……………

時間は午後3時。

昼食時間のピークが過ぎ、客が減って店内がようやく落ち着き始めた。

残っているのが老夫婦や宿題をやっている女子高生達、音楽を聴いている男性。

皆、食事を取り終わり、思い思い各自の時間を過ごしているようだ。

先程まで慌しく接客を行っていたルーイもこれなら自分達の力だけでやっていけると踏んだらしい。

手伝ってくれた6人をキッチンに集め、深々とお辞儀をした。

「今日は本当にありがとうございました!おかげで大変助かりました」

「いやいや、役に立ててよかったよ」

ジムが照れながら頭を掻くと彼女はニコリと笑った。


「もうお昼も過ぎましたし、あとは残りの従業員だけでなんとかなりそうです」

「そっか、良かった。また何かあったら気軽に言ってくれて構わないよ」

「ルーイちゃんの仕事大変だったけどスッゴく楽しかった!今度メールするね!」



この言葉で本日の業務は終了。

初めての達成感と脱力で、ジムはわかりやすく背伸びをした。

「素人相手で客には迷惑をかけたけど、なんとかやっていけたな」

サラ「貴方はほとんどビッキーの世話ばっかりしてたでしょ」

ビッキー「え!?私ちゃんとお仕事してたもん!世話なんかされてない!」

ナイジェル「お前、次やる時は『食材』な」

リッキー「貴方もですよ」


彼らの会話を聞いてクスクスと笑ったルーイ。

「では、更衣室に服を置いていますので着替えをお願いします。あとは私達がやっておきますから。

あ、あと本日のお金は…」




カラランッ!





「いらっしゃ…」


何故かウェイターの声が不自然に途中で止まった。

その声に当然の事ながら何かあったのかと全員が振り返る。


「…………。」


中年の女性がドアの前に立っている。

肩まで伸びた明るい紫髪に強いパーマをあて、見る限り高級そうなブランド品のバッグを持っている、お高くとまったおばさんだ。


しかし


ザワザワザワ…

何やら従業員達が顔色を変えて小声で話し始めた。


「お席の方へご案内致します…」


ウェイターの声が何故か震えている?

一体どうしたのだろう?


席に案内され、禁煙席に大きめなお尻で座るその女性。

激しくカールした髪をかき上げながら、店のメニューを開いた。


「シチューハンバーグと、この野菜スープを頂戴」

「は…はい。かしこまりました」


ハンディ端末に入力し、注文を復唱する事も忘れて急いでキッチンへ向かう男性ウェイター。

キッチン担当の男性達も相変わらず眉をひそめて話をしている。

なんだか…空気がピリピリしているな。



「ねぇ?皆どうしたの?」

「えぇ…ちょっとあのお客さん問題があって…」

「問題?普通のお客さんに見えますけど」


ビッキーとリッキー、そしてルーイがコソコソと話している間にキッチン担当が調理を開始する。

数分後、注文された料理が完成。

別のウェイトレスが器用に料理を運び、女性の前に順番に皿が並べられる。

彼女はフォークを握ってシチューハンバーグに手を付け始めた。

よく見るファミレスの光景、やはり至って普通だ。

一体この女性のどこに問題があるのだろう。

ジム達は相手に気づかれない程度にテーブルを覗き続ける。





「店員さん!ちょっと来て頂戴!!」


料理を半分程食べ終えた頃だった。

突然彼女はボタンを何度も押しながら大声で店員を呼び出した。


「始まった…」

ルーイのため息混じりの小さな声に、隣に立っていたナイジェルが目を向ける。



「お客様…どうかされましたか?」

接客をしていた若い女の子のウェイトレスが急いで駆け寄った。

料理を作った男性達が心配そうに彼女の姿を目で追い、ピリピリとした空気が極限まで高まっている様子が窺える。


「これを見てみなさい!髪の毛が入ってんでしょ!」


嫌らしく塗りたくった赤の派手なマニキュアの指。

それが指差す先のハンバーグの端に長い髪の毛が混入していた。


「私はパーマをかけてるのに直毛の髪が入ってるって事はここの店員の髪の毛って事でしょ!?気色悪いわ!」

「左様でございますか。申し訳ございません。只今新しい料理をお持ちいたしますッ…」


慌てて料理を下げ、キッチンへ走るウェイトレスを目で追うルーイと6人。


「おかしいよ。やっぱり…」

「どういう事?」

「あの人が来る度来る度…必ず料理に変なものが入ってるの。さっきの髪の毛とか、虫とかゴミとか。
だからあの客の料理は皆特に慎重に作って運んでる。なのに毎回あんな感じで…」


チラッとルーイは、鼻息を荒くしてソファーに踏ん反り返っているおばさんを睨んだ。


「絶対あの人が自分で入れてるのよ」



どうやらあの中年の女性はよく来店しては店員に文句を付ける…世に言うクレーマーという奴らしい。

店員の空気が突然悪くなりだした理由がよくわかった。

ウェイトレスがキッチンに置いた皿の中、不自然に入った髪の毛を見てみた。

黒で直毛の長い糸のような髪。


そうこうしている間に新しい料理が出来たようだ。

お詫びとしてドリンクが付いている。

先程と同じウェイトレスが慎重に運んで彼女の前に出し、何度も頭を下げて謝っている。

その光景を見て「酷いな…」とポツリ、ジムが呟いた。



「全く…いつもいつも。どーなってんのよ、この店は」

「大変申し訳ございません。今後このような事のないよう、スタッフ一同気をつけます」


もう一度最後に深く頭を下げ、若い女性のウェイトレスはキッチンへ戻ろうとした。

その瞬間…


「ちょっとアンタ待ちなさいよ!」

「はいっ?」

再び呼び止められて振り返る。

すると彼女は同じく真っ赤に塗りたくられている唇をつり上げ、悪そうに笑う。

そのまま偉そうに肘をテーブルに付け、せっかく新しく作ってもらったハンバーグに雑な手付きでフォークを突き刺しながら言った。



「客が毎回毎回嫌な気分になってるのよぉ?もうちょっと何かサービスしなさいよ」

「え…そう言われましても…」

「なんなのよ!アタシが何回被害に遭ったと思ってんの!?アンタは店員でアタシはお客様なのよ!
これ以上刃向かうんなら、ここの店の事周りに言いふらすわ!!」

「いえっ……そんな…」


ヒステリーに再び怒鳴り散らす客に、ウェイトレスは今にも泣き出しそうになっている。

立て続けに呼び出しボタンを投げつけ、フォークを向ける始末。

まだ20歳にもなっていない女の子に対してあまりに酷い仕打ちだ。


「ルーイちゃんっ…あれは…」

「あれもいつもの事なの。異常にサービスを求めてきて…料金の大幅値下げや、大量の割引券提供の要求までされた事もあるのよ。
酷い時はそれに甘んじて土下座をさせられた店員もいるわ」


ビッキーは怯えながらルーイの手を握る。



「他になんかあるでしょ!?店の売り物を渡したり、代金をチャラにしたり!!」

「そ…そんな…」

「お客様の言う事が聞けないって言うの!?」

目が血走り、大声で喚く姿はまるで熊。


「マズいわね。これじゃ他の客にも迷惑よ」

サラの言う通り、周りの客も驚いて全員会話がなくなってしまっている。

このままでは店のイメージまで下がりかねない。

しかしこのおばさんも客のひとり。

下手な事をすれば、何をしでかされるかわからない。

やはりこのまま彼女の言う事を大人しく聞くしかないのか…


キッチンスタッフが彼女が新たに要求してきたチョコレートパフェを作り始めた。

その間、女の子はずっと説教をされ続けている。

自分が他人よりも優位に立っている優越感に浸っているのか。


きっと皆悔しいはずだ。

何か…

何か良い方法はないのか。
















「うるせぇ…」










「……っ?」


どこからか声が聞こえた。


「だっ…誰よ、今うるさいって言ったのは!?客に向かってそんな事言っていいと思ってんの!?煤v


頭に血が上り、興奮して立ち上がるおばさん。

しかし声の主はまだ見当がつかなくて、右へ左へ首を回し店員ひとりひとりを確かめる。


「アンタ!?アンタでしょ!?じゃなかったら、その小娘ね!?誰に口を利いてると…」




ガッ!!!!!




「うるせぇっつってんだろーが!!」



女性は突然背中を掴まれ、前にバランスを崩したがすぐに後ろに引き戻された。


彼女の後ろに座り、先程まで耳にイヤホンをさしていた男性客が声の主だった。


その人物にジム達6人の目が大きく見開く。



「…バレルッ!?」


思わずリッキーが叫んだ。

おばさんの背中を強く掴んで怒鳴っていたのは、かつての彼の友人であり、先日ウィンディランを乗っ取ろうとしていたバレル・ヒューストンだった。

たまたまこの店を訪れ、偶然にもこの席に座っていたらしい。

リッキーの事など見向きもせずにおばさんの背中を雑に離すと、ドスン!という音と同時に彼女は豪快な尻餅をついた。


「なっ…何すんのよ、アンタ!」



「ウゼェ…消えろ」

「は!?なんでアンタにそんな事言われ……ッ!」




ギッと鋭い冷酷な目つき。毒々しい蛇のピアス。

今まで感じた事のない猟奇的なオーラに、咄嗟に身の危険を感じたらしい。

テーブルに手をついた瞬間、皿に当たってガシャンと野菜スープが零れ床に落ちた。


「っ…信じらんない!なんなのこの店!」

慌てて荷物をまとめ、一秒でも早くバレルから離れようとペンギンのようなペタペタと覚束ない足取りでレジへ走る。

よく見ると大量の汗で厚い顔のメイクが落ちかけている。

…バレルに負けじと色んな意味で怖い顔だ。


「訴えてやるわよ!こんな店!周りにも言いふらして、そして…」


中年の女性はドアの前に立ち、ヒステリーで且つ異様な早口で叫びまくっている。

怒り心頭のまま、市役所に駆け込んでやると怒鳴り散らし…




「潰してやるわよッ!こんな店…………キャッ!煤v



おばさんの手に突然、四角の物体が弧を描いて投げ込まれた。

一瞬だったが上手くキャッチする事に成功し、自分の手の中にある物に驚いて二度見をしてしまう。


彼女が手に持っていたのは、青い蓋がついた中型のタッパー。

重みがあり、中に何か入っているようだ。


「なっ…何よ!?誰!?今投げたのは!!客に向かって…」

「俺だよ」


前に立っていたリッキーの肩を押し出し、集団の中からひとり出てきたのは、タバコに火をつけるナイジェルだった。



「……………ッ//////」



彼の姿を見た瞬間、何故かおばさんの顔が急に真っ赤になり口が止まる。

先程の耳に響く怒鳴り声はどこへ行ったのか。

急に固まった姿はまるで電池が切れた人形。



「サービスだ。持ってけ」

「な、何よ!こんな物で許してもらおうなんて!」

「いーから開けてみろって」

「…………///」


頬は徐々にピンク色に。

おばさんはナイジェルに言われた通り、そっと蓋を開けて中身を確認してみる。


コイツは色んなネジが緩んでいるように見えて、実はメンバーイチ頭の切れる奴。

全員の目がおばさんの手元に集中すると…





「……何あれ?」


ルーイがぽつりと呟いた。



茶色の液体に漬けられた緑色の光沢のある物体が。


5本に枝分かれしたその正体は…










ボビーの手羽先。









ナイジェル「ピルマッケだ」

サラ「え?あれが!?」







世にもおぞましいボビーの手を使った手羽先料理。

まだピクピクと微かに指先が動いていて、その動作が不気味感を一層強調している。

さすがにこんな物を貰って喜ぶ人間などいるはずが…



その物体を見るおばさんの目に力がこもっている。



「それやるから、もう今度から馬鹿な事すんなよ。ババァ」

「ババァって…客に向かって……ッ////!」


ナイジェルと目が合って、思わず女の顔になって背ける。



ときめきメモリアルモードだ。



「こ…こんなもの貰ったって…こんなもの貰ったって、全然嬉しくないんだからねッ!」


大事そうにタッパーを両腕で抱えて店を飛び出すおばさん。

その走り方は何故か乙女走り。



「「…………。」」

その一部始終を見て、先程より全員のテンションが下がってしまったのは言うまでもない。


ナイジェル「ん?なんだ?お前らボケッとして」

ジム「すげーよビックリだよ。世のおばさんの目にはお前がジョニー・デップに見えるフィルターがかかってるんだな」


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