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……………

カラララッ


「いらっしゃいませー」


店員の元気な声が店内に響くが、この客にはそれが聞こえていない。

紫色の髪をふたつに束ねた、よく見る女の子だ。

いつもの喫茶店。

そしていつもの席…陽当たりの良い端の席に腰を下ろし、ノートを開く。



「いらっしゃいませ」

「研修生」と名札の付いている若い女性店員がやってきて、エマの隣に立った。

彼女はメニューを開き、ホットココアを指さす。


「おひとつでよろしいですか?」

「……?」

「あ…店長に言われてたんだ。えっと…」

「…ひとつ……お願いします…」


紙を取り出して文字を書こうとすると、テーブルの彼女は先に口を開いた。

よくここへ来店しているから、なんと言われたのか大体予想がついていたから。


「あっ…かしこまりました。しばらくお待ちください」

軽くぺこりとお辞儀をして、研修生の女性は慌てて厨房へと戻っていった。

新しい人かな。初めて見る顔だったけど。


大陽の光が当たる落ち着いた空間のテラス。

穏やかな表情のまま、ノートに目線を戻してふでばこからペンを取り出した。








「よし。今日も飽きずに来てやがるな」


そんな彼女の背中を陰からこっそり覗いている男がいた。

紺のジャケット、黒のパンツ、そして何故か口元にマイクを装着している。


その怪しい覗き方から、不審者として通報されてしまうかもしれないと自分でも懸念した。




「ナオ君〜!急いでぇ!もう準備出来てるよぉ!」

「あぁ、今行くから!」


最後にもう一度ちらりと姿を目に焼きつけ、美空は階段を駆け下りた。


これから何が起こるとも知らず、エマはノートにペンを走らせる。


少し目が疲れたのか、軽く擦った。

その瞬間だった。







「え!ちょ、見て見て!外にweather lifeがいるよ!」

「えええ!本当だ!ちょっとおいでよ!!」


周りでお茶を飲んでいた客が、次々と立ち上がってテラスの柵へ集まっていく。

…何かあったのだろうか?

耳が聞こえないエマは走り出す他の人々を見て、とりあえずキョロキョロしながら自分も立ち上がった。


気づけば柵の前に溢れている、客やこのカフェの店員。

道端にもたくさんの人が集まっているようだ。

このような人集りはあまり好きではないが、誰かが「来い」と呼んでいるような気がして自然と足が動いた。


人でもみくちゃになり、息が苦しい。


やっと一番前までやってきて、大きく息を吐いた瞬間…









「………ッ…!」











見下ろしたその光景に思わず声を上げた。

もちろん、心の中でだけど。





〜♪





あの人がいた。

私の定期券を探してくれた、あの親切な人。


彼が同年代位の男性4人と一緒にダンスを踊っている。

小型マイクも付けているから、歌も多分歌ってるんだろう。


「嘘!踊ってる!weather lifeが!」

「ムービー!ムービー撮らなきゃ!」

「キャァ――――――ッ!七音君格好良い!!」


聞こえないが周りの女性達が凄く興奮している。

彼が軽くウィンクをすると、より一層気持ちが高ぶっている様子が窺えた。



それにしても…



LALALA―LALALALA♪

LALALA―LALALALA♪





凄い…。

5人の息がピッタリで、見ているだけで引き込まれてしまいそうなダンス。

声が聞こえないのに…

私でもこんなに楽しい。


前に歌ってくれた時ももちろん楽しかったけれど

あの時より何倍も…

彼を近くに感じられる気がする。



「…な……おっ…」



胸が熱くなって、自然と手すりを握る力が強くなった。




ッ♪




「「キャァ―――――――ッ!!!」」


曲とダンスが終わると一気に場が沸いた。


あの人…こんなに人気者だったなんて知らなかった。


5人はエネルギーを使い切って息切れしていたが、嫌な顔ひとつせずに周りにいる人々に笑顔で手を振る。


そしてその彼は大勢いた群集に小さく混じっていた私にも、手を振ってくれた気がした。


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