16


……………


俺は…なんだか、全然知らない場所に取り残されている気がする。




バイクを車庫に仕舞い、仲間達と一旦わかれ、


汚い部屋でひとりになった。


周りの人達は皆親切な人ばかり。


こんな設備の整った環境に囲まれている。


仲間が大きく期待をしてくれている。


それなのに何故か、自分の中の暗い不安が拭い切れない。


全く見た事もない「自分の部屋」に閉じ込められ、行く当てもなく隅に小さくしゃがみ込んだ。



周りが思っている以上に記憶がないという状態は、精神的にストレスが溜まるらしい。





自分にしかわからない


孤独


怖い。


全て知っているはずなのに、何も思い出せない。


周りは全部知っているのに、俺だけ何も覚えていない。


早く思い出さないと、周りの人々にますます迷惑をかけてしまう。



目に入る、写真立てに入れられたあの5人との写真。


見た事もない表彰状やトロフィー。


自然と呼吸が早くなっていた。


だんだんとこの部屋も居心地が悪くなる。




ここは、一体どこなんだ?



俺は誰なんだ。



なんでここにいる?



黙って座っていると、謎の見えない恐怖に体が震えて思わず立ち上がった。


どこか…別の場所に行かなければ。


ここにいたら、頭がおかしくなってしまう。




ダッダッダッダッ…!





足早に玄関へ向かう。



早く…



早くっ…!







ガチャン!




「…ッ!?」



扉を強く開けた瞬間、前に誰かが立っていた。

その人物が驚いて一歩後ろへ仰け反り、俺も一瞬心臓が止まりそうになった。

あと少しタイミングがズレていたら、彼女を扉で突き飛ばしていただろう。



「…サラッ!?」

「ビ…ビックリしたぁ」


彼女は胸の部分を手で抑えた後、乱れた金髪を整え始めた。


「すっ…すいません。怪我はしなかったですか?」

「大丈夫よ。それよりどうしたの?そんなに慌てて…」


「………ッ…」



答えられない。

今みたいな事を考えていたなんて言ってしまったら、彼女は傷ついてしまうに決まっている。

必死に頭の中で別の理由を探した。



「えっと…お手洗いに…」

「プッ…ははっ!自分の家にいるのにそんな我慢してたの?しかもナイジェルが『お手洗い』なんて…面白い」

「え、面白い?」

「前のナイジェルだったら『便所』とか『小便』とかしか言わなかったしね。
いいわよ、行ってきなさい。『お手洗い』に」



彼女は笑いを堪えながら、共同トイレの方向を指さした。


最初は正直、こんなに笑う人だとは思っていなかったから意外だと感じた。

もっとクールで、冗談とか言わない人に見えていたから。


本当は行きたくもないトイレへ向かって仕方なく歩き出した。



「あ…」

「ん?」

「部屋の前にいたみたいですが…。サラは何か俺に用事があったんですか?」


「…………。」



一瞬だけ、彼女は切ない顔を見せた。


どうしたんだろう。




「ちょっと貴方に話したい事があるの。部屋で待っててもいい?」


「………ッ…」














手の泡を水で丁寧に洗い流しながら、彼女の言葉を思い出していた。


話とは一体なんだろう。


彼女とはお互い怪我をしていた事もあり、他のメンバーと比べて、まだほとんど会話を交わした事がなかった。


恐らくふたりだけでまともに顔を合わせたのは、あの病室まで俺を見に来てくれた時くらいだ。


病院で貰ったハンドタオルで手を拭き、トイレを出る。


俺の部屋で待っていると言っていたな。

いつもと同じスピードで歩き、自分の部屋の前まで戻ってきた。




ガチャン



少しだけ考える時間を置き、今度は慎重に扉を開ける。





「ごめん。突然押し入るような真似して」

「いや、全然…」


彼女はソファーに座って、俺の戻りを待っていた。

短いスカートから出ている細く長い足に、思わず目を逸らしてしまう。



彼女の隣に座る事なく、ナイジェルは立ったまま話を切り出した。



「話って…何ですか?」

「あぁ…うん…。あのさ…」


床を見つめる彼女。

数回瞬きを繰り返すと長い睫毛が揺れ、そして口を開いた。


「…無理に、思い出そうとしなくていいから」


「えっ?」



予想もしていなかった内容に耳を疑う。


「いや、そのさっ…皆早く思い出して欲しいって言ってるじゃない?
私も…最初はそう思ってた。

でも…必死に過去を思い出そうとしてる貴方の顔が…
辛そうっていうか、何か怖いものに追い込まれてる感じに見えて」





わかるのか?


この人には、俺が今どんな気持ちでいるのか。



「ごめんなさい、いきなり変な事言って」

「いや…」


彼の戸惑った表情を見て、憂いながらも笑みを見せる。


「よくよく考えたらさ。私…ナイジェルがあんな状態になった時、死んでしまうって思ったの。

怖くて…涙も出ない程怖くて仕方なかった。

でも、貴方は生きてる。

こうやって私の前に立って、こっちを見て、呼吸をしてる。

それが私にとって、どれだけ幸せな事かって気づいたの」


「サラ…」


「だから、無理に色々思い出そうとしたり、前の生活に戻ろうとしなくてもいいから。
記憶が戻らなかったら戻らなかったで、なんとかなっていくと思うし。

それに今の貴方真面目だから、思い出してしまったらショックを受けるかもしれないしね(笑)」

「ショックを受ける?」

「それは思い出した時のお楽しみよ」


彼女は軽く笑った後にソファーから立ち上がり、玄関へ歩き出した。


「私が言いたかったのはそれだけ。ごめんね、忙しい所を邪魔して」

「邪魔なんて、そんな…」

「フフッ。今のナイジェルも珍しくて面白いかも。じゃぁね」



ひとつに縛った長い金髪を揺らしながら、彼女はナイジェルの部屋から出ていった。





『思い出さなくてもいい』

『前の生活に戻らなくてもいい』




ひとり残された部屋の中。


その言葉だけがハッキリと胸の中に残った。






外の夕焼けの姿は、いつの間にか薄暗い夜の姿へ変わっている。



彼は自分の部屋の中なのに

ただ棒のように、黙って突っ立ったままだ。


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