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……………

『レース10分前です。ライダーの皆さんは準備をお願いします』

いつものようにレース開始直前のアナウンスが鳴り、ライダースーツに着替え終わった5人が控え室に集まる。

今日の試合にあの「リッキー・スターン」はいない。

しかし、彼も必ずどこかで今日のレースを観ていると信じている。

あんなにバイクが好きだったアイツが、この試合を観ていないはずがない。


「行くぞ」

ジムの言葉にコクリと4人が頷き、メンバーは暗いトンネルから光の漏れるスタンドへ歩き出した。

伸びる長い影に迷いはない。

それが仲間であるリッキーへ絶対的な信頼がある証拠だった。



『さぁ、本日も始まりました!ウィンディラン主催、モトクロスバイクレース!
今日はどんな走りを見せてくれるのか!5人のライダーの登場だぁ!』



「「キャァァァァァ!!!」」


アナウンスの紹介でスタンドへライダーが現れると、観客の声が会場に木霊する。

しかし一番人気のリッキーがいない事から、なんとなく女性ファンの声が小さく感じられた。


チラリと観客席に目を向ける。

いつものように一番前の見やすい列の席をミランダとバレルが占領していた。



『さて、では早速本日のコースを紹介しま…』

「ちょっと待ってください」


準備していたマイクを使って進行役のアナウンスを止めたのは、青色のライダースーツを身にまとったジムだ。

彼は小さく息を吐き、たくさん客の入った会場全体を見回した。




「本日は、いつもと違うレースをお見せしたいと思います」

「ッ…」


突然の発表に観客が静まり返る。


「何かしら?」

ミランダは身を乗り出すが、バレルは腕を組んでじっと見つめたまま。





「ジム…?」

リッキーもその光景を、立ち寄った家電量販店のテレビから観ていた。





バッと観客席を指差すジム。

「バレル。今日は俺と1対1で勝負をしてもらう!」


彼の人差し指の先には、未だ無言のまま瞳だけで見下ろしている茶髪の男性の姿があった。


何?何?誰?

何も知らない観客がざわざわと騒ぎ始め、裏のスタッフも唐突な事態にぽかんとしている。


『おっと…これは突然の決闘の申し込みだぁ………え?…こんなの予定にありましたっけ?』

もちろん進行役のアナウンサーもこの内容を把握していない。

そこでカメラは慌ててジムの指先の人物にレンズを向け、バレルの姿が大きなディスプレイに映り始めた。


「はぁ?何言ってんの、アイツ」

隣に立っていたミランダから呆れて声が漏れた。

しかしジムはそれを気にする事なく、マイクを握って説明を続ける。


「皆さんにも紹介します。彼の名はバレル・ヒューストン。
ここに所属するリッキー・スターンのかつての友人であり、モトクロスにおいては彼に負けず劣らずの実力を持つ強者です。

本日は彼を特別ゲストとして迎え入れ、俺とマッチレースを行ってもらいます」


「リッキー君にも負けないんだって。早いんじゃない?」

「ちょっと見たいかも」

「ねぇ、結構格好良くない?」


リッキーの名前が出てきた事やこのバレルという男性のルックスに、女性の騒ぎ声が増え始めた。

「コイツは何を考えてるんだ?」言葉には出さないが、そう言いたげな目つきをしてバレルはジムを見下ろし、ようやく口を開く。


「馬鹿を言うな。貴様みてーな雑魚は相手にならねぇ」

「じゃ、その雑魚に負けたらリッキーから手を引いてくれるよな?」

「……ッ」

これはマイクを使わずに言葉にした台詞。

観客の騒ぎ声もあり、見下ろしている彼の耳だけに入ると、眉間のシワが深くなった事が明らかに見てわかった。


「アンタ何言ってんのよ!リッキー君でも勝てなかった相手にアンタみたいな奴が勝てるわけないじゃな……あ、ちょっとバレル!?」

隣でうるさい女が野次を飛ばし始めたが、彼はそれを無視。

ミランダに背中を向けて歩き出した。

階段を利用してスタンドまで降りてきたバレルの姿が、大型ディスプレイに映り続けている。


「へぇ。挑発したら案外あっさりと乗ってくるんだな」

「貴様が無残に負ける姿を、この群集に見せつける為だ」

「なんでもいいよ、その気になってくれるのなら。更衣室にお前のスーツを準備してる。着替えてこい」

「…………。」

バレルはジムを強く蛇の目で睨みつけ、指示された更衣室へ向かった。


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