……………

それから美空はエマと向かい合わせに座り、彼女の詩を一緒に考え続けた。

コーヒーは既に3杯目。

正直お腹はタプタプで、2度もトイレの為席を外した。


1時間、2時間と時間が経つごとに周りの客も増えてきている。



『それはコッチの方がいいんじゃない?』

『それいいね!採用!』


かつてこの究極のサボリ魔が、ここまで真剣に詩作りに専念した事があっただろうか。

態度は相変わらず粗雑だけど、きちんと音楽家としてアドバイスをくれるし、良い案が浮かんだら褒めてくれる。

彼の顔を見ていると自然と心が温かくなって、気づかれないように手でペンをギュッと握り締めていた。


「ん?」

「……あ…はい…ッ…///」

「はい?なにが?笑」


コーヒーを飲み、そして口を拭って笑う。

その笑った顔さえ、今の私には安心感を与えてくれるけど…

こんな地味で耳が聞こえない面倒な私の事なんか、きっと彼は何とも思ってないんだろうな。


ふいにため息がこぼれてしまった。



『それにしてもさ、良いフレーズはいくつかあがったけど、肝心のテーマが決まってないよね?』

「テーマ…」


そう言われればそうだ。

心に残る言葉はなんとなく思い浮かんで紙に並べたが、それぞれ統一性がない。

これからテーマを決めて、そのテーマに沿ったフレーズを掬い取って、繋ぎ合わせていかなければならない。

ここからが難しい所だ。


「んー…どっしようかぁ…」

美空が難しい顔をして、肘をテーブルに付けた瞬間だった。





ブーッ!ブーッ!




置いていた彼の携帯のバイブが鳴り出した。

テーブルから手に振動が伝わってきたので、電話かメールが来た事はエマにもわかったらしい。


「あ、ミヤ君だ。…もしもーし?もー!今デート中なんだから邪魔しないでよ〜」


いつものように適当な対応で通話を始めるが…


「うん、うん。……え〜嫌だ〜」


面倒そうに椅子の背もたれに腕を回して相手側の話を聞いている。

何かあったのだろうか?


「面倒臭いな………あぁ、わかったよ。行けばいいんでしょ?行けば!」



終いには眉間にシワを寄せて、美空は電話を荒く切った。

目の前には状況がわかっていないエマが、黙って報告を待っている。



『ごめん。急用が入ったから戻るね』


彼の表情を読み取る限り、なんとなくそうなんじゃないかと予想はしていた。

予想はしていたけど、エマの顔は思った以上にシュンと落ち込んでいる。


彼は苦笑いしながら両手を合わせてお辞儀をしてみせ、最初に着ていたコートを再び羽織り始める。


寂しい…

せっかくふたりで居られたのに。


『頑張って!何かあったら連絡していーから。バイバイ』

彼女の気持ちも知らずに、最後に美空はそう書いたメモ帳とふたり分のコーヒー代をテーブルに置いた。


「いいですっ…自分の…分は…払うっ……から…」

「女子は黙って奢られてりゃいーのっ!」

返事も聞こえないまま、おでこを軽く叩かれた。

きっと「遠慮するな」みたいな事を言っているんだろう。


「バイバイ」

「…ありっ…がとう…」


エマも内心残念だったが、うっすら笑みを見せて美空に手を振り返す。


歩き出す彼の後ろ姿。

歩き方もチャラチャラしてて、店員の女性達にウィンクをして店を出て行く。

彼が閉めたドアのベル音さえ私には聞こえない。



一体、電話の相手は誰だったのだろう。

「急用が入った」としか教えてもらっていないのでわからないが

多分仕事上の…この間会った4人の方の誰かか、

もしかしたら別の女性から連絡があったのかもしれない。


あんなに女性にモテる七音君だし、後者でも全然おかしくない。

そう考えると握ったコーヒーカップも自然とテーブルに置いてしまう。







カタッ






カタッ






カタッ





エマにはその足音が聞こえない。


ゆっくりとその影が近づいてきて


彼女の後ろで止まった。













トントン







「ッ…?」



突然、背中を軽く叩かれた。

気づくと自分の前にうっすら大きな影が出来ていて、

誰かが後ろに立っている?


「…はいっ……?」


『Hello』


目の前にはそう書かれた紙がこちらに向けられている…?

当然だがナンパをされた経験もない。

全く予想しておらず、目を丸くキョトンとしてエマは顔を上げた。

背の高い人。

立っていたのは、七音君のバンド仲間の男性だった。

確かヨーロッパ系の…私に携帯を通じて状況を説明してくれたあの人だ。


「…貴方はっ……えっと…」


そういえば名前をまだ聞いていなかった、とオロオロしていると…



『My name is Cloudy Melodious.(自分の名前はクラウディ・メロディアスです)』


『Hello』の隣に、スムーズに書いてくれた。

まだほとんど関わった事のない人と、こんなに簡単にコミュニケーションを取れたのは初めてだ。

なんだか…私の考えている事がわかってるみたい。



「クラウディ…さん…。…そのっ……ここに…どう…して…」

『I am the frequenter here.(自分はここの常連なんだ)』


どうやら彼はエマ達の反対側の部屋の隅に座っていたらしく、こちらの存在に気がついてやってきたらしい。

もしかしたら最初から見ていて、美空がいなくなるのを待っていたのかもしれない。


それにしても彼は私と同じ、このカフェの常連だったなんて…全く気がつかなかった。

七音君もこの人も、私の事を気にかけてくれてるのかな。

全く前へ進めていない自らの状況に、申し訳ない気持ちが込み上げてしまう。



「すみません…まだ、詩………出来てなく…て…」

「………。」


不安そうに顔を上げると、彼は優しく頷いていた。

関連性のないフレーズを並べているだけのページを指差し、「わかってるよ」と言っているみたい。


「ご…ごめんなさい…」


彼女のこの言葉に、「謝る必要はない」と言いたげな顔で首を横に振る。

そのままクラウディはエマの手を掴み、突然立ち上がらせた。


「…なっ……なに?」

彼の空いている手の動作は、指を手前に曲げて「おいで」の動き。

自分の行く所に、付いて来て欲しいの…?

一体、何の為に?


とりあえずこのまま黙って椅子に座っていても仕方がないので、慌てて自分の荷物をまとめ始めた。

この人…全然口を開かないけど…


なんだか信用出来る気がする。


エマはクラウディに連れられるがまま、寒空の広がる店の外へ出る事となった。


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