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……………
「それじゃ、これが締めだよ!緊張せずリラックスして」
監督の言葉に、美術室にいるサラは小さく深呼吸をした。
チラリと横を見ると、後から現れる予定のスタンバイしているリッキーの姿が見える。
見た事もない真面目な表情。
あんな顔もするんだな。
「では…アクション!」
……………
数日後。
ニックは大学から姿を消してしまった。
さよならも言わずに…
私は授業が終わると毎日のように美術室へ足を運んでしまう。
あの人がもういない事はわかってるのに。
今日もいつものように作業台に鞄を置き、誰もいない部屋で飾られている絵を見る。
赤やら青やらで描き殴ったような絵画。
リンゴやバナナが空中に浮いている絵画。
やはり何度見たって芸術とはよくわからない。
彼がいた頃と全く同じように絵を眺めて回るので
つい、まだニックはこの部屋の中にいるような感覚に捉われてしまい…
「ねぇ、ニッ…」
名前を呼びかけてしまう。
振り返るとやっぱりキャンバスに向かうあの人の姿はなくて。
「そっか…もういないんだ」
つい漏れてしまう独り言。
思い出してしまうのに、私は毎回この部屋に来てしまう。
その度にまた涙が溢れ出しそうになってしまって…
帰って来てよ。
ねぇ…。
どうしようもなく彼の姿を探したくて
窓から彼のいる遠くの街を探そうと、必死に外を眺める私。
到底、見えるはずもない。
ガララララッ!
その瞬間、誰も来るはずのない美術室の扉が開き、サリーは思わず振り返った。
「やっぱり…ここにいたんですね」
「リチャード…」
そこに立っていたのは、ニックではなく
隣の席のリチャードだった。
彼はいつものように優しく笑い、彼女に近づく。
「忘れられないんですか?ニック先生の事」
「…ッ……別に…」
普段のそっけない返事だが、それが返ってくるまでに奇妙な間があった。
「また言った『別に』って!やっぱり口癖なんですね」
「ほっといてよ。それより…まだ言ってなかったわね」
そこで外を見ていた彼女の視線が 隣に立っている彼へと向けられる。
「この間は…ありがと」
「ジェームズの件ですか?」
顔を赤くして小さく頷く。
「あと…あんな危ない目に遭わせてごめん」
「いいですよ。現に僕怪我もしてないし、今ピンピンしてるじゃないですか。気にしないでください」
「怪我をしなかったのは貴方の運が良かっただけでしょ」と突っ込まれ、それでも彼はヘラッと笑う。
サリーは再び窓から見える夕陽を眺めながら肘をついた。
「本当に私のせいでたくさんの人に…特にアンタとニックには迷惑をかけたと思ってる。今回の事件もそうだけど、他にも気を遣わせたし嫌な思いもさせたし。私、こんな性格だから」
「ははっ。サリーさん、なんか丸くなりましたよね」
リチャードのその言葉に、彼女は数秒意味がわからず黙って顔を見る。
丸くなる?
今まで自分に全く関係のない言葉だったから、余計に理解するのに時間がかかってしまう。
「だって…俺に出会った頃の貴方だったら絶対そんな事言わなかったでしょう?」
「ま…まぁ…」
「だから僕、凄く嬉しいですよ。いつかこうやって面と向かって貴方と話せたらなぁって思ってたから」
「………。」
突然、無言になった彼女。
何かを思い出したのか、そっと視線を下にやった。
「『面と向かって話したかった』…か」
「…?」
「ニックにも言われたの。その言葉…」
「……ッ…」
「優しい人だった。あの人。私がこんな性格だって知ってて…全部受け入れてくれた。
体目当てとか、そんなのじゃなくて。ただ純粋に私を愛してくれた」
「サリーさん…」
彼の事を思い出すと辛くなるのに、どうしても口にしてしまう。
瞼が震えている。
目に涙が溜まって、今にも溢れ出しそうだ。
「何も言ってくれなかったけど…彼だって私の事を今でも愛してくれてる。ずっと一緒にいたんだもの。わかるわ…そんなの」
「…………。」
「なんで…。なんでいなくなっちゃったの!私…もう…ニックがいないと生きていけないのに…」
「サリーさん…」
「ねぇ…!リチャード…どうすればいいの、私!」
ついにおさまっていた感情が溢れ出してしまった。
流れてくる涙も拭かず、思わず言葉激しく彼の肩を掴む。
「私…まだ好きなの、彼の事!こんなろくでもない私を愛してくれるのはナイッ…」
ビクン!
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