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……………


「なんですか、この汚い部屋は…」

「はは!自分の部屋に自分が引いてる!」

「ここが以前お前が住んでた部屋だよ。結構片付けたつもりだったんだがなぁ」

「えっ…待ってください。これで片付けた方なんですか?」


脱ぎ散らかされた服、中途半端に食べ残されて洗濯バサミが留まっているお菓子の袋。

壁に得体の知れないシミ。

あ、天井に蜘蛛がいる。

とてもじゃないが、こんな部屋に住みたいと思う人間はいないだろう。

記憶を無くす前の俺って一体…


その後、シンボルの大型テレビや自動販売機まで完備されているメインルーム、ひと休みをする為の休憩室。

共同で使用している風呂場や、キッチン、更衣室やトレーニングルームにまで案内した。

目が回りそうに色んな部屋を見せられ、ナイジェル本人も驚いているのと同時に若干疲れている様子も見られる。

そして最後に連れて来られたのが、我々自慢の大きなバイクレース会場だ。

坂道やカーブの多いコース、会場の外にまで繋がる長いコース、大きな電光掲示板、そして周りはたくさんの椅子が並んだ観客席。

設置されたライトが眩しく光り、ナイジェルは口を半開きにしたまま周りを見渡していた。


「凄いですね…。こんな所に俺は住んでいたなんて」

「まぁ、新しく改装されたのはここ最近だけどな。どうだ?何か思い出したか?」


ジムに質問されたが、彼は考え込んで答えを出せない。


やはりまだか…


焦る必要はない。


リッキーの言った通り、自分のペースでゆっくり思い出していけば…





「あの…バイクに乗せてくれませんか?」


「えっ?」



全員がナイジェルの顔を見た。


これで事故を起こし、大怪我をした事は確かに伝えたはず。


それなのにこんなに早くこの話題を切り出してくるなんて、全く想像もしていなかったから。


「…乗りたいのか?」

「はい。乗ってみたら何か思い出すんじゃないかと思って」

「大丈夫?まだ無理しなくていいよ!」

「大丈夫です。軽く回ってみるだけなので。
それに早く前の生活を思い出したいんです。皆さんの為にも俺自身の為にも」


「………ッ…」






ナイジェルの熱意にリーダーのジムが折れ、車庫の中から彼が以前乗っていた黄色のバイクを運んできた。

事故の際、バイクは大きく破損しており、もはや修理の余地がなかったため

前のものと全く同じように作ってもらった特注品だ。

送られてきた後にテスト走行をしてみたが、エンジンやブレーキ機能にも異常は確認されなかった。


そんな自分の子どものように愛用していたバイクを、ナイジェルの元に返してやる。



「これが…」


彼は若干興奮した表情で、それを隅々まで見てみる。

モーターバイクの複雑な構造に興味津々のようだ。


「あんまりスピードは出さなくていいからな。乗ってみろ」

「はい」


ジムに背中を押され、とりあえず跨ってみる。



「………。」


何も覚えていないのに、何故か落ち着くというか…妙に懐かしい気がする。

不思議な気分だ。



「一周回ってみたらどうですか?」


リッキーからヘルメットを渡される。

そのままエンジンをかけ、タイヤは土煙を舞き散らしながら回りだす。


ブオオオオオッ!


平坦な道を一周回ってみる。

時速30キロくらいか。

かなりゆっくりのスピードで。


「上手いじゃないか、ナイジェル」

「すごーい!初めて乗る人はそんな簡単に乗りこなせないんだよ!」

悪くない走りを見て戻ってきた彼に声をかけるが…


「…もう少し、走ってもいいですか?」

「え?」


再び走り出した黄色のバイク。

彼は平坦な道だけでは物足りないと感じたのか、そのままコース内に入り始めた。


「ちょっと、ナイジェル!?」

「待って、ビッキー!」


止めに入ろうとした彼女だが、思わず横にいたリッキーが腕を掴む。

そして5人は目の前の光景に目を奪われた。


凸凹な走りにくい道。

複雑なジグザグ道。

ジャンプ台に急カーブ。

スピードも先ほどよりかなり早い。


誰が教えたわけでもないのに、彼はそんな道をバイクで次々と走り抜ける。

その動きは事故以前の彼の姿と重なり、まるで昔の走りをビデオ再生しているようだ。



「凄い…」

サラの口から思わず漏れてしまう。


毎日のようにバイクに乗っていた彼。

恐らく脳みそから記憶が吹っ飛んでも、体に染み付いたそのテクニックは彼の中から消えたりしなかったのだろう。

走っている姿を見て、少しだけ希望が持てた気がした。


やはり彼はナイジェル・ヨークだ。


この技術は誰にも真似出来ない。


ちょっと物忘れをしてしまった程度で、この人間は他の人間に変わってしまったわけではないのだ。



とりあえずコースを一周回り終え、ナイジェルは息を切らしながらヘルメットを外した。



「俺っ…」

「凄い!凄いよ、ナイジェル!これなら練習すれば、元のレースに復帰出来るかも!」


見ていた仲間達が興奮気味に周りに集まってくる。


「俺が、レースに…?」

「あぁ!今までのお前と何も変わらない!
一緒にバイク乗って、飯食って、くだらない話をして…前と全く同じ生活に戻れるんだ!」


「………っ…」


嬉しそうに話すジム。

そしてその仲間達。


喜んでもらえた嬉しさの反面、

正直、心の内は不安だった。


俺は前の生活に戻っても…何も知らない。


何も覚えていない。


そんな俺がこのままこの状態でやっていけるのか。


バイクに乗れた感覚には興奮を覚えたが、この先の生活に大きな不安を拭えずにはいられなかった。

騒ぐ仲間の声に、そっとヘルメットを外す。

そして教わってもいないのに、自然と手はバイクのエンジンを切っていた。


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