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……………




夢を見た。


ナイジェルがこのまま死んでしまう夢。


私が彼の安置されている部屋へ向かうと、


青白くピクリとも動かないあの人が、ベッドに横たわっている。


第三者として見ていたが、



私と思われる人物は、泣く事も叫ぶ事もなく、


ただ…黙ってベッドの傍に立ち尽くしていた。



備えられた花。


薄暗さとか、気持ちが悪いくらい静かな部屋とか。


その後ろには、正気を失い魂が抜けてしまったかのように椅子に座っているジムや

ずっと泣いているビッキーも。





全てがあまりにリアル。


私は人生のどん底に立っていた。












……サラッ…

―――…サラッ!









「………ッ!!煤v



意識が戻ると、目の前に見慣れない白の天井が映し出された。



体が熱い。



そうだ…今私が見ていたものは夢だったんだ。


ようやく確信が持てた。



「サラッ、大丈夫ですか?」

「……っ…」


地獄の夢の世界から私を現実に引き戻してくれたのは、私の名前を呼ぶリッキーの声だった。


「リッキー…」

「すみません。寝かせておこうと思ったんですが、随分うなされてたみたいだったから…

凄い汗ですよ。大丈夫ですか?」


体がまだ思うように動かない私を気遣って、彼は自分のハンカチで私の額の汗を拭いてくれた。


よく見ると心配そうな顔をしているリッキーの後ろには、ジムやビッキー、ボビーも立っていた。



「ありがとう…っ…」


お礼は言えても、一番訊きたい事が訊けない。


ナイジェルが…どうなったのか。


もしも最悪の答えが返ってきたら…


そう考えたら、怖くて怖くて口が開かなくなった。








「ナイジェルなら…無事、治療が終わりましたよ」


「………ッ…」



リッキーは心の内が読めたのか、私が考えていた質問の答えを自ら出してくれた。



鼓動が高鳴りすぎて、聞き間違えたんじゃないのか…もう一度訊いてみる。



「………助…かったの…?」

「はい。もう大丈夫です」



体中が震えた。



ナイジェルは、助かった。



死んでいない。



彼も生きている。



その事実が現実なんだとわかって、体中にのしかかっていた見えない錘からようやく解放された気がした。




…よかった。


本当によかった。



嬉しすぎて言葉に出来ない…



「……ッ…」



顔を上げると、なんだか私と仲間達の間に妙な違和感がある事に気がついた。


ナイジェルが助かって嬉しいはずなのに…

何故か暗い顔をしたまま全員口を閉ざしている。



「どう…したの?」

「サラ。落ち着いて聞いてください」


彼は躊躇しながら視線を右へ左へ揺らし、少しだけ間を置く。


何かを覚悟している表情。











「ナイジェルは…生まれてから今日までの事を…何も覚えていません」





……え…?




どういう事?

言葉にしたつもりだったが、あまりに突然の報告に戸惑って声になっていなかった。



「自分の名前、家族、バイクに乗っていた事、俺達の事さえ…何も覚えていないんです」

「ちょ…ちょっと、いきなり何の冗談?脅かさないでよ…」


「サラ…嘘じゃないんだ」


後ろからジムもそう言ってきた。


何?揃いも揃って…


私を騙そうとしてるの?


「そんな…記憶喪失なんて漫画みたいな話が、そんな簡単にあるわけないでしょ」


「俺達だって最初はそう思いました!」


リッキーの声のトーンが上がる。


「でも…嘘じゃないんです。


昨日まで…あんなに笑って話をしてたはずなのにっ…


俺が誰なのか、一緒に何をしてきたか…全部話してもなんにもわからないんです!!」



彼の声がこもっている。

涙を堪えている証だ。


「恐らく…サラの事も…ナイジェルには誰なのかすらわかりません」

「………ッ…」


そんな…そんな馬鹿な話があるはずない。


あのナイジェルが…


私達の事を覚えていないなんて。





「サラッ…」





彼女はすぐにベッドを降り、松葉杖を使って突然歩き出した。


「どこ行くの!?」


「アイツの所に決まってるでしょ。
あの人の事よ、絶対…私達をからかって遊んでるに違いないわ」

「待てよ、お前もまだ安静にしてなきゃ…」

「離して!!」


珍しく感情的にジムの手を荒く振り解き、サラは仲間達にすぐ戻ってくる事を伝えて歩き出した。



リッキー「サラ…」

ジム「そっとしてやれ。自分の目で確かめりゃ、現実をアイツも受け入れざるを得なくなるだろ」









そうよ。


そうに決まってる。


ナイジェルが…私の事を覚えていないなんて。


そんな話あるわけがない。


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