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……………
「お疲れ様ー!」
本日予定していた3コースのレースが全て終了。
観客は警備員の誘導でスタジアムを後にし、先程まで大きな天井が崩れそうな位騒がしかったこの場所も、ライダーの6人だけになると静か過ぎる空間へ変わった。
観客を見送った後は、着替えてお楽しみの夕食タイムだ。
「疲れた」「お腹が空いた」等と漏らしながら、それぞれが自慢のバイクを車庫へと戻しに歩き出す。
「それにしてもリッキーは本当に強いよな。今月に入って負けなしだろ?」
「そんな。たまたま運が良かっただけですよ」
「ったく、お前は謙虚で良い子だなー!全く!」
ジムが後輩の頭をワシャワシャと撫でて、それが恥ずかしいのかリッキーは照れながらその手から逃げ出した。
無事にバイクも車庫へ戻し、フィールドを出ようと出口の大きな扉に向かって歩く。
「僕…!この間女子高生に指をさされて微笑まれたぞ!これは脈ありだよね☆」
「それは微笑みの分類じゃないと思う」
いつもの光景。
いつもの笑い声。
いつもの幸せ。
これが普通だと、誰もが思っていた。
「あれ…?」
「どうした?」
突然リッキーの気の抜けた声が耳に入り、隣にいたナイジェルが首を回す。
何やらポケットに手を突っ込んで、慌てた顔をしている様子。
「俺のバイクのキーがないんです。どこかに落としちゃったかな」
「はぁ?ったく、しょーがねぇなぁ…」
辺りを見回すが、鍵らしき物は落ちていない。
この辺りは砂で埋め尽くされているから、砂の下に入ってしまったとあれば、捜索には結構手間がかかりそうだ。
適当に自分の周りだけ足で砂を払ってみるが何も出てきやしない。
「ねぇよ。もう疲れたから明日探せ」
「ダメですよ!大切な物なんですから!」
「面倒くせーな。スペアもあんだろ?なくしちまったら新しいの作りゃいいじゃ………ん?」
探している途中に何か気がついたのか、ナイジェルが奥のバイク専用出入口を見る。
「どうした?」
「光った」
「え?」
近くにいたジムも目を擦って見てみる。
出入口のシャッターは開いているが、暗闇の先には何も見えない。
「あっ…」
今、微かに何か聞こえた。
小さいが、心臓に堪える聞き慣れたもの。
これは…エンジンの音?
頭にその言葉がよぎった瞬間には、事は既に始まっていた。
ブォォォォォォォォォォッ!!!
「キャァッ!」
突然、猛スピードで侵入してきたバイクにビッキーが悲鳴を上げる。
「…ッ!」
「何だ!?」
こちらへ向かい走ってくるバイク。
全くスピードを落とす気配がない。
「危ない、ぶつかっ……!」
恐怖で足が動かない状態の中、バイクはターンしながら急ブレーキをかけた。
激しい土煙。
そのバイクは6人の目の前で止まる。
「………。」
その場にいた全員が呼吸さえ忘れてしまった。
シルバーバイクに黒のライダースーツを身につけた人物。
その身長や体つきから男性のようだ。
男がヘルメットを被ったままゴーグルを上げると、まるで蛇のような鋭い瞳が現れる。
スーツを抜けて、男の周りには漆黒のオーラが漂っているように見えた。
「“トリッキー”リッキー・スターンはどこだ?」
低い声で男が言った途端、数名の視線が丁度ナイジェルの後ろに立っていた彼へと向けられる。
リッキーを探している?
「俺です」
指名された彼はすぐに他のメンバーより一歩前へ出る。
リッキーを見た男の目は先程にも増して鋭く、数秒だけ彼を食い入るように睨み付けた。
黒い悪意や恨みを感じる。
「俺と勝負しろ」
「…ッ……」
突然の決闘の申し入れに、それぞれは声が出せなかった代わりに驚いて息を飲んだ。
この男が何を考えているのかわからない。
何者なのかさえわからない。
凶器を持っている可能性もある為、下手な行動を起こせば取り返しのつかない事態になる。
広いスタンドが極度の緊張で張りつめられ、空気がずしりと重たくなった。
「オイ、誰だテメェ。まずは顔を見せ…」
「黙れ」
「…ッ」
圧力のある視線や感じる悪意に、あのナイジェルでさえ身を引いてしまう。
危ない気配がする、この男。
「YES」という答えしか選べない。
もし選ばなかったら…
嫌な予感がリッキーの胸によぎった。
「わかりました。スタート地点で待っていてください」
リッキーはそう言い残し、踵を返して再びバイクを保管している車庫へ向かう。
言葉にすれば糸をピンと張ったような状況。
少しでも間違った選択をすれば、その糸が切れ、全てが崩れ落ちてしまう。
不安が辺りを包み込む中。
車庫の扉を開く重い音が響いた。
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