……………

それからも監督の指導のおかげで撮影は順調に続いた。

何度も間違えたり失敗を重ね、日を追って少しずつではあるが演技にも慣れてきた様子。

それぞれが自分の演じるキャラクターになりきり、役に入り込むようになってくる。


一方でストーリーの方は、リチャードとサリーの関係がますます悪化してゆく。

席は隣同士だが、どれだけ彼が話しかけても、彼女は返事どころか振り向こうともしてくれない。

どうすれば仲良くなれるんだろう。

このままでは、こんな関係のまま彼女は卒業をしてしまう。

誰かと険悪な関係になるのが大嫌いだったリチャードは、必死にサリーと上手くやっていける方法を考えた。

新しく出来た友人達に訊いても、全員が揃って首を傾げる。

女性に話すと、彼女の名前が出た途端に嫌な顔をされる。

むしろあまり関わらない方が良いと言われるばかりだ。

しかしそんな中。

色んな人に話を聞き回り、ひとつだけ有力な情報を手に入れる事が出来た。



「美術室?」

「あぁ。授業が終わって彼女がたまに美術室に行くのを見るぜ。何しに行ってるのかは知らないけどな」


何故女性の生徒が、放課後にひとりでそんな場所に行くのだろう。

授業やサークル活動でしか使わないし、特にこれと言って面白い物なんて置いていない。

彼女にしかわからない特別な何かがあるのか?


確か美術担当はベテランのニック先生だ。

彼なら何か知ってるのかも…

考えても到底わからないので、ここはその部屋に関わりのある人物に話を聞くのが一番早いと思い、リチャードは決心した。







授業が終わった夕方6時。

隣の席にいたサリーは、さっさと帰る準備を済ませ「じゃあね」も言わずに講義室を出て行った。

校門から出て行く彼女の姿が窓から見える。

今日は美術室には行かないのか。

リチャードは一緒に帰ろうと言ってきた友人の誘いを断り、その部屋へと足を運んだ。 

3階の最も端。

余程の用がない限り、こんな端の部屋までは普通来ないだろう。

特に立派でもない「美術室」の看板を見つめ、リチャードは扉を数回叩いた。


「どーぞ」

中から聞こえてきたのは、だるそうな中年男性の声。


「失礼します」

「はー……ん?珍しい客だな。どうした?」


彼が扉を開けると、そこには座ってキャンバスと向き合うニック先生の姿があった。

教師らしからぬ締まりのない話し方と見た目が特徴の美術教師だが、生徒には友達感覚で親しまれている評判の良い先生。

紫色のエプロンを身に着けていて、それや他にも手やパンツに赤や青の絵の具が付いている。

見ればわかるが、ここで絵を描いていたらしい。


「あの…突然すみません。ニック先生に訊きたい事があるんですけど。今、お時間大丈夫ですか?」

「………。」

筆を持ったまま、黙ってリチャードの顔を横目で見たニック。


「まぁ、座れ」

「はい」


指示に従い、リチャードは扉を閉めてニックの後ろにあった椅子に手を伸ばした。

外の風景を引き続き描きながら、特にこちらを向く様子もなく口を開く。


「なんだ?訊きたい事って」

「はい。この学校の4年生、サリーさんの事なんですが…」

「…ッ」


一瞬、ピクリと筆の動きを止めたニック。

表情も変えず、キャンバスから視線も動かさない。


「あの?」

「悪い、何でもない。それで彼女がどうした?」

「いえ。僕、彼女の隣の席にいつも座るんですけど、全然仲良くなれなくて。
どうにかならないかなって情報を集めてたら、彼女が放課後にここへ出入りしている事を友人に聞いたんです。ニック先生、彼女と仲が良いんですか?」

「あ?あぁ、まぁ…仲が良くねぇわけじゃないけど」


止めていた筆先を再び動かし始め、綺麗なオレンジで夕日を色付けしていく。

そのだるそうな顔からは想像つかない、芸術的で美しい絵だ。


「あの、もしかして…」

「アイツがこの場所を気に入ってるんだ。この部屋にあるヘンテコな絵を眺めるのが好きなんだとよ」

「絵…を見に来てるんですか?」

「そうだ。残念ながらお前の想像しているような関係じゃない」

「………。」


内心ホッとしたリチャードは、手の力も自然と抜けた。

少しだけ嫌な想像をしていたから。

自分の予想は外れていたとわかって安心した。


「サリーの事なら、ビクトリアに訊いてみたらどうだ?」

「ビクトリアさん?」

「知らないか?結構うるさくて目立つ奴なんだけどな。茶髪の…アイツどこの学部だったかな」

「あぁ…。その人ならなんとなくわかります。でもどうして?」

「アイツな、サリーの幼馴染であり親友なんだよ。ビックリだろ?」

「本当ですか!?」


確かにビクトリアは噂でも聞いたし見た事もある。

いつも皆の中心にいる、明るく元気な女の子。

暗くて無口なサリーとは結び付かない。

親友とは誰も思わないだろう。

しかしニック先生の表情は至って真面目だ。


「嘘じゃない。まぁ、サリーがあの性格だからビクトリアが勝手にそう思い込んでるだけかもしれんがな。だからアイツの事を知りたかったら、まずはビクトリアに訊いてみる事だな」

「…ッわかりました。ありがとうございます!」


リチャードは情報をくれたニックに向かって丁寧にお辞儀をし、椅子から立ち上がった。


そうか。彼女なら何か知っているかもしれない。

今度少し話を聞いてみよう。

良かった。少し前に進めた気がした。

部屋を出て舞い上がって走り出す。


「コラ!廊下は走りなさんな!」

「あ…ごめんなさい」


走り続けていると、掃除のおばちゃんに怒られてしまった。


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