……………


【サイレントレディ】


「ねぇ!weather lifeのこの新曲聴いた!?」

「え?聴いてない!」

「マジで!?超ヤバいよ!アタシ、聴いた時涙出たもん!おすすめだから聴いてみなよ!」

「あっ!私この曲CD買ったよ!もうPVのクラウディが超格好良くて…」


先日と同じような青い空。

CDショップの壁に貼ってあるポスターを見て女子高生が騒いでおり、彼女達の後ろを眼鏡や帽子で変装したweather lifeのメンバーが通り過ぎた。


「凄い大当たりっすね!今回の新曲」

「当たり前でしょ?僕が作ったんだからヒットして当然だっての」

「直前まで出来なくてヒヤヒヤしたけどねぇ」

「うるさい、ユキ」


隣でクスクス笑う雪之原の頭を叩こうとしたが、ウサギみたいな身軽な動きであっさりとかわされた。


「それにしても今回の曲のテーマが『耳の聞こえない女性』だなんて。あの七音からこんなシリアスな言葉が出てきたから、てっきり何か悪い物でも食べたのかと思ったぞ」

「ミヤ君まで……あ、ディも今笑ったでしょ!?」

「まぁまぁ、そのおかげでweather life結成以来の大ヒットになったわけだしぃ。終わり良ければ全て良しって言うじゃんー」


ユキの言う通り。

僕の思いついた「耳の聞こえない女性」をテーマにしたバラードは歌手活動を始めて最大のヒットを記録した。

映画の主題歌にも起用され、僕達の仕事も今まで以上に増えた。


…愉快だ。

こんなに愉快な事はない。


「七音、ニヤニヤするな。気を引き締めろ」

「は?これはニヤニヤじゃない、ニコニコで………あっ…」


悪ふざけで雨宮の眼鏡を取ろうとした瞬間、美空の目にある光景が映り込んだ。

木をモチーフにしたオシャレなカフェテラス。

そこであの「エマ」とかいう女性が、ひとりでお茶を飲んでいる姿がたまたま目に入ったのだ。

数人の客がいる中だが、やっぱりあの地味な雰囲気と蝶の髪飾りですぐにわかった。


最近よく見かけるな。

仕方ないか。普段はあんな目立たない女の子、気にも留めていなかったんだし。

よし…


「僕、ちょっと用事を思い出したから!皆勝手に行ってていーよ」

「え?お祝いにって美空さんが焼き肉奢ってくれるって言い始めたんじゃないっすか!」

「焼き肉はミヤ君に奢ってもらって★じゃーねー!」

「…は!?僕が?聞いてないぞ!ちょっ…七音!」


全ての負担を雨宮に押し付けて、美空は得意の「逃げ足」で走り出した。


「七音!待て、コラッ!……………ゼェ…ゼェ…もう…無理だ…」

日晴「雨宮さん、バテるの早ッ」


仲間達も簡単に撒いてやったし。

さてと…あとは…











エマはひとり木の丸テーブルに座り、まっさらなノートを広げていた。

ボールペンを握って何か考え込んでいたが、目が疲れたのかグッと目頭を押さえ、木漏れ陽の当たる場所で大きな木を見上げた。

今日はいつにも増して青い空。

彼女のハイライトのない独特な瞳に、大きな鳥が一羽だけ映った。

気を取り直すようにココアを一口飲み、再びノートに視線を落とす。

ペンを走らせては止め、ココアを飲んでまた走らせる事を繰り返…



「よ!また会ったなぁ!」

「……ッ」


目の前の椅子に誰かが座った。

音が聞こえないエマは、突然の人影に驚いて少量ココアをテーブルに零してしまったようだ。

ふと見ると目の前に座ったのは、先日定期券探しに協力してくれたあの男の人。


「ね!聞いてよ聞いてよ!僕さ、アンタをモデルに曲を書いたら、もう大ヒットしちゃってさぁ!アンタも知ってるでしょ!『サイレントレディ』って!」

「……?」

エマは軽く首を傾げる。

「え?知らないの!?ありえない!マジでありえないからソレ!」


美空は腕を組んで頭を何度か横に振る。

前回会った時とは随分違う、上機嫌な表情だ。


「仕方ないなぁ。ま、アンタのおかげで出来たわけだし…あ、そうだ!特別サービスで限定生歌を披露してやるからさ!」


立ち上がって強引にエマの腕を掴む。

何がなんだかわからない様子で、彼女は周りの視線が気になったのかキョロキョロし始めた。


「お金は僕が適当に置いといてあげるから♪ほら、急いで急いで!」

男はポケットから直接お札を取り出し、それテーブルに置く。

そのまま動揺しているエマの腕を無理やり引っ張って街の中を走り出した。


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