19
……………
ブオオオンッ!!
フェンダー部分に黄色のペイントが施されたバイクが颯爽とゴールラインを駆け抜けた。
「おお!今週に入ってベストタイムじゃん。調子良くなってきたな、ナイジェル」
白線部分でタイムを計っていたジムは用紙に記録を取り、彼の元へ走った。
ヘルメットを外したナイジェルの額には汗が滲んでいる。
レース復帰の為の練習を始めて一ヶ月は経過した。
体はバイクに操られるように勝手に動き、乗る度にそのテクニックは上達していく。
ジムからミネラルウォーターを受け取り一口含んだ。
「はぁっ…。…ありがとうございます」
「いいって!それより日に日に腕を上げてるな、お前。
なんか走ってる時の姿を見てるとさ、前のナイジェルに戻ってるように見えるんだよな。
姿はほとんど変わらないから」
「…………。」
本人からの返事はない。
水を全て飲み干し、それをジムに渡した。
「もう少し練習します。付き合ってもらえますか?」
「当たり前だろ!何時間でも付き合ってやるよ」
彼は来る日も来る日も飽きずに俺の練習に付き合ってくれる。
ヘルメットをもう一度被り、スタートラインへバイクを動かした。
前の俺と変わらないか…。
「…っ」
そこである光景が目に入り、自然と足が止まった。
濁ったゴーグルの向こう側に彼女がいた。
『無理に思い出さなくていい』
そう言ってくれた彼女。
サラはリッキーとベンチで隣合わせに座り、楽しそうに雑談をしていた。
俺にはまだ見せていない、素の笑った表情。
俺はまだどこか寂しそうな表情しか見た事がない。
前に部屋に来てくれた時も、思い悩んでいる雰囲気はあったから。
あれが本当の仲間に見せる顔。
記憶を無くす前の俺とも、あんな顔で話をしてくれていたのだろうか。
……………
「でね。この間雪之原君から聞いたんだけど、この辺り昔処刑場が近くにあったんだって」
「しょけっ……へぇ……そ…そうなんですか…」
「ウチの建物の裏門に祠があるじゃない?何百もの幽霊がいるらしいわよ」
「ゆ…幽霊…」
「特にリッキーの部屋の辺りなんか、集まりやすいポイントがあるんだって。
トイレに置いてある人形は霊を呼び寄せやすいから捨てた方がいいって言ってたわ」
「……もうやめ…あれ?雪之原君、俺の部屋のトイレ、来た事ありましたっけ?」
何でもない世間話(リッキーにとっては死活問題)をし、トイレに置いてあるチュリッキャを捨てる決心をした後、
なんとなく彼はぼんやりとレース場を見た。
「ナイジェル、頑張ってますね」
「そうね。あんなに必死に特訓されちゃ、私より実力が上になっちゃう」
「なんだか…変な感じがしますね。ナイジェルがあんなに真面目にトレーニングに取り組んでる姿って、あんまり見た事なかったから」
「…………。」
サラもバイクで走るナイジェルの姿をボーッと目で追う。
リッキーはその横顔を見ていた。
「私生活も大分変わったみたいじゃないですか。
部屋もきちんと綺麗にしてるみたいだし、理事長からの仕事をサボる事もなくなりましたし」
「そうね…」
「顔とか声とか、見た目は全然変わってないのに。
なんだか別の人間になっちゃったみたいですね」
長い睫毛の下の瞳が虚ろになっていた。
彼女はナイジェルの話題になると、どこか魂が抜けてしまったような表情になる。
やはり言葉には出さないが、彼の事を心配しているのと同時に、どこかで負い目を感じているんだと思う。
そんな顔を見ていると胸が締め付けられてしまい、
話題を変える事にした。
「さ。そろそろ夕飯の時間ですし、ジムとナイジェルを呼びに行きましょうか」
「えっ…あぁ、もうそんな時間なのね」
「行きましょう。お腹空きました!」
「今日の夕食当番はボビーだから、お決まりのUFOよ。残念だったわね」
「あ…そっか…」
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