……………

時計の針は深夜の12時を回っている。

読んでいた漫画本をテーブルに置き、サラはベッドに入ったが…

10分経っても20分経っても眠くならない。

先程飲んだ、ジムから貰った缶コーヒーのせいか。

気を紛らわそうと何度も寝返りを打つが、やはり自分の脳は眠ってくれない。

真っ暗の部屋、時計の秒針の音さえ気になり始める。


「はぁ…」


眠る努力に疲れ、ため息をつきながら上半身を起き上がらせた。


少し外の風にでもあたろう。

明日も仕事だが、このままじゃ朝まで眠れない気がする。

何もしないよりはマシだ。


足を床につけ、髪をくくりながらスリッパを履く。

部屋を出て廊下、階段を降り、メインルームの扉を開けた。

当たり前だが電気もついていない。

しかし明るくする気にもならなかったので、そのまま部屋を突き抜けてベランダへと出た。




ガチャン




微かに冷たい風が全身に吹く。

耳に入るのはその風の音、どこからか聞こえる虫の声だけ。

白い手すりに寄りかかり、真っ黒の空を見上げた。


眠くならないな…

あ、そうだ。

羊を数えれば寝れるって言うし、星の数でも数えてみよう。


お星様が1つ…

お星様が2つ…

お星様が3つ…

お星様がよ…


あ、いけない。

このままだとベランダで寝る事になってしまう。







「何してんだ?お前」

「…っ?」



こんな夜遅く。

仲間達は皆とっくに眠っていたと思っていたのに、

そうじゃなかった男が、いつの間にか背後に立っていた。


「ナイジェル。何してるの?」

「それは今俺が訊いただろ」


黒のVネックシャツにスウェットパンツのナイジェル。

特に派手さもない色合いやデザインなのに妙に色気がある大人の男。

彼は何気なく彼女の隣に立って、同じように手すりに寄りかかる。


「眠れないの?」

「大人はこのくらいの時間まで起きてるもんなんだよ」

「ふふっ。そう。貴方はお昼に睡眠時間を使い果たしてるからねぇ」


軽く眉をひそめる男を尻目に、馬鹿にした声で笑って再び景色を眺めた。




「お前はどーなんだ?」

「まぁ。寝る前にコーヒー飲んじゃって…上手く寝つけないっていうか」

「へぇ」

「アンタの掃除機のせいよ」

「知るか」


特に興味もなさそうな、低めのトーンの台詞しか返してこない。

まぁ、これが正常なナイジェ…










「じゃ、俺が一緒に寝てやろーか?」



「…はぁ?」




突然おかしな事を言い出した彼に、思わず顔を上げてしまった。


「またデタラメな事を…。からかわないで」

「マジでだよ。からかってる訳ないだろ」

「………。」


この人の言う事は大抵信用ならない。

でもたまにそれが本気なのかそうじゃないのか、よくわからない時があって

どう返事をすればいいのか、対応に困ってしまう時がある。





「な、誰も見てねーし」

「………ッ…」



妙に色っぽく、誘う男の声。

風に髪がなびいて、前髪の先が彼女のおでこにあたる程顔の距離が近い。

彼は夜の勢いに任せて、唇の距離を狭めていき…









「ダメ」


「……ッ」




あと数センチという所で、サラは顔の角度を変えて彼の口付けを拒んだ。



「…んだよ」

「私は自分を安売りしないの」

「ったく、ケチだな。1回くらいいーだろ?減るもんじゃねんだし」

「そういうデリカシーがない所もダメなのよ」


視線を逸らし、彼女は広がる住宅街の景色を眺めた。


「それに…」

「なんだ?」

「なんでもない」


手すりから離れ、サラはベランダを出る。

メインルームに足をつけると、ナイジェルは手すりに背中を預けてこちらを見た。



「やっと眠くなったのか、お嬢さん?」

「いいえ。このままアンタと一緒にいたら、何されるかわかんないから」

「ははっ。そりゃそうだな(笑)俺だって優しい紳士な外見して、実は中身は肉食の狼かもしれねーし」

「どこが優しい紳士な外見よ。外見も肉食獣よ」






それに…


ナイジェルは本気で私の事を好きじゃないって事はわかりきっている。


いつも仲間達の前で私の事を好きだと言ってくれる行為も、結局は場を和ませる為だけの偽りの言葉。

好きなんだとしても、それは愛情じゃない。

体の関係を持った所で、それはただの性欲を埋め合う関係にしかならない。

ただそれだけの相手なら、私じゃなくたって他に山程代わりはいるはず。


だから私は彼とのキスを拒んだ。




一度でも交わしてしまったら




わかっていても、私は彼を愛してしまうと思う。





ガチャン



メインルームの扉がゆっくりと閉まった。


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