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カフェを飛び出した七音君に腕を引かれている最中だった。
信号待ちでようやく足を止め、驚きと体力消耗に息を切らしていると、彼は唐突にその紙を私に見せてきた。
『僕達「weather life」の作詞担当を任せたい』
「…えっ!?」
息切れ切れの彼女とは対照的に、あれだけ走ったのに普段と全く変わらない息遣いの美空。
余裕の表情でいきなりそんな紙を見せてきて、何も考えられずに声が漏れた。
「む…無理だよ!」
『僕達、メロディーを考えるのは得意なんだけど、歌詞を考えるのが皆苦手なんだ。全部エマちゃんに任せるんじゃなくて、一緒に案を考えてくれる程度でいいから。力を貸してくれない?』
「そんな…」
『ダメ元でもいいから!聞いてみよ?』
再び信号の色が青に切り替わった。
掴まれる腕。走り出す足。
寒空の下、冷たい風が吹き抜ける横断歩道を駆けていく。
私には少しの言葉さえ言い返す余裕もなかった。
*****
「ちょっと待て、七音。本気で言ってるのか?」
やはり最初に突っかかってきたのは、クソ真面目眼鏡の雨宮だ。
見ず知らずの人に、突然自分達バンドグループの作詞担当を任せたい?
weather lifeを実質的に取りまとめ、守り抜き、成長させ
誰よりもバンドを愛しているこの男にとって、こんなとんでもない提案は簡単に受け入れられるものではなかった。
「そのっ…言い方は悪いが、彼女はお前がたまたま会った素人だろう?さすがにそれは…」
「じゃぁ、ミヤ君。文句を言う前にこれを読んでみてよ!」
美空から渡されたのは一冊のノート。
「なんだ?」
「いーから!」
雨宮の後ろに他の仲間達も集まり、彼は眉間にシワを寄せるも、言われるがままにそのノートを開いた。
「これは…」
「彼女がいつも書いてる日記やポエムだよ。耳が聞こえない分、独特の感性を持ってて、意外と良いフレーズが結構あるでしょ?」
「うむ…」
仲間達も見入って文章を読み込んでいる。
「僕達っていつもテーマや歌詞考えんのに時間かかるじゃん?
だからさ、彼女に歌詞を作る手伝いをしてもらって、そこから僕達が音楽を作ってくってのはどう?ナイスな考えじゃない!?」
雨宮の手によってページが捲られてゆく。
「エマっち、凄いじゃーん!僕これスキだよぉ」
「良いっすね!俺もそう思うっす!」
内容を粗方読んだ雪之原と日晴はこの反応。
ふたりの後ろから読んでいたクラウディも笑顔で頷いている。
思っていたよりも良い受けだ。
「…確かに…悪くはない」
ヨッシャ、一番の問題だったミヤ君もこう言ってる!
やっぱり天才のこの僕の見る目は間違っていなかったんだな!
「しかし…やはりこの業界に全く足を踏み込んだ事のない人間を、そう簡単に仲間に入れるわけにはいかない。現実とはそういうものだ」
うわ、出た。
ミヤ君必殺スキル「伝統に拘りすぎて、新しい文化に抵抗する日本特有の頑固親父」戦法。
これが発動されると、この男は非常に面倒臭い。
「いや、別にいいじゃん、ミヤ君。一度やらせてやれば…」
「この世界はそんなに甘い世界ではない。それは七音、お前が一番よく知ってるだろう?」
「そんな事言われちゃ…何も言い返せないけどさ」
一気に暗いムード。
そこで少しだけ、雨宮と美空の後ろに隠れていたエマの視線がぶつかった。
何を言っているのかわからないらしいが、彼の険しい表情に良くない返答を想像しているのかもしれない。
とても不安そうな顔をしている。
「………。」
「…ミヤ君?」
「2週間だ」
「っ…?」
美空が数回瞬きをする。
「2週間だけ時間を与える。その間に僕が納得する良い詩を書けたなら、彼女の採用を検討しよう」
「本当!?」
「あぁ」
やったー!と、まだ入れるとも決まっていないのにぴょんぴょん飛び跳ねる美空。
その行動に驚いてピクッと背中を震わせた後、何も聞こえないエマは状況がわからずにオドオドしてしまっている。
『Two weeks(2週間)』
「……ッ?」
彼女の耳の事も忘れて好き勝手に騒いでいる美空に呆然としていると、英語の文字が打たれた携帯を見せてくれた人がいた。
ヨーロッパ系の背の高い男性だ。
『It will be adoption if new poetry is considered in the period.(その間に新しい詩を考えれば採用だよ)』
小柄な彼女が頑張って見上げると、彼は包容力のある優しい笑顔を見せてくれた。
『Do your best.(頑張って)』
これはいわゆる採用試験のようなもの。
彼らを納得させる詩を書けば合格。
仲間に入れてもらえるという事なんだ。
私に残された時間は…あと2週間。
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