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……………
時間は夜の9時を回っていた。
終了予定時刻の8時をとっくに過ぎていたが、美空の指導はこんな時間になっても続いている。
扉の隙間から漏れる演奏をBGMに、美空を除いた雨宮、日晴、雪之原、クラウディ、そしてマネージャー6人は別室で休憩を取っていた。
「随分長いレッスンだね。休憩もほとんど取らないで、ぶっ続けでもう5時間は練習してるよ」
「うん。レッスンのナオ君っていつもこんな感じだよ。ビックリしたぁ?」
特に気にしていないマイペースの雪之原は、緊張感のない緩んだ表情。
「普段はどうしようもない奴なのに、音楽の事になると本当に人が変わったみたいだな」
「僕達が言うのもおかしいですが…アイツは本物の『天才』なんです。もちろん音楽の面でだけ、ですけどね」
雨宮が注ぐインスタントコーヒーの良い香りが部屋いっぱいに広がっている。
「今までの期間マネージャーをやってこられてわかったと思いますが、普段の彼は本当に僕達じゃ手が付けられない問題児なんです。
我が儘で自分勝手だし…学校でも授業はサボるわ勉強はしないわ、テストはいつも赤点のオンパレード。
最初にバンドを組んだ時は、皆そんなアイツに嫌気が差して解散しようと思っていたんですよ」
座っている全員の前にコーヒーが配られる。
そして次に日晴が、テーブルに肘をつきながら口を開いた。
「あれは中学の卒業式っすよね。解散しようと集まったミーティングで…アイツなんて言ったと思います?
『環境がいけないんだ。僕はこんな小さい国でおさまっている人材じゃない。アメリカに行くぞ』
…なーんて訳わかんない事を言い出し始めて!その時は本当にどうしたら良いのかわかんなくなったっすよね?」
雨宮も雪之原もクラウディも相当苦労をした思い出があるのか、その言葉に深く首を縦に振った。
「もちろん僕達も最初は猛反対でした。中学を卒業したて…世間の建て前も何も知らない子どもの僕達がいきなり海外だなんて」
コーヒーを配り終え、ジムの隣の空いている椅子に座った雨宮が再び過去を語り始める。
「七音はですね、母親はオペラ歌手、父親はピアニストという…まさに音楽業界のサラブレッドなんです。
そういう家系に生まれたせいか、思考も行動も何もかもが一般人とはズレていて。それが『天才』の証なんでしょうが。
『アメリカにある大企業から資金を組んでもらう。その家系とは昔から交流があるから問題ない』なんて子どもらしからぬ発言をしていてめまいがしたというか…」
「で、その昔から交流のある大企業の娘さんがサラさんだったんでしょぉ?」
雪之原がサラの方向を向くと、彼女は小さく頷いた。
「話は勝手に進んで、気がつけば準備万端。大きなお金が動いているともなると、僕達も断る事が出来なくなって、あれよあれよという間にweather lifeは海外進出。
美空の実力が認められて、ヒット出来た事が僕達にとって不幸中の幸いだったのですがね」
「そうだったのか…お前…くろ…うッ…し……」
「苦労したんですね」
雨宮の言葉に再びすすり泣くジムをスルーし、リッキーがコーヒーを飲みながら呟いた。
「それにしても今日はやたら熱心っすね!この間の最高記録を30分も更新してますよ!」
そう言いながら日晴が壁にかかっている時計を指さす。
それほど音楽の事になると情熱的になるんだな。
普段のサボリ癖がある面倒臭がりの美空とは大違いだ。
相当音楽が好きなん…
「やっぱり。あのコンサートの日が迫ってるから…なのかなぁ?」
ぽつりと言葉を零した雪之原に、マネージャー達が「え?」と訊き返した。
「おい、その話は…」
「良いんじゃない?この人達には話しても大丈夫だよぉ」
「あのコンサートって?」
ジムが訊くと、日晴は少し黙ってある事を話し始めた。
「美空さんの…親父さんの件っす」
「親父」という言葉が聞こえた瞬間、サラの目が思わず見開き、隣に座っていたリッキーがちらりと見た。
「サラさんはご存じっすよね?アイツの親父さんの事」
「えぇ。私の父親とも交友関係が深い方だったし…兄と私の事もよく可愛がってくれてました。でも今は…」
言葉を濁す彼女。
「何?七音君、ケンカでもしてるの?」
「ケンカ…で済んでいれば良かったんですがね」
日晴の言葉に首を傾げるビッキー。
すると彼とバトンタッチして、再び雨宮が口を開いた。
「海外進出の話が出た時、七音の父さんは猛反対したらしいです。
まぁ、それもそうですよね。まだまだ未熟な僕達がいきなり海外で活動したいだなんて。
ピアニストで音楽関係の仕事もしていた方だったから、アイツの音楽に対する甘い考えに怒りが抑えられなかったんだと思います」
「そこからはケンカケンカの毎日。
そんな中でも着々と準備は進んで、ナオ君はお父さんの反対を押し退けて無理やりコッチに来たんだよぉ。
そしたら数日後にお父さんがおかしくなったって、お母さんから連絡があったみたいで…」
「おかしく?」
「一日中部屋に閉じこもったり、突然窓から飛び降りようとしたり。おかしいと思い七音の母さんが病院に連れて行ったんです。
診断結果は精神的ストレスと疲労による抑鬱病。
ピアノの仕事もままならなくなって、今は両親共々仕事を休業して、奥さんが看病をしているらしいんです」
雨宮の言葉にサラは俯き、他5人も呆然としている。
「普段、七音は何も考えてなさそうですが…自分のせいで両親が滅茶苦茶になった事には、どこかしら後ろめたさを感じているんだと思います」
「なるほどな。アイツ、お偉いさんの講演会なんかには文句を言いつつもちゃんと出てたが、何故かピアノの演奏会だけには絶対出なかったからな。
自分の父親と被るその光景は、七音の中の辛い過去を思い出させるって訳だ」
コーヒーを飲んでぽつりと呟くナイジェル。
「でもその親父さんが明後日、俺達のコンサートを見に来てくれるそうなんっすよ!」
「本当に!?」
「はい。病院の先生から許可をもらって。奥さんが息子の顔を見れば少しは安心するんじゃないのかと、わざわざ手配してくれたんです」
「それがそのコンサートってやつ?」
「そうです」
雨宮はコクリと頷き、窓の外を眺めた。
「父親が病気になってから一度も会っていなくて、日本公演も何度かオファーがありましたが七音は全て断っていました。多分、怖かったんでしょうね」
「でもお父さんとお母さんから会いに来てくれるのは初めてで、それにはさすがにナオ君も断り切れなかったんだよねぇ。
多分、両親に会う覚悟を決めたんだと思うんだぁ。
それに僕、ナオ君が何度かひとりで歌の練習をしてるのを見た事あるし…
彼にとって特別なコンサートになる事は間違いないよぉ」
「そっか」
コーヒーの白い湯気がふわりと消えてゆく。
しんみりとした空気が流れ、ヒーター音とオーケストラの音楽が部屋の中で混ざり合う。
「ねぇ!」
そこで温かい空気の中、ビッキーが突然明るい口調で問いかけた。
「そのコンサートの日ってさ、私達がマネージャーをやる最後の日って事でもあるんだよね!?」
「あ…あぁ。そうですね」
「どうしたの?ビッキー」
サラが訊くと彼女は軽く頭を掻いた。
「いや…私、七音君を誤解した所があったかなって。ちょっと反省して。最後の日だしさ!私達からも贈り物をしてあげたいなって思うんだ!」
「贈り物?」
「そう!なんか『あぁ、コイツらをマネージャーにして良かった!』って…最後に思わせてやるのも良いよねって思って!」
顔を見合わせているメンバーに、笑顔を振りまく彼女。
ジム「そうだな。なんだかんだで俺達このマネージャー生活、結構達楽しんでるし」
ボビー「良いじゃないか、ビッキーちゃん!両親との感動の再会の後に、仲間達からのプレゼント!うーん!涙なしには見られない!」
ナイジェル「それも良いな。あのクソガキに『やっぱ行かないでくれ』なんてヒーヒー泣かしてやりてぇ(笑)」
事情を知って元気のなかったサラも、彼女のプレゼント企画には嬉しそうに頷いてくれた。
6人の意見は決定。
そこで早速本題に入る。
「それで、何を送りますか?」
「んー…」
問題はそこだ。
ボビー「僕のサインをあげたら良いんじゃないかい?」
ジム「サイン嫌いの上に、お前のサインなんて最強にいらないだろ」
ビッキー「じゃぁ…お金!」
ジム「リアルすぎる、却下」
ナイジェル「男子高校生だろ?んなもんテキトーにエロ本でも買ってやりゃ喜ぶさ」
ジム「最低だな、お前」
リッキー「はい!毛玉取り!」
ジム「…………なんで?」
今まで欲しい物は全て手に入れてきたであろう神童。
そこら辺のタオルやマグカップなんかじゃ「つまらない」と感じるに決まっている。
じゃ、何を用意すればいいのだろう。
もっと斬新なアイデアはないのか?
ジムは天井を見上げて腕を組み、ボビーとリッキーは顔を見合わせて黙っている。
「それなら良いアイデアがあるっすよ!」
そんな行き詰まっている6人に救いの手を差し伸べたのは、太陽のように元気な笑顔を見せている日晴だ。
「音楽家が一番喜ぶプレゼントって何だと思います?ヒントは形として実在しない物っすよ!」
「形として実在しない物?」
「うーん」と考え込み、ふと全員の頭にほぼ同時に同じ言葉が閃いた。
「「音!?」」
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