……………

カランッ!

お金を入れてボタンを押すと、いつものようにサイダー缶が出てきた。

メインルームに昔からあるこの自動販売機は、もう私の友達のようなもの。

一度もサービスをしてくれた事のないドケチな友達だけど。


今は夜の11時。

時計の針をチラッと見て小さく息を吐いたサラは、誰もいない部屋の中をグルグルと歩き回りサイダーを一口含んだ。



「…美味しい」

「サラ?」


扉が開く音と、その声が同時に聞こえた。


「リッキー?どうしたの?」

「いや…なんだか眠れないんです。電気がついてたので、誰かいるのかと思って」

「そう。よい子は早く寝ないと明日起きれないわよ」

「またそうやって子ども扱いする…」


眉間に軽くシワを寄せたリッキーは部屋に入ってきて、ふらりとソファーの端に腰をかけた。


「…………。」

「…………。」

「…テレビでも観ましょうか」


ポチッ。


『マークッ!私…貴方の事を愛しているわ!』

『メアリー!僕も君の事を愛していたっ…』

『もうっ…離さないで…!愛してるから!嗚呼ッ!』


プチンッ。


咄嗟にテレビ画面の電源を切ったのはリッキーの方。


「なんで消すの?」

「いや…その…」

「観ましょうよ。暇なんだし」

「ちょ…あの…!やめましょう」

「なんで?」

「リモッ…リモコンの電池がもったいないから」


言い訳をしながら、大切なリモコン君をサラから離れた場所に置いた。

「変なの」と首を傾げる彼女に対し、彼はなんとなく落ち着かない様子。

サラはため息をついて、飲み終わったサイダー缶をゴミ箱に入れた。



「ジムとビッキーの事…」

リッキーはポツリと呟いた。

テレビの話題から逸らす為か、口からポロッと出てしまったのかはわからないが、

恐らくどちらもあると思う。


「考えてたんです。だから…色々考えてたら何だか眠くなくなっちゃって。サラは違うんですか?」

「………。」

何も言わずにリッキーの隣に座る。

近くに来られるとふわっと女性の香りがして、何気なく目を逸らしてしまった。


「そうね。私もリッキーと同じ事考えてたら、いつの間にかここにいたのかも」

「…………。」


確かにここ数日、あのふたりはずっとギクシャクした気持ちの悪い感じ。

すぐに関係は元に戻るだろうと、甘く考えていた自分が間違っていたのか。

第三者として見ていてもなんだか息苦しく、見るに耐えない。

サラは横に垂れている前髪を耳にかけた。


「なんか…可哀想だなって思って。お互い想い合ってる事は誰から見たってわかる事なのに。なかなかうまくいかないからさ」


ふたりボーっと真っ暗のテレビ画面を見つめ、そして会話はなくなる。




ガチャン。


「…あ?何してんだ、お前ら」

そこへ偶然メインルームに入ってきたのは、火のついていないタバコを咥えたナイジェルだ。


「あ、ナイジェル。まだ起きてたんですか?」

「オメーみてーな小学生と一緒にすんな。
つかサラ、なに考えてんだ。こんな時間に男とふたりきりになるなんて。襲われるからダメだっつったろーが」

「うるさいわね。アンタとふたりでいるより数億倍安心よ」

「サラ…。その安心感は嬉しいですが、男としては地味にショックなんですけど」

「ショックの意味がわからない。いいじゃない。まかせて安心終身医療保険よ」

「お前の言ってる意味の方がわからねぇ。じゃぁ、俺は何保険の安心感なんだよ?」

「ナイジェルは問題外。保険金目当て連続殺人事件」

「それは全然安心出来ないですね」


ナイジェルは彼らの座っているソファーの後ろに立ち、胸ポケットからライターを取り出してタバコに火をつけた。

うっすらと濁った白い煙が天井に向かって登り始める。


「で、どうしたんですか?こんな時間に。もしかしてナイジェルも眠れないんですか?」

「俺がんな繊細なわけあるか。10秒で寝れるわ。
大量のボビーが部屋に押し寄せて来たから逃げて来ただけだ」

「あら、モテモテじゃない。付き合っちゃえば?」

「思ってもない事言うな」


冗談なのかそうではないのか、わからない普段のだるそうな表情でナイジェルはタバコの煙を吐く。

テレビもついていない静かな部屋には、秒針の音が微かに聞こえている。


「お前らはなんだ?あのバカップルが気になって気になっておねんね出来ねーのか?」

「バカップルって…。ビッキーとジムの事です」

「バカップルだよ、ありゃ。それでどうやったら自分達が恋のキューピットになれるかを相談してたってのか?」

「まぁ…率直に言えば…ね…」

軽く手に顎を乗せ、サラが俯いた。


「……ッ…」


その瞬間にソファーに座っているふたりの頭が急にグッと重くなる。

後ろに立っているナイジェルが手を乗せてきたのだ。



「ほっとけ」

「え?」

手が頭に乗ったままのサラとリッキーは驚いて瞳を上げた。

「他人の色恋沙汰に首を突っ込んだって、ロクな事にはならねーよ」

「そんな…だって俺達は仲間でしょ?」

「これはアイツら自身の問題なんだ。俺達が勝手にでしゃばった所で関係をかき乱す事にしかならん。
ここで黙って見ててやんのが仲間ってもんだろ?」

「ナイジェル…」


遊ぶように手をワシャワシャ動かされ、自慢のヘアスタイルが乱されている。


「もし…アイツらが自分から助けを求めてきたら手を貸してやれ。俺達がやる事はそれだけでいいんだよ。
お前らが頭抱えて悩んだって、今は仕方ねぇ事なんだ」


最後に頭を軽く撫でて、ナイジェルは手を離した。

髪型はもうグチャグチャ。


「じゃ、俺はそろそろ寝るわ。んな時間だし、お前らも早く寝ろよ」

髪の事を謝るわけもなく、彼はその場を立ち去ろうとする。

背中を見せ、ドアを開けた瞬間…


「あ、そうだ」

突然何かを思い出したのか、開けかけていた扉を閉め、パンツのポケットを漁りながら彼は戻ってきた。



「やるよ、これ」

「…え?」

若いふたりに差し出したのは2枚のチケット。

その紙には「ワンダードリームランド 大人無料券」と派手な文字が書いてある。

グレーの髪を綺麗に戻しながら、不思議そうにリッキーが覗き込んだ。


「あ、これ…あの有名な遊園地のチケットですよね?なんでナイジェルがこんなもの持ってるんですか?」

「さっきボビーに貰ったんだよ。アイツと行く気はなかったけど、タダでくれるんなら貰っとこうと思ってな」

「俺達が貰っていいんですか?」

「別に俺興味ねーし」

「本当ですか!やった!ありがとうございます!ナイジェルがジェットコースター乗れなくてよかった!」

「お前もお化け屋敷入れねーだろうが」


なかなか手に入らない、人気テーマパークの無料チケット。

それがひょんな事からタダで手に入り、年下の彼は子どもみたいに嬉しそうに飛び跳ねたが、
隣に座っているサラはなんだか不思議そうな顔をしている。


「どうした、サラ?いらなかったか?」

「いえ…ありがとう」


のんきに喜んでいるリッキーをよそに、ナイジェルは彼女にだけ肩を軽く叩いて少しだけ謎の笑みを見せた。


「じゃ、今度こそ寝るわ」

「ありがとうございます!今度…えっと…お菓子買ってきます!」

「あぁ。酒のつまみ一年分な」

「一年分!?」


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