくなった軋んだ髪を名でやりながら、優しくナマエを抱く。
「……これからはずっと、僕が傍にいる。ずっと、僕がナマエの傍にいるから……」
 暖かな手のひら、穏やかな体温。いつか二人きりだった頃、分け合っていた人肌の温度が、今はこんなにも懐かしく、愛おしい。
 
 カーヴェは、笑っていた。
 これでナマエと二人きりになれると――二人だけの、永遠の理想を実現することができるのだと、そんな確信めいた未来と、やがて手に入れられるてあろう仄暗い甘い夢の味を想像して、心底嬉しそうに笑った。
 




みどりのよる