……………

「ナオく〜ん!ちょっと下に降りて、ケンタッキー買ってきてよぉ」

「えぇ嫌だし!外寒いし!」

「やだぁ、お腹空いたぁ」


雪之原のわざとらしくあざといお願いも、断固拒否した美空。

外が寒いのももちろん立派な理由のひとつだけど、もうひとつ忘れてはならない理由があったからだ。


「今日はついにエマさんの詩の締め切り日っすもんね!美空さん、彼女が来るのを待ってるんすか?」

「まぁね。レディが会いに来てくれるってのに、ほっぽいて外に行くなど紳士として失格だろう!」

「紳士なら迎えに行ってやるのが礼儀じゃないのか。相変わらずお前の考えには芯が通っていなくて呆れる」

「あぁ…」


雨宮に痛い所を突かれて、額に汗マークを浮かべる美空。


「それにしても肝心の詩は出来たんすかねぇ。
2週間で1曲分の歌詞を、しかも初心者が作るなんて普通の人には無理っすよ。
ただでさえ耳も聞こえないのに。
雨宮さんもか弱い女の子相手にキツい難題を突きつけるっすね」


「コホンッ。前にも言った通り、現実はそんなに甘いものではない。
僕達だって多くの壁を乗り越え、挫折を繰り返してここまでやってきたんだ。
生半可な気持ちでここへ来たとなれば、付いて来れずに辞めてしまう事は目に見えている。
彼女にその意志と覚悟があるか見極める事が、今の僕達の仕事だ。

それにこの世界では、男や女という存在は意味を持たないからな。
女だからと言って甘えるような人間に、情けをかける必要はない」


雪之原「リツ君はこれだから、顔ではモテても性格でモテないんだねぇ」


「納得」と全員が頷いて、次は雨宮の額に汗マークが浮かび上がる。


そこで美空が残念そうに肘をついて口を開いた。


「でも、エマちゃん。一週間前に会いに行った時は、ほとんど何も出来てない状態だったんだよねぇ。
かろうじて僕が手伝ってあげて、いくつかフレーズは上がったみたいだったけど。
その後は大丈夫だったんかなぁ…」

「そうだったんすか?それは心配っすね」


不安な表情を見せる日晴だが…



「ん?なんすか、クラウディさん。そんなにニコニコ笑って」

「……?」

何故かクラウディひとりだけが、普段と全く変わらない柔らかい笑みを浮かべていた。

目が合った日晴に向かって、彼は一度コクンと頷く。


「それは『大丈夫』って意味の頷きっすか?」


窓に寄りかかったまま、もう一度頷いた。


「クラウディさん…もしかして何か知ってるんすか?」


その質問には、アメリカ人が大げさにするような「わからない」の動作が返ってくる。


この人は…本当に謎の多い人物だ。


見ていた全員の頭の中に、同じ言葉がよぎっていた。




コンコンッ!




そこで背中を向けていた扉から、小さい2回のノック音が聞こえた。

時間も時間だ。

彼女に違いない。


「おっ!来た来た!エマちゃーん。待ってたよ!」





ガチャン!




「……ッ!」


美空が何の配慮もなく突然強く開いた為か、扉の向こうには驚いて腰を抜かしそうになっているエマの姿があった。


「あ?ビックリした?ごめんごめん!」

雨宮「聞こえないんだろ。きちんと紙に書いて謝れ」




エマ・ガーネット。

頬を赤く染めてキョロキョロしている、内気で大人しそうな小柄な女の子。

蝶の付いたヘアアクセとふたつに結った長めの髪が、今日も可愛らしい印象。

彼女の手には、先日の物とはまた別のA4サイズのノートが握られていた。




やっぱり一度顔を合わせているとはいえ、こんなにたくさんの男性に囲まれるのは凄く緊張する。

萎縮してしまった彼女が緊張で固まっていると、美空が小さな紙を渡してきた。


『ビックリさせてごめんね。詩出来た?』


「………。」

彼女は一度だけゆっくり頷いた。

どうやらなんとか無事、期日には間に合ったらしい。


「そっかぁ!よかった!」


声には聞こえなかったが、太陽みたいに笑った顔の美空を見て、彼の気持ちが読み取れた。

そのノートを受け取ると、すぐに確認者の雨宮の手へ渡る。


周りにも特にエマの体中に緊張が走り、彼女のごくっと息を飲み込む音が聞こえてきそうだった。





「空気読んでよ」

「やかましい」




小声で耳打ちしてきた美空を払い、雨宮はノートを開いた。



「………ッ…」


一瞬眉がピクッと動き、目線は止まらずにその文字を追い続ける。

張り詰めた緊迫感。

ドアの前に立っていた彼女は、今にも心臓が破裂しそうな程足が震えていた。



「どんなん書いてあんの?僕にも見せてよ!」



空気を読めとはよく言ったものだ。

大得意のKY能力を発揮し、早速強引に雨宮の横へ美空が割り込んできた。

歯を見せて笑い、覗いたノートには…








【七色の音】








タイトルを見た瞬間、さっきまで騒いでいた彼の動きがピタリと止まる。




「これって…」



【僕の中に住む七色の音。

色鮮やかな音で満ち溢れる世界は、耳を通して体に広がる。

空へ流れ、キラキラ輝き始めた。

明るい笑顔の赤い音。

包み込む淡い橙の音】



「これは恐らく、お前を題材にした歌だ」

「僕…?」


エマがテーマとして選んだのは、目の前にいるこの男。


美空 七音だった。


「勝手に…ごめんなさいっ…。

でも……前にっ…七音君…が……私をテーマとして…きょ…曲…を…作ってくれた事……嬉しかったん…です…。

だからっ……こんっ…今度…は、私が…七音君の…歌…作りたくてっ…」


「…………。」


震える声。

再びノートに視線を移す。


【蜂蜜みたいに甘く暖かい黄色。

優しさ溢れる癒やしの緑。


時に悲しみの水色の涙を流し、

青い海に沈んで

暗い紫の底で動けなくなってしまう時もある】


彼女の女性らしい丸みを帯びた字で綴られたイメージ。


自分と彼女が考えたフレーズ、言葉の響き、全てが綺麗に混ざり合って

美空の中の音楽の世界が、鮮やかに映し出されていた。


【でも大丈夫だよ。

なんにも心配ない。

だって僕には歌があるから。

きっとまた明るい赤に戻れるよね】



彼の歌を聴いた事がない…ましてや全く音を聞き取れない人物が書いたとは誰も思わない。


「………。」


美空は本気で彼女の中に眠る才能を、もっともっと知りたいと思った。




【七色の音。

人と人を繋ぐそれは、目に映らないけれど、周りに笑顔を咲かせる魔法の響き。

僕の全て。


赤、橙、黄、緑、水、青、紫

全ての音が響き合い、重なり奏で合わせ


僕という存在が生まれる。


輝いて

もっと強く

鳴らして。


美しい空にかかる虹のmelody.


I want all people to send this sound.

(全ての人に この音色を届けて欲しい)


Don't fall.

(下を向かないで)


Don't feel sad.

(悲しがらないで)


If empty is looked up at

(空を見上げれば)


It will be audible?

(ねぇ聞こえるでしょ?)


A fortunate sound of Seven colors...

(幸せの七色の音が…)】


二番だと思われる歌詞まで、飛ばす事なく全てに目を通した。



パタン。



最後の行まで読み切り、そして雨宮は静かにノートを閉じる。


眼鏡のレンズが窓から入る太陽の光を反射して、その奥の瞳を覗く事が出来ない。







どくんっ…



どくんっ…



どくんっ…










『素晴らしい。合格だ』


「…ッ!」


その紙を見せられた途端、緊張の糸がぷつんと切れ、数秒声が出せなかった。




「…本当っ…ですか……?」


眼鏡の男性は先程までの厳しそうな表情を緩めて、初めて微笑み頷いてくれた。



「「…………。」」



「やったぁぁぁぁッ!!!」



一番に声を張り上げたのは、エマではなく雨宮の隣に立っていた美空の方だった。

至近距離で叫び声を浴びせられたため、雨宮は咄嗟に顔を歪めて耳を塞ぐ。



「いきなり大声を出すな!」

「やった!本当!さっすがミヤ君はやれば出来る子だと思ってたよ!」

「あのっ……眼鏡…割れました…よ…?…どうし…たんですか?」

「さすが天才の僕の見る目はやっぱり間違ってなかったって事だよね!エマちゃん!よかったね!」

「だからやかましい!静かにしろ!」

「……眼鏡…っ…割れ……あの…」





「なんか、本人より美空さんの方が嬉しそうっすね」

「そうだねぇ。あー見えてナオ君は結構単純だからぁ」

脇で見ていた日晴と雪之原が、新しい仲間エマに拍手を送りながら話している。


日晴「ま。何はともあれ、やっとこれでウチのチームにも華が出来たっすね!
これからもっとテンション上げて仕事に励めそうっす!」

雪之原「君も負けないくらい単純だよねぇ。あははは」




よかった…。

こんな私でも認められた。

昔から耳が聞こえない分、人一倍周りに迷惑をかけていた私。

こんな不自由な体だから、人の役になんて絶対に立てないと思い込んでいた。


そんな「私」の才能が認められ、他の人から必要とされている。



嬉しい。



こんな気持ち…生まれて初めて…。




トントン



軽く肩を叩かれ上を見上げると、背の高いクラウディが立っていた。


『Congratulations(おめでとう)』


携帯の画面に打ち込まれたメッセージ。

彼は何も言わずにニコッと笑って、エマを迎えてくれていた。



「……っ…ありがとう…ござい…ます…!…これも…クラッ…?」


せめてお礼をと口を開けた瞬間、すっとクラウディの人差し指が彼女の唇に触れた。



『内緒♪』


高い鼻をした端正な顔が、そう言っているようだ。




雪之原「あ〜。早速クララがナンパしてるぅ(笑)さすがヨーロピアンは女性に手を出すのが早いなぁ」

美空「あぁ!ディ、何やってんの!?僕のエマちゃんに勝手に手を出さないでよ!」

日晴「ちょっ!彼女硬直してるっすよ!美空さん、離してあげてください!」

雨宮「お前ら騒ぎすぎだ。5分後に音合わせを開始するから、各自前もって準備していろ!」


なんにも聞こえないけど、彼らの表情を見ているだけで楽しい気持ちが胸いっぱいに広がった。

私はこれから、この人達の仲間になって…もっともっと素敵な詩をたくさん書いていきたい。



この人達とならやっていける。


そう、誰かの声が聞こえた気がした。


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