18
……………
本日の夕食はジムが作ったカレーライスだった。
料理のレパートリーは少ないが、唯一絶対失敗せずに作れるものはカレーだと彼は自慢気に昔言っていた。
肉と野菜を切って、煮込んで、ルウを入れるだけだ。
カレー作りを失敗する人なんているのだろうかと、当時は思っていたけど
あろう事か、ナイジェルは大失敗してたな。
塩加減を間違えたとか言っていたけど…
どこで塩を入れたのだろう?
塩を入れている事自体が間違えている。
あの人らしいと言えばらしい事だが。
リッキーは狭い休憩室の蛍光灯の並んだ天井を見上げた。
そろそろサラと約束をした時間。
歯もちゃんと磨いたし、一応シャワーも浴びた。
あぁ、違う。
いかがわしい事とかは、全然考えてなくて…(汗)
彼女を不快にさせるような事態を防ぐ準備は行ったという事。
前回はバイクの練習後で泥だらけだったし、結構汗もかいていたから。
ガチャン
「あ、リッキー。もう来てたの?早いわね」
携帯を見た丁度その時、サラはやってきた。
ほぼ時間通りだ。
急いで電源を切り、それをポケットに仕舞う。
この時間を誰にも邪魔されたくないから。
「サラ。すみません、忙しいのに」
「それはこっちの台詞。色々話すの今日は私の方なんだから」
彼女は鎖骨の見えるシャツと短いスカートから、ポロシャツとジーンズに着替えていた。
「…何?その顔」
「いえ、なんでもないです…」
彼の隣に座り「疲れたぁ」と漏らしながらサラは背伸びをした。
「やっぱり疲れてるじゃないですか」
「仕事に久しぶり復帰して疲れてるの。入院してる時は暇で仕方なかったけど、いざこの生活に戻るとだるいわね」
「ダメですよ。また怪我なんてしたら。皆心配しますから」
「わかってるわよ」と、またリッキーはほっぺたをつねられた。
サラにはよくこれか、デコ(ハナ)ピンをされる。
…本人には言えないが結構痛い。
「やっぱり、サラが眠れない原因は…ナイジェルにあるんですか?」
「…………。」
サラはそっと彼の頬から手を離す。
突然暗い表情になり、それが図星だとすぐに確信した。
「私のせいで彼をあんな目に遭わせたんだもの。悩まない人間がどこにいんのよ」
サラは雑誌が置いてあるテーブルをじっと見つめる。
「でもね…どうしたらいいかわからないの。
一方的に過去の記憶を取り戻させようとしても、ナイジェルはきっと辛い思いをするだけだし。
でもこのままじゃ、リッキーや周りの皆に迷惑かけるのも見え見え。
私が撒いてしまった種なのに、何も出来ない自分が悔しくて」
「サラ…」
確かにそんな重大な問題を、俺なんかが解決出来るわけもない。
でもこんなに辛そうに頭を抱えている姿を、黙って見過ごせるわけもない。
…俺に何が出来る?
落ち込んでいる好きな女性を目の前に、リッキーは必死に頭の中で考えた。
「…何をして欲しい?」
「…え?」
無意識に出てきた言葉がそれだった。
「何をって…リッキーに?」
「俺は…何をすれば、サラの力になれますか?」
きょとんとしている彼女の顔。
あまりに漠然な質問すぎて、言葉が出なくなってしまったのだろうか。
…フフッ。
その数秒後、突然サラの口元が緩んだ。
「…サラ?」
「あははっ!いきなり何を言い出すかと思えば。
リッキーは今回の事故にはなんにも関係ないの。
だから何も気にする必要なんてない。
貴方も言ってたでしょ?話を聞いてもらえれば満足だって」
「………ッ…」
「私達の力ではどうする事も出来ない。
解決出来るのは、『時間』だけだって結局自分でもわかってるから」
サラ…
そうだ。それは俺が言った言葉…
それがわかった瞬間、途端にリッキーの元気がなくなった。
こうやって、色んな気持ちを咄嗟に隠せない所を見ると、まだ彼は幼いんだなと感じる。
まぁ、それが可愛い所なのだが。
「じゃぁ、ひとつだけ私のお願い聞いてくれる?」
「…なんですか?」
「たまにこうやって私の話し相手になって?
聞いてくれるだけでいいし、的確なアドバイスなんていらないから。忙しかったら断っても構わないし」
彼は数秒黙り、2〜3回瞬きを繰り返す。
「あ、当たり前じゃないですか!聞くに決まってます!
どんなに忙しくても真夜中でも、近くにいなかったら電話でも、絶対…」
「そんなしょっちゅうはしないわよ(笑)」
あまりの反応の良さに、彼女は面白くてお腹を抱えて笑った。
逆にその反応に恥ずかしくて顔が赤くなる。
サラが自分を頼ってくれた事が、何より嬉しくて仕方なかった。
この問題は考えているよりも深刻で、時間をかけて解決しないといけない状況だとはわかっている。
それでも俺達はこの場から逃げてはいけない。
たとえナイジェルの記憶が、この先ずっと戻らなかったとしても…
サラがきっと彼を助けてくれるはず。
そしてその彼女の重荷を俺が一緒に背負う事で、
少しでも事態が良い方向に傾いてくれるんじゃないだろうか。
サラの役に立てる。
俺が、彼女を支えてやる。
絶対に、もうひとりで悩ませたりなんかしない。
「リッキー…」
「はい?」
「ありがとう♪」
「………ッ…////」
頬を赤く染めながら、いつもの癖で笑って誤魔化してしまった。
全く、いつもヘラヘラしちゃって。
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