「はい、どうぞ」

椅子に座った6人の前に、雨宮が温かいコーヒーを出してくれた。

全て同じ量、濃さ、そして柄のコップだ。


「うわ、にっがぁ!リツ君、僕のは砂糖いっぱい入れてって言ったじゃーん」

「そういうのは自分で入れろ。僕にはお前の好みの甘さがわからないから、基準の濃さで作ったまでだ」

「んもぉ。相変わらず気が利かないなぁ」

雨宮に口を尖らせて文句を言いながら、砂糖を取りに行こうとする雪之原。

そこで隣に座っていたクラウディが微笑みながら持っていたシュガー袋を彼に差し出した。

「あ!クララ、砂糖持ってるの?さすがぁ♪」

「凄いっすねー。なんでクラウディさん、いつも俺達が欲しい物持ってるんすか?」

日晴の言葉に首を可愛らしく斜めに傾けるクラウディ。

その瞬間にパーマがふわっと浮いて、なんとなく触りたくなった。


「あれ?もしかしてクラウディ君って…」

その光景を見たビッキーがある事を不思議に思い、小さく問いかける。

「声…出ないの?」

そう。先程から彼は全く話さない。

話さない所か声すら漏らさないのだ。


「いえ、違います」

それに答えたのはしっかり者の雨宮。

「クラウディは言葉の言語が特殊なので、自分から話さないだけなんです。僕達は気にしないと言うのですが結構頑固な奴で。
でも彼は言葉を話さなくても、何故か全て表情や動きで言いたい事が通じてしまうので全く不便ではないんです。不思議でしょう?

今みたいに何でも持ち合わせているし話さないのに頼りになるし、『無口なweather lifeのお父さん』って感じですかね」

「そうなんだー!凄いね、クラウディ君!」

ビッキーに褒められ、彼も嬉しそうに優しい微笑みを見せたが、やはり断固声は漏らさない。

不思議な男性だ。


そんな和んだ空気でコーヒーを飲みながらホッと一息つく中、美空が足を組みながら雨宮に別の話題を持ち出した。


「あ、そういえばサインは終わったの?」

「あぁ。さっき終わった」

「サインって何ですか?」

興味津々にリッキーが話に入り込んでくる。


「僕達さっきまで会場で100人限定のサイン会を行っていたんです。あ、そうだ。良かったら貴方達にも書きましょうか?」

「本当ですか!?」

「お安い御用ですよ。少し待っていてください」


快く引き受けてくれた雨宮は、余った色紙を6枚袋から取り出した。

あの人気バンド、weather lifeのサインが貰えるとあって、舞い上がるビッキーとボビー。そしてリッキーにジム。

サラは微かにため息をつき、ナイジェルは相変わらず興味なさそうに頬杖をついてコーヒーを飲んでいる。


「俺達100人分書いてきたから、これくらい楽勝っすよ!」

「あ。キョウ君、場所取り過ぎぃ。これじゃ僕が絵を描くスペースがなくなっちゃうじゃーん」

「雪之原さんの落書き帳じゃないんすよ!ちょ、まだ俺が書き終わってな…!」

日晴と雪之原の高校生らしいやりとりの結果、ほぼ色紙の半分がふたりのスペースになり、

次にその光景をニコニコと見ていたクラウディがどこかの国の言語で格好良いメッセージを残し…(読めないけど)

雨宮が隅の方に小さくサイン。


「ありがとうございます」と、彼から色紙を受け取ったジム。

これだけでも十分貴重だが、どうせなら美空からもサインを貰いたい。


「わぁ!嬉しいですね!これは友人に自慢出来ます!」

浮かれながら「じゃぁ、最後は美空君も書いてもらっていいですか?」と、コーヒーにミルクを入れまくっている彼の前に色紙を差し出す。

が…



「やだ」

「…はい?」

たった二文字で、そのお願いは清々しい程に拒絶されてしまった。


「あの…どうして?」

「僕、サイン嫌いなんだよね。だってほら…字を書いた紙っ切れを持っていた所で、僕の歌の魅力って伝わんないじゃん」

「え……いや…そう…」

「やだ」

「…ですよねぇ」

そう言われれば、他の4人がサイン会を行っていたこの時間に美空は外へフラフラと出ていて俺達と出会ったのだ。

どれだけサインが嫌いなのか、それが何よりの証拠。

断固拒否されたジムにそれ以上攻め込む勇気もなく、結局サインは楽器担当メンバーのみとなった。



「「……………。」」



なんだか…

どうして良いのかわからない。

重い空気が漂い、気まずい沈黙が続く。



「さ…さぁて!おっと!もうこんな時間ですね!」

ついに我慢出来なくなり、空気を読んだリッキーがわざとらしく口を開いた。


「…え?あぁ!本当だ!もうこんな時間だぁ!」

ジムも慌ててリッキーに合わせ…


「よーし!皆、帰るぞ!」

「え?今日は皆暇人なんじゃ…ムゴッ!」


KYボビーの口を無理やり塞ぎ、

「で…では、今日はありがとうございました!雨宮君、コーヒー美味しかったです!では、失礼致します!」

ボビーを担いだジムを先頭に、メンバーは嵐のようにその部屋を出る。

最後にサラが美空の顔をちらっと横目で見て

「またね」とため息混じりに呟いて、その扉を閉めた。


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