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……………


ガチャン


玄関の扉を静かに開ける。

部屋の中は真っ暗だ。

さすがにもう皆自分の部屋に戻って眠っているのだろう。


扉を閉めてメインルームへ向かう。


暗くて周りが見えないな。

電気はどこに…

壁を伝い、明かりのスイッチを探す。


あ、あった。これ…



パチッ!



「ひゃっ!」


スイッチを入れる前に誰かに手を握られ、驚いて変な声が出てしまった。


「何その声(笑)ダメよ。起きるでしょ?」

「…サラ?」

暗くて姿が見えないが、この落ち着いた声は彼女の声だ。

まだ起きていたのか。


「起きるって何ですか?」

「目が慣れてきたらわかるわよ」


確かに視界が真っ暗の時はわからなかった。

だんだんと暗闇に目が慣れてきて、

サラの言っている意味がわかって自然と見開く。


「誰かいる…」

ビッキーとジムがソファーで並んで寝ている。

それだけじゃない。

ナイジェルが床で…

ボビーが……何故かキッチンで寝ている。


「どうして?なんで皆ここに…」

「全員で貴方の事を話していたのよ。ついさっきまで、ここでずっと」

「……ッ」


今の気持ちをどう表現したらいいのかわからず、ただ口をパクパク動かしてしまう。


「ここじゃあれだから…来なさい」

サラに手を引かれてメインルームを後にする。

ある程度離れた廊下まで連れて来られると、彼女はようやく手を離した。

今度は窓から月の光が入ってくる場所なので、顔がはっきりと見える。


「リッキー」

「サラ……その…すみません…」


今はもう謝る言葉しか出てこなくて、深々と頭を下げた。

過去の出来事を今まで黙っていた事や、全て投げ出してこんな時間まで本部を出てしまった事。

サラや他の仲間を残して自分だけで逃げた事。

とにかく全部謝りたくて…






「私はそういう事を聞きたいんじゃないの」

「えっ…」


咄嗟に顔を上げると、サラの碧い瞳が真っ直ぐこちらを見つめていた。


「貴方が本当はどうしたいのか話しなさい」


…どうしたいのか?


「辞めたいの?」

「……ッ…」

「私やジム達は、リッキーがいると迷惑だから早く辞めて欲しいと思ってるとか…そう考えてるの?」

「………。」

「リッキーの本心が聞きたいの。答えて」


サラの目は何の迷いもなくこちらを見つめている。

彼女が俺に訊きたいのは…

昔の事情とか、それぞれの憎しみとか、

後悔とか才能がどうとか…

そんな事じゃない。




俺が本当はどうしたいのか。

ただ、それだけだった。










「 ―辞めたくないっ…… 」







自然と両目から涙が溢れ出した。

その一言を口に出すのが精一杯。

他に何も考えられなくて…

今まで流れなかった涙が、突然ポロポロと外へ溢れ出した。



「でもっ…俺は…」

「私達はリッキーに辞めて欲しいだなんて誰も思ってない。

さっきも言ったけど、皆どうすれば貴方がここに残れるのか考えてたのよ。

誰も自分の部屋に戻ろうともしなかった。

夕食も取らずに、ずっと真剣に話し合ってた。

最後はあんな状態で寝てしまうまで、あの人達は貴方の事だけを考えて。

それだけ、私達はリッキーにここにずっといて欲しいの」


「………ッ…」




胸が苦しい。

俺は自分の過去を全て話した。

正直、失望されてしまうと思った。

こんな華やかな舞台に立って勝手に仲間面していたのに、裏ではこんな汚い事をやっている奴なんだと。

いつ「それなら辞めていい」と言われても受け入れる覚悟でいた。


それなのに…

彼らはこんな俺をまだ守ろうとしてくれている。


思えばいつもジムは一番年下である俺を心配してくれていた。

ビッキーは毎日飽きずに俺に抱きついてきていた。

ボビーはいつも笑って話しかけてくれた。

ナイジェルは俺の為にあんな大勢の前で怒鳴ってくれて、理事長から怒られても俺の事は何ひとつ責めなかった。

そしてサラは、こうやって遅い時間まで待っていてくれて、俺に大事な事を伝えようとしてくれている。



「腹をくくりなさい。決めるのは貴方なんだから」

「……ッ…」



心に突き刺さる言葉。


決めるのは…俺。


見失っていた…俺の本当の気持ち。


「…はい」


リッキーはようやく顔を上げ、拳を握って深く頷いた。

その返事を聞いた彼女も安心したのか「よろしい」と笑ってくれた。




「…サラ」

「何?」

「抱き締めてもいいですか?」

「…うん」


月の光に照らされて、一層白く映る彼女の顔。

細い体に手を伸ばした。

背中に手を回し、強く抱き寄せる。

何故かわからないが、こうやって誰かを抱き締めたくなった。

仲間の存在を確かめたかったから。

寂しさに押し潰されそうになっていた体だったから、人の温もりが欲しかった。


サラもそれを受け入れ、リッキーの体を強く抱き締め返す。



「嫌だよっ…。

俺、この場所が大好きです。

ジムもビッキーも
ボビーもナイジェルもサラも…

皆大好き。

だから…ここを辞めたくない。

皆とずっと一緒にいたい」


「えぇ」


彼女の体はとても温かく柔らかくて、

声は優しくて

凄く落ち着く。

ずっと…今はこのままでいて欲しい。




一時抱き締めていたが、さすがにいつまでもこうしているわけにはいかず、そっと体を解放する。

リッキーの顔は月の光に照らされているが、なんとなく頬が赤く染まっているように見えた。


「す…すみません。セクハラですよね、これ」

「ふふ。しっかりしなさい、男の子でしょ」

「…ははっ」


やっと彼の顔にもいつもの笑顔が戻った。

普段通りの優しいリッキーの顔。


「男…なのかな。何よ、この私より可愛い顔は(怒)」

その顔を見て、サラは彼のほっぺを両手でつねる。


「痛い」

「痛いじゃないのよ…」

「はぁ」と大きく肩を揺らしてため息をつく彼女。


「どうしたんですか?」

「リッキーがもっとさ…
ブッサイクでチビで、無愛想で我が儘で性格が最悪だったら…

皆、こんな気持ちにはならなかったのかもしれないのにね」

「……サラ…」

「何でもない」



暗い夜は徐々にふけていく。



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