……………

スタンドに激しいエンジン音が響く。

自身の体を動かすように器用にバイクを走らせ、猛スピードで直線を駆け抜け、迫力のジャンプを見せる。

2周目を走り終えた所でリッキーが体ひとつ分のリードを奪っている。

しかしもうひとりの男のバイクテクニックも相当のものだ。

ピッタリと後ろに付き、これではいつ抜かれてしまってもおかしくない。


「アイツ何なんだ!?スゲー早いぞ!」


見ていたジムが声を上げる。

その走りをひと目見ただけで、あの男が素人ではない事が彼らにはわかった。

動きにほぼ無駄がない。

間違いなくプロ顔負けの実力の持ち主だ。


「行け!リッキー!」

「頑張ってー!」


大きなエンジン音に混ざって、仲間達からの声援も彼の耳に届く。


負けられない。


何故かわからないが彼の胸にはただひとつその言葉が浮かんで、無心でハンドルを切った。

激しい凸凹道で心臓に負担がかかる。

早いスピードで下り坂を落ちるように駆け下り、分厚いライダースーツの中の体が震えた。

ファイナルラップも終盤に入り、まだリッキーがトップをキープしている。


「いける!」

「リッキー!!」


次のカーブを抜け、ジャンプを決めればゴールは目の前。

最大限にターボを活用し、グイグイと男との距離を広げる。

地面に吸い付くような華麗なターンを決め、


ジャンプへ一直線…!








ブォォォォ!!!!















「………えっ…」















飛び上がった瞬間、何か嫌な感覚が体中を駆け抜ける。




自分の頭上が突然薄暗くなった。


これは…影。


気がつくとその男が自分の真上にいた。


ジャンプした自分の頭を更に飛び越えるジャンプで



…見下ろす目で俺をただ見ていた。





『その程度か』





勢いづいた男のバイクは、自分の目の前に着地し、そのままゴール。

遠くで見ていた5人は呆気に取られ、リッキーは2着でゴールラインを通過した。










「え…」


初めて見るバイクレース展開に、見ていた仲間達の口からぽつりと漏れる。


「何…今の?」

「ジャンプの瞬間、スピードが一気に上がったぞ」


徐々に2台のバイクのスピードが落ち、土煙も再び地面へ。

決着がついた事実を、このフィールドの静けさが物語っていた。



「………。」


男はバイクを完全に止めて、ヘルメットを被ったまま下りた。

黒い威圧的なスーツがますます恐怖感を与え、誰も声が出ない。

黙って立っている5人をゴーグル越しに見つめ、その一言を言い放った。







「リッキー・スターンには、ここを辞めてもらう」


「……ッ…!」





瞳孔が開く。

コース内でバイクに跨ったままの彼にも、その声は届いていたらしい。

ピクリと反応した事がわかった。



「は?お前…何を…」

「アイツは弱い。こんなアマの俺に負けた事が何よりの証拠だ」

「そんな!たった1回のレースで…」

「ならばもう一度やってみるか?」


言い返された言葉にビッキーは口を閉ざす。

男に視線を向けられ、リッキーは咄嗟に下を向いた。



「誰?」



サラの問いかけに、男は再び5人の方へ首を戻す。


「貴方、一体誰なの?」

「…………。」



今の走り方を見て、この男がその辺のアマチュアライダーではない事は確かだ。

リッキーも走りが悪かったわけではない。

どこからの刺客なのか。

男は返事をする事なく、黙ってヘルメットを外した。






「………ッ…」







外ハネの茶髪に、冷たくそして鋭い目つき。

右目の下に深い傷跡。

左耳に付いている螺旋状の毒々しい蛇のピアス。

感情や温かさを失った、まさに冷酷な風貌の男だった。




その人物の顔、蛇のピアスを見て

リッキーの呼吸が一瞬だけ停止した。






「バレル・ヒューストン」




「………っ…」





名前を言ったのは本人ではなく、どこからか聞こえた別の女性の声。

いかにも妖艶な見た目の女が、黒い男が来た同じ出入口から現れた。

長い前髪をセンターで分け、色白で濃い化粧が目立つ。

女はくねくねと体をくねらせながら、男の隣まで高いヒールの靴で器用に歩いてきた。

恐らくこの男の仲間だ。


「リッキー君なら知ってるわよねぇ?かつて一緒に走ってたお友達なんだから」

「「えっ…」」

5人がリッキーに目を向けるが、彼は否定をしない。


「正確に言うと…頼れる先輩?だったのかしら?ま…そんなの興味ないんだけど」

女はアクア色の髪を、長い爪の付いた指でいじっている。


「貴方は?」

「あ、自己紹介がまだだったわねぇ。アタシは今の事務所でバレルの上司をやってるミランダよ。ミランダ・ノエル。仲良くしてねぇ」


サラの質問に答えたミランダという女性だが、その話し方はなんともわざとらしく色を帯びた口調。

体も嫌らしくくねらせて、フェロモンを撒き散らしている。

眉間にシワを寄せた質問者を見ればわかるが、同性にはあまり好かれないタイプだ。


「ヤダァ、なにこの良いスタンド!アタシもこんな所で働きたぁい!」

「アンタ、ちょっとふざけないでよ!ねぇ!リッキーを辞めさせるって、どういう事!?」


彼女の態度が気に触ったのか、大好きなリッキーを奪われてしまいそうな言葉に不安を覚えたのか、ビッキーがバレルの前に出てきた。

しかしの当の本人は口を開こうとせず、隣の女に目をやる。


「んもう、しょうがないわね。ハイハイ、アタシが説明するわよ。単刀直入に言うとそこのリッキー君には適当にここを辞めてもらって、このバレルを新しく貴方達の仲間に入れて欲しいって事」

「は?何言ってんだ、お前!そんな事出来るわけ…」

「なぁーんにも知らないのねぇ。最初にこのメンバーの6人目のポジションを奪ったのは、そのリッキー君なのよぉ」


「……ッ…」




「それは違う!」


頭に血が上ったのか、珍しく感情的に言い返したリッキーだが…


「違わないわよぉ!仲良しの先輩が怪我をしたっていうのに心配もしないどころか、彼の居場所まで奪ったくせに。可愛い顔してやる事が汚いのねぇ」

「…ッ…」


ミランダの言葉に彼は黙ってしまう。

嘘だ。

あのリッキーがそんな事をするはずがない。



「おい、このクソアマ!適当な事抜かしてんじゃねーぞ!」

「あーら、このおじさま口が悪いわぁ」

「だって…社長はリッキーの前に誰かスカウトしてるなんて言った事ないよ!?そんなの…」

「小娘ちゃんは騙されてんのよ。最初にスカウトされたのはリッキー君じゃなくて、このバレルなの!
アンタの所の社長は最初にバレルを引き入れようとしていたのに、彼が怪我をしたと知った途端にあっさりと見捨てて、2番手の有力候補であったこのリッキー君に意見を変えたのよ!」

「そんな…」



ミランダの言葉が信じられない。

耳を塞ぎたい衝動に駆られる。

彼女は艶っぽい口調で話を続けた。


「当時リッキー君も人気だったけど、その陰に隠れていたもうひとりの天才がいたのよ。それがこのバレル。

ふたりはアマチュア時代、良い友人として…同等に戦えるライバルとして活躍していたの。

そこで空から降ってきたのが、この有名事務所の選抜の話。
アンタ達の社長は最初にバレルを選んだわ。
彼の就任も決まり、全てが順調に進んでいた矢先事故が起こったの。

バレルは就任直前、運転ミスによりバイクで崖から転落。

複数箇所の複雑骨折、顔への負傷、意識不明。
助かったとしても人前に出る仕事、もはや再びバイクに乗る事さえ絶望的だと思われたわ。

その事故を知ったここの社長は、バレルが使い物にならないと判断したんでしょう。選抜対象をあっさりこっちのリッキー君へ変更してしまった。

リッキー君もリッキー君で、大切な先輩であり友人が怪我をしたというのに、見舞いにも来ずに美味しい所だけを横取り。

こーんな事って許されて良いと思う?」

「…………。」


話を聞かされ、呆然と立ち尽くす他の仲間達。

確かに自分達はリッキーがここへ来るまでにどう生きてきたかなんて知らない。

アマチュア時代から「天才」と呼ばれ、何の壁にもぶつからずにプロへの階段を2、3段飛ばしの勢いで駆け上がってきたのだと思っていた。

本人に目をやると、見られたくないのか逸らして俯いている。

ここで彼本人が力強く「違う」と言ってくれたら、それだけで楽になれるのに。

何も言い返さないだけに、このミランダとかいう女から聞かされる情報だけが耳に入ってしまった。






「2週間」


バレルが口を開く。


「2週間…待ってやる。その間までに、このスタンドからリッキー・スターンを消せ」


「……ッ」


その言葉に仲間達5人は何も言い返せない。

バレルは要件が済んだ後、ミランダを置いてさっさと歩き出し、自分のバイクに跨った。


ブオォォォォォッ!!


「あ!バレル、待ちなさいー!
それじゃ皆さん!アタシ達、約束を守ってくれるまでここに通い続けるからぁ。また会いましょう♪」

彼らに投げキッスをした彼女も、バレルの背中を追って走り出した。


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