……………


「七音はどこに行った?」


事務所の扉を開けるなり、男は近くでゲームをしていた日晴に問いかけた。


「えっと…美空さんなら確か文化ホール創立30周年記念のパトリック講師の演説会に行ってるはずっすよ」

「その講師からアイツが会場からいなくなったと連絡が入った。ったく、アイツはいつもいつも…」

「ナオ君、またサボって遊びに行っちゃったんだねぇ。あはは、いつもの事だよぉ」


雨宮が頭を悩ませる横で、のんきに雪之原がチョコレートをかじって笑っている。

七音の世話係であり母親のような存在の雨宮は、情けなくて大きなため息をつく。

そして力なくソファーに腰掛けた。


「仕方ない…。帰って来たらまたみっちり説教だ」



「たっ・だ・い・ま〜〜〜〜〜〜☆」





説教タイムスタート。


日晴「漫画みたいなタイミングっすね…」



「七音!ただいまじゃない!今はパトリック講師の演説会の時間だろう!?今までどこに行っていた!?」

「ねぇねぇミヤ君!聞いて聞いて聞いて!」

「お前はいつもいつも…そろそろ大人としての自覚をしっかり持て!いつまでもこういう自分勝手が通用すると思うなよ!」

「見つけちゃったよ!マジで僕の第六感がピピーンッて来たの!」


全くもってふたりの会話は成り立っていない。

まぁ、美空が雨宮の説教を真面目に聞いた事なんて一度もないので、これが普通といえば普通だ。



「いいか?七音よく聞け。今伸び盛りの僕達にとって大切なのは…」


ガッ!


長々続くかと思われた真面目眼鏡の説教。

しかしその話を突然遮ったのは、美空ではなく後ろに立っていた長身のクラウディだった。

見上げる雨宮に対し、ドアの向こう側を指差す彼。

どうやら美空の他に、誰か別の人物がいる事に気づいたらしい。


「あ、わかった?ディはさすがだな」


ニヤッと笑った美空は、ドアの向こうで待っている人に話しかけ始める。


「大丈夫だって!ほら、おいでよ?…平気だって!」


またナンパしてきた女でも連れて来たのだろうか?

正直、全員そう思っていた。


ったく、コイツはどこまでいってもコレばかり…

人の話を1%も理解していない。


「七音、いい加減にしろ。女遊びも大概にしないと…」


ザッ

美空が強引に手を引いて、倒れそうな体勢で顔を出した人物。

咄嗟に雨宮だけではなく、全員の目がパチッと開いた。

彼が連れてきたのは女には違いない。

その予想は外れてはいなかったが…


「…ッ……!……あのっ……///」



今までの女性達とは、随分系統の違う人のようだ。

露出のほとんどないロングスカートのワンピース。

化粧っ気もない顔で、前髪ぱっつん、パーマもかけていない髪をふたつに結っているだけ。

随分控えめな印象の華奢な女の子だった。

そして何故か顔を赤らめて、何も言わずにオロオロしている。


今までの女性は派手で男慣れしていそうな軽めな人ばかりだったので、
あまりのギャップに怒る事を忘れてしまったのか、雨宮も口が止まってしまった。





目の前には知らない男の人がたくさんっ…

生活の中で父親と美空以外ほとんど男性と話した事がなかったエマは、緊張と恥ずかしさで挨拶をする事も出来ない。

ただ、どうすればいいのかわからなくて挙動不審に周りを見ていた。



「あの…」

「…ひゃっ!」


雨宮が手を伸ばそうとした瞬間、驚いた彼女は慌てて美空の後ろに隠れてしまった。


雪之原「あぁー!リツ君が女の子泣かしたぁ」

雨宮「ち…違う!僕はただ様子がおかしかったから、少し気になっただけであって…」


「それにしても美空さん。今回は随分雰囲気の違う可愛い子を連れてきましたねぇ。新しい彼女っすか?」


日晴の言葉に、彼はヘラヘラ笑いながら腕を組んだ。


「心外だなぁ、ヒーちゃん!僕は女の子とお喋りする事が好きなだけであって、別に手を出したりなんかしてないし!」

「じゃぁ、その子はどうしたのぉ?」

「彼女はエマ・ガーネットちゃん。最近僕が出会った女の子でね!ちょっと地味だけどいい子だよ?」


相変わらず美空が連れてきた「エマ」という女性は、恥ずかしそうにこちらを上目遣いで見たまま。

背も小さいし、なんだか雰囲気が小動物みたいだ。


「そうか。エマさん、さっきは驚かせてしまってすまない」

「…………。」

とりあえず雨宮が先程の行動に詫びを入れたが、何故か反応が返ってこない。

それも当たり前だ。


「あぁ、エマちゃんは生まれつき耳が聞こえないんだよ」

「耳が?という事は、七音が前に言ってた難聴の女性って…」

「うん。『サイレントレディ』のモデル。あ、コミュニケーションを取りたい時は紙に字を書くか、携帯に文字を打って見せてやってね。
言葉は一応話せるみたいだから、ちゃんと返事はしてくれるよ」


彼女があの「サイレントレディ」のモデルになった女性。

4人は改めてマジマジと見てみた。

どう見てもどこにでもいる普通の女の子だし、とても耳が聞こえないようには見えない。


前に立っていた雨宮は数回咳払いをした後、再び美空の顔を見た。

「全く…今から講師の元へ行った所で演説は終了する時間だから仕方がない。話だけは聞いてやる。
何故、彼女をこの事務所に連れてきた?理由を説明しろ」


「あぁ。それはね…」









美空の回答に全員が耳を疑った。

それもそのはず。

いきなりこんな話を聞かされたって、誰でも戸惑うに決まっている。


- 400 -

*PREV  NEXT#


ページ: