13


……………


季節は徐々に春から夏に移ろうとしている。

外にはあまり出られず風や虫のさえずりを感じる事は出来ないが、窓側にいると太陽の光が当たってぽかぽかと暖かい。

事故を起こした時のあの重く辛い記憶から、ほんの少しだけ解放される。



その後の私達のリハビリも順調に進んでいる。

サラは身の回りの事も自分で全てこなし、普段とほぼ変わらない状態まで回復していた。

今日も薄味の物足りない病院の夕食を取り、退屈なのでテレビを観ている。


ニュース番組。

ドラマ、クイズ番組。


ざっとチャンネルを1から順番に押していくが、大して面白いと感じる番組はない。

しかしテレビを消すと、柄にもないが妙に心細くて寂しくなってしまう。


やはり何か音がないと。


ふと、別室にいるナイジェルの顔が頭をよぎった。

事故を起こしてからずっとこうやって、突然彼の事を思い出す機会が増えた。


…今、彼は何をしているだろうか。


寝ているのか、私みたいにテレビを観ているのか。


会いに行きたいけど、彼は私の事を覚えていない。

見ず知らず同然の私が行った所で、ナイジェルはきっと戸惑ってしまうに違いない。


















ビッキーが買ってきてくれた似合わない蛍光ピンクのスリッパを履き、サラは病室を出る。




…少し、覗くだけ。


部屋からテレビの音が聞こえたら、黙って引き返せばいい。


階段は手すりを使い、ナイジェルが移された505号室へと足を進める。





ここだ。





周りに人がいない事を確認し、ドアにそっと耳を当ててみた。



「………。」



テレビの音…いや、物音ひとつしない。

眠ってしまっているのか。

恐る恐る扉を開ける。


部屋は電気さえついていなかった。

毛布は膨らんでいるし、やはり彼は眠ってしまっていたらしい。




少しだけ…





顔が見たい。








「サラ…?」


「…………ッ…」



部屋にゆっくり入った途端、こちらを向いた目と目が合って一瞬大きく息を吸い込んだ。

っ…いけない。起こしてしまったかもしれない。



「ごめんなさいっ…起こした?」

「いえ、起きてました」

「フフッ…なにそのリッキーみたいな喋り方」


サラが思わず笑ってしまうと、ナイジェルは首を上げた。


「リッキー…みたいな?」

「いいの、気にしないで。こっちの話だから」


やはり何度見ても、顔はナイジェルだ。

その顔を見てると、不安だった心もなんとなく落ち着いてしまう。


「寝てていいわよ。邪魔してごめんなさい」

「サラッ…」

「…?」





「ありがとうございます」




今までナイジェルの口からは一度も聞いた事のなかった口調の感謝。


聞き慣れてなくて、思わず固まってしまう。



「俺の事が心配で、見に来てくれたんですよね?」


「えっ…あ…まぁ…そうかな…」

「俺なら大丈夫ですから」

「あ…えぇ。ならよかった」


似合わない嘘笑いをしてみせたが、頬の筋肉が不自然に動いてしまう。

でも彼もそんな私の顔を見て、軽く微笑んでくれた。



確かにそれも理由のひとつだけど、一番は貴方の顔が見たかったのが本当の所。




「おやすみなさい」

「ええ、おやすみ」


彼が小さくお辞儀をしたのを見て、扉をゆっくり閉めた。


こんな事考えてるなんて、前のナイジェルに知られたら



絶対笑われちゃうわよね。





「ありがとうございます…か…」





サラは少しだけ頬を染め、来た道をため息混じりで引き返した。


- 444 -

*PREV  NEXT#


ページ: