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演技が急に止まった。


一瞬で多分目の前のリッキーにしか聞こえなかったと思うが、咄嗟に出てきてしまった。

「ナイ」という言葉。


その言葉の続きは彼にもすぐにわかって、瞳孔が一気に開いた。


「………ッ…」


台詞を間違えた…?

何が起こったかわからず、放心状態になっていたサラだったが

自分が間違えた事にようやく気がつき、緊張のあまり思わず肩が上がった。


ヤバいッ…

間も空きすぎた。

とにかくカメラを止めてもらうしかない!


……ッ…!


彼女が監督にそれを伝えようとした瞬間、

手を無理やり掴まれる強い衝撃が走った。


「「………。」」


気がつくと、目の前が真っ暗になっていた。


何も見えない…。


手は誰かに強く握られていて…


唇に温かい感触。




…唇?



えっ……?////



目の前にいるリッキーからキスをされていた。


突然の出来事に目を大きく見開いた彼女。

なんで!?嘘でしょ!?

そ、そんなシーンなかったはず!



「なんだ!?」

控えの椅子に座っていたメンバーも、ストーリーになかった展開に驚いて一斉に立ち上がる。


重なっていた唇をそっと離すと、彼女の体を力強く抱き締めた。


(ちょっ…リッキー!台本と違う…////)

マイクに拾われない程の小さな声でそう伝えたが、聞こえていないのか無視しているのか。

彼は体を全く放そうとしない。



「何故ですか…?」

ようやくリッキーの口から出てきた台詞。

何がどうなっているのかさっぱりわからず、顔を真っ赤にしたまま今は腕の中にいる事しか出来ない。


「どうして…貴方はあの人の事ばかり見ているんですか?」


演技は続いているのか?

目線を監督に向けると、なんだか楽しそうなその人。

「続けて!続けて!」というアクションを手振りで伝えている。

アドリブというものか…

とにかく今はやるしかない。


彼女は覚悟を決め、その場に合うような台詞を頭の中から必死に探し出した。


「リチャード…どうしたの?突然…」

「俺は…こんなに貴方の事を想ってるのに」

(お、俺!?違う、リッキー!僕でしょ僕!)


彼は腕の力を緩め、彼女の顔を見る。

「貴方はどんな時も別の人しか見ていない。男としてそれがどれだけ辛いのか。わかりますか?この気持ちが」

「………ッ…」


リッキーの表情が妙にリアルだ。

視線を全く逸らさず、声にもいつもの優しさが感じられない。

真面目すぎて怖いようにも思える。

まるで本心を言っているようにしか見えなくて…

彼女の台詞は完全に止まってしまう。


「リッ…」


「好きです。誰よりも」


「……ッ…」



ドキン…!

また…この緊張感…

彼の真剣な表情から目を離せない。

私…どうかしちゃってる…



「無理に忘れろとは言いません。ニック先生は貴方にとって忘れる事の出来ない大切な存在。
でも、彼は貴方の幸せを願って別れるという苦渋の決断をしたんです。
それなのにずっと泣いてばかりでは、彼の気持ちは報われません。

ひとりになってしまった貴方を、ニック先生は俺に託してくれた。
もう絶対にひとりにさせないで欲しいと。

一歩ずつで良いです。
僕は…絶対に貴方を裏切らない事を誓います。
だから、これからは僕と一緒に未来を生きてくれませんか?」


ようやく展開が台本通りに戻った。

その代わり、台詞は大幅に抜けてしまったが…。

まだ胸の緊張もおさまってはいないが、サラもとりあえずはホッとしたようだ。


「え…えぇ…ありがとう///」


ようやく笑顔を見せたリチャード。

いや…これはリッキーなのか。

そんなふたりの姿を、背景の綺麗な夕陽が美しく照らし続けていた。


END


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