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「ナイジェル…何度も言ってるでしょ?食べた後の食器は重ねて流し台に持っていって水に浸けといてって」
「あ?いっぺんにんな色んな事言われてもわかんねーよ」
「………。
食べ終わった汚れたお皿は、
大きいものから下から順番に重ねて、
両手で握って、
キッチンまで歩いて、
流し台に持ってるお皿を置いて、
水道の蛇口を捻って、
水を出して、
その水の下にお皿を持っていって
10秒待って
蛇口を捻って
水を止めておいて」
「…………。サラ…大丈夫か?」
「アンタ脳みそも洗っとくから水に浸けときなさい」
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こんな会話をしていたのが、つい半年前の出来事。
ナイジェルの面倒臭がりは異常なほどで、この程度の行動を口で説明するだけでも逃げて行くぐらいだった。
「大丈夫?」
「あっ…ナイジェル。どうしたの?」
「たくさんの食器ですね。俺がやっとくから休んでおいていいですよ」
「えっ…」
テーブルに積み重ねられた6人分の食器。
ビッキーがそれを片付けようとした所で、彼は後ろから話しかけてきた。
予想外の出来事で彼女は咄嗟に「お願いします」と、丁寧語で返してしまった。
袖を捲って食器を流し台まで運び、スポンジで皿を洗い出したナイジェル。
今までに見た事もない光景に、ビッキーは戸惑いを隠せない。
休んでおいてと言われても、なんだかそれさえ悪い気がして一分くらい彼の後ろ姿を眺めていた。
その話を聞かされたのは、ついさっきの事。
たまたま休憩室でビッキーと一緒になった際、まるで伝説の生き物でも見たかのような興奮した口調で聞かされた。
良い方向か悪い方向か…
第三者から聞けば多分前者だと思うけど、ナイジェルの性格は事故前より180度変わっていた。
何でも自ら進んで取り組む、乱暴な言葉も使わない、紳士的で優しい男性。
タバコも吸わなくなった。
面倒な仕事も積極的に真面目にこなす。
顔は元々悪い方ではないんだから、今なら若い女性にもかなりモテると思う。
レースに復帰した後は、ファンの年代層がグッと下がるはずだ。
なのに何故だろう。
なんだか心のどこかに、まだモヤモヤするものが残っている。
気のせいだとは思うが、時々それが気持ち悪くて仕方がない。
このモヤモヤの原因はナイジェルだとはっきり決まったわけじゃないけれど、
確実にあの事故以降に始まった体の異常だ。
私はまだ何か…彼に期待をしてしまっているのだろうか。
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