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……………
「は?出張中!?」
受付嬢の言葉にカウンターへ身を乗り出したリーダー。
「左様でございます。社長は現在パリに長期出張しており、お戻りが…えぇ…一ヶ月後となっております」
今回の問題をなんとかして欲しいとの思いでわざわざこの場所までやってきたが、結局は無駄足に終わったらしい。
バレルとミランダはこの辺りも計算に入れて仕掛けてきたという事か。
「この時を狙われたわね」
「クッソ、アイツらぁ…」
後ろでぼそりと呟くサラ、思わず「お姉さん、なんとかならないですか?」と受付嬢に無理に頼み込んでしまうジム。
しかし何度頼んでも結果はNG。
社長に相談する手段も絶たれ、彼らは手ぶらのまま本部へ帰る事となった。
「すみません…」
センターを出るのと同時に、リッキーが申し訳なさそうに他のメンバーへ頭を下げた。
なんだか毎日見ていると、彼は日に日に希望を失っているように見える。
「き、気にするな!まだ何か手が残っているはずだ。諦めずにもう少し粘ってみよう」
「はい」
リーダーであるジムも元気付ける言葉をかけてはあげたものの、他に解決方法が見つかっているわけではない。
早くなんとか手を打たなければ。
しかし相手側も結構細かい所まで気を配ってこちらに仕掛けてきている。
ミランダという女が言っていたエピソードもあるし、それに何よりリッキーはバレルとのレースに負けてしまったという事実がある。
このままでは本当に彼を解雇せざるを得ない状況に。
それだけは絶対に避けたい。
複雑な思いを胸に、ヘルメットを被りバイクに跨った。
ブォォォォ!
夕陽が照らす海沿いを6台のバイクが駆け抜ける。
しかし、誰もお互いの顔を見ない。
行きの道のりはあんなに楽しそうに会話をしながら走っていたにもかかわらず、帰りはそれぞれがまるで赤の他人のようにバイクを走らせている。
信号待ちの時も無言のリッキーに話しかける者はいない。
結局誰も何も話さないまま時が過ぎ、センターから出発して20分後、ようやく本部の建物が見えてきた。
「……ッ…!」
キ―――ッ!!
先頭を走っていたジムがもう少しの所で突然急ブレーキをかけた。
それに続いていたナイジェルやサラも慌ててブレーキをかける。
「どうした?……あっ…」
ヘルメット越しに映る人影。
本部の門の前に何者かが立っている。
蔑んだ目つきをしたミランダと、無表情のバレルが並んで立ち塞がっていたのだ。
「待ってたわよぉ♪」
「待つな、誰も呼んでない」
相変わらずのアクア髪女の猫なで声に、ヘルメットを外しながら眉をひそめるジム。
その反応にイラッとしたのか彼女の顔も不機嫌になり、小さく舌打ちをした。
「まぁ良いわ。それよりリッキー君。貴方まだ辞める勇気が出ないの??」
「おい、馬鹿な事を…」
キレようとしたナイジェルだが、周りには何も知らない人々が歩いている。
昨日の場面が頭をよぎり、またやたらめったら怒鳴り散らすわけにもいかないと踏んだのか、歯がゆそうに口を噤んだ。
「あら、ちょっとは学習したのねぇ。アタシは昨日みたいにワイルドに吠える男の方が好きだったのに。つまんないの」
そんなナイジェルの姿を見て、ミランダの眉は皮肉を表す八の字に動く。
それぞれがヘルメットを外してバイクを下り、門の前に立っているふたりの元へと歩み寄った。
「ねぇ!どうしたらこんな嫌がらせやめてくれるの?」
「だから最初から言ってるじゃない。リッキー君がとっとと辞めてくれさえすれば、もうこんな面倒な事アタシ達だってやらないわよ」
ビッキーが悔しそうに歯を食いしばると、そんな彼女を上から見下ろしてクスクスとミランダが笑っている。
「あ〜ん、そんなハムスターみたいな顔したってダメダメぇ」
かなり身長の差がある為、傍から見るとますます相手の女が優勢に見える。
舐めてやがるな、この女…
隣で見ていたジムがミランダを睨みつけた。
チラリとバレルと目が合った瞬間、リッキーの心臓がドクンと動いた。
勇気を出すんだ…
昔の彼は優しい人だった。
今は少し表面が歪んでしまっただけで、根はきっと変わらないはず。
以前の彼の姿を思い出し、ゴクリと自分の中で唾を飲む音が聞こえた。
「バレル!」
「………。」
リッキーが名前を呼ぶと、オレンジの瞳で今度はこちらをハッキリ睨みつけてきた。
話せばわかってくれる。
きっとわかってくれるはずだ。
「もうこんな事やめて!バレルはこんな事をする人じゃなかっ…」
スタッ
スタッ
突然、彼はこちらの方向へ歩き出した。
ちゃんと話をしてくれる気になったのだ。
わかってくれた。自分に何度も言い聞かせた。
「バレッ……」
スタッ
スタッ
スタッ
スタッ
「………ッ…ル?」
反応もせずリッキーの顔も見ず、彼は無言で真横を通り過ぎる。
その足で向かった先は…
ガシャァァンッ!!!
「………ッ…!」
大きな激しい音に全員の呼吸が一瞬止まった。
無残に倒れている緑色のバイク。
地面に転がった土のついた白ヘルメット。
バレルはリッキーの乗っていたバイクを、足で蹴り倒していた。
「黙れ」
低いトーンでリッキーだけを強く睨みつける。
その目は人間の心の温もりも優しさも、何もかもを忘れた蛇の目つき。
彼の変わり果てた姿に、とてつもない恐怖を感じた。
俺が…ここまで彼を陥れたのか。
もう昔のバレルはどこにもいない。
返す言葉がなかった。
違う。声が全く出なかったのだ。
初めて自分の考え方がどれだけ甘く、どれだけ情けない存在なのかを知った。
バレルはそれ以外の言葉を何も残す事なく、その場に背中を向けて去る。
「ふふふ、楽しくなってきた!じゃ、今日も含めて残りあと一週間。頑張って辞めちゃってねぇー♪」
全員が恐怖で硬直している表情に快感を覚えたのか、ミランダは再び色っぽく笑い、バレルの後を追いかけた。
あと一週間。
あと一週間以内に、リッキーはこの場を去らなければならない。
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