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……………

「キャァッ!凄い!凄いよ、マルクス!」

「うわっ!ジムって言ってるだろ!」


ヘルメットを外してすぐ、ビッキーがジムに飛びついてきた。


「やれば出来るじゃない!」

「わぁ!僕は感動したぁぁぁ!」

「うっ…!重い重い!」

立て続けにサラとボビーも乗っかってきて、ぺたんこに押し潰される。

しかし喜びを爆発させている彼らに、ジムも素直に喜んで3人まとめて抱き返した。



「何故だ…?何故俺がこんな奴に…」


目の前に予想もしていなかった光景が広がる。

初めて味わう屈辱に、バイクを下りたバレルは大きなスタンドの真ん中で力なく立ち尽くしていた。

調子が悪かったわけでも手を抜いたわけでもない。

ただあの一瞬で。

自分の両手を見つめる。

それでもその手の平には、何も答えは書いていなくて…


「『こんな奴』で悪かったな」

そこで先程まで自分と戦っていたジムがこちらへ歩いてきた。


「確かにお前は、稀にみる逸脱したライダーだ。
特にジャンプ制御能力は俺達6人より遥かに上だ。
お前みたいにバイクの空気抵抗を最小限まで削り、力の加減、着地の摩擦を少なくする技術に長けている奴は初めて見る。本当に凄い事だ。

だがな、それだけじゃダメなんだ」

「………っ…」



その目を見て、確信した。

コイツは、もうわかっている。


「貴様…気づいてたんだろ。俺の体力が終盤持たなくなる事を」

「ほんの僅かだがな。最後まであのスタイルで走き切れる事はリッキーと同等。それ以上かもしれない実力だ。
陰で相当な努力をしてきたんだろう」

「………。なら、なんで俺は負けた」

「俺の本当の得意の走りを知ってるか?」


その言葉を問いかけられ、顔を上げるバレル。


「俺は普通の走りが一番得意だ。全部の実力が全部平均くらいだって事。
お前や周りの奴らみたいに、派手な見せ場はない。それがつまりどういう意味かわかるか?

強みがない分弱点がないという事だ」

「…ッ」


「お前の苦手な部分を俺の普通の技術でほんの少しずつ追い抜いて、それを積み重ねただけ」

「はぁ?そんな事で俺が凡人に負けるわけ…」

「だが俺がお前に圧倒的に勝っている所がひとつだけある」

「……っ?」


一歩前に出たその男は、どんと自分の胸を叩いた。


「ホラ、俺弱そうに見えるだろ?
見た目も地味で威圧感もない。弱そうに見える。そこだ」

「…………ッ」




目を見開いたバレル。


そこでようやく口を塞いだ。


そうだ。俺は……コイツを頭の中で過小評価していた。

リッキーしか見ていなかった。

他の奴らは全員雑魚だと、しかもこんな男、大した奴ではないと思っていた。


そこで完全に見落としていた。


何故コイツが、俺がかつて憧れてやまなかったウインディランで設立当初からずっと所属していられる?

何故、この舞台に立っていられる?


答えは簡単。


コイツが「普通の奴ではない」からだ。


安定的なオールラウンダーという圧倒的な実力は普通の事ではない。

どのライダーでも確実に弱点が存在する。


長年走り続けていて、弱みがない奴なんて見た事がない。


コイツはその弱みがないのだ。


そしてそんな実力を持ちながら、自分を過信せず相手を冷静に見て


自分が勝てる方法を見出している。




俺の最大のミスは、「この男を弱い」と見下し続けていた事。


「まぁ、お前がオーバーヒートを起こす可能性も賭けだったし。
それに風よけにして体力を温存する作戦も次回は通用しないだろうし、もう一度やったら勝ち負けはわからないがな」


男は強さを全く感じさせられない、ヘラっと笑う顔を見せる。




何故だ…



何故いつもっ……






「約束だ。リッキーから手を引け」

「………ッ…」

怒りの目線がジムにぶつけられるが、もう彼はその目を恐れなかった。


「アイツは…」

「…?」

「リッキーは先輩である俺がこんな状態になったのに、いとも簡単に裏切ったんだぞ!煤v


先程まで無口だったバレルが、初めて声を張り上げて怒りを露わにした。


「…………。」

「病院で目が覚めてから…俺はずっと、アイツが来てくれる事を信じていた!
アイツは俺が認めた唯一の男だった!
この俺が信頼を置いていた後輩だった!
そしてアイツも俺の事を信頼していた!

来ないはずがないと信じて、俺は来る日も来る日もベッドの上でずっとリッキーを待ち続けた!!
来なくても何か理由があるはずと…何かしら連絡は来ると信じて…

俺はアイツに心配をかけないよう、必死に陰で苦しいリハビリを続けながら待ち続けた!!

それなのに…テレビをつけると、アイツは俺の代わりにこの事務所に入りプロデビューを果たしていた!
何事もなかったかのように、ヘラヘラとテレビに愛想を振りまき脚光を浴びていた!

結局連絡ひとつよこさず、アイツは全ての恩を踏みにじって俺の居場所を奪ったんだ!!」


喉から血が出そうな程激しく怒鳴り散らし、バレルはジムの胸ぐらを荒く掴む。


「そんな…そんなクソ野郎にバイクを続ける資格はねぇ!」

「…………。」

「貴様にどうこう言われる筋合いはねぇ。貴様に俺の痛みや苦しみがわかるわけがないんだからな。これは俺達ふたりの問題だ。

俺が誰に勝とうが負けようが、アイツが先輩である俺を裏切り、そして負けた事実は変わら…」




「ははっ。笑わせるなよ」

「…ッ……!」


胸ぐらを掴まれているジムは、突然口の端をつり上げてニヤリと笑った。


「何が…おかしい?」

「さっきから後輩のアイツが裏切ったとか、アイツは先輩である俺を信頼していたとか…好き勝手言ってくれてるけど」


「だから何がおかしいっつってんだろ!?Σ」
















「今のリッキーの先輩は俺達だ」












「……ッ…」



グサリと、胸の中に鋭いものが突き刺さるに近い痛みを感じた。

リッキーは…もう今は俺の後輩ではない。


ふと他4人の顔を見ると、力強い顔で俺を見ていた。


後輩を守ろうとする、強い先輩の顔。



アイツにとって…もう俺は過去の人間でしかないのか。

その現実をこの男や4人にはっきりと突きつけられ、力をなくしたバレルは自然とジムの胸ぐらを離した。



「小僧」

次に話しかけてきたのは、このチームで最も落ち着いた最年長の男だ。


「お前、リッキーが本当に自分を見捨てて裏切ったと思ってんのか?」

「当たり前だ」


何を言っているんだ…?

バレルはナイジェルを強く睨みつけるが


その直後…


「これを見てもそう思うか?」


彼が取り出した物に言葉を失ってしまった。

その手に握られていた物は、リッキーがなくしていたバイクのキー。



「………!」



バレルの心臓がトクン!と一瞬大きく鼓動を鳴らした。

リッキーの使っていたバイクのキー。

彼の目線はそこではなく、キーに付いているキーホルダーに釘付けになっていた。

それは金色でとぐろを巻いた蛇のキーホルダー。



「前々から変だと思ってたんだよ。
女みてぇに可愛いもんばっか好きなアイツが、こんなイカつくて怖ぇ蛇のキーホルダーを付けてるなんてな。でも今日…やっとその理由がわかった」

「………。」


「お前の耳に付けてるピアスとこの蛇…同じだろ?」


彼の言う通り、キーホルダーと色違いの全く同じデザインをしたピアスが、バレルの左耳にも付いている。

動揺した彼の視線が徐々にぶれ始めていた。


「ふざけんな。…それは昔から付けてたんだ」

「アマチュア時代からバイクのキーが変わってねぇわけないだろ。

アイツは何度もバイクの鍵は変わるのに、付けるキーホルダーを他の物に変える事は絶対にしなかった。
ファンから彼好みの可愛らしい動物のキーホルダーを貰っても、その蛇が錆付いてどんなに汚くなっても…
それををなくした時にも「大切な物」と言って、必死に探し続けてた。

今思えばその「大切な物」ってのは、この鍵本体じゃなく、蛇の方だったんだろうな」


ナイジェルがポイッと投げて、それを咄嗟にバレルが受け取る。

投げた本人の顔を見ると、さっきのリーダー同様ヘラッと笑っていた。


何なんだ、コイツらは…


チッと舌打ちをしたバレルは、ひとりでスタンドを歩いて去っていく。

気持ちの整理がつかない、重い背中。

5人は不安定な彼の姿を、見えなくなるまでずっと見つめ続けていた。



大勢の人に見守られながら、俺達のレースが終わる。



これで…良かったんだ。

これで…


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