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……………

入院(と言っても、たったの一日だが)から数日が経過し、カレンダーは赤表示の日曜日を指していた。

ナイジェルは普段よりも少しだけ良い服を着て、鏡の前に立ってみた。


この部屋に初めて来て、部屋の汚さに驚いた事は言うまでもないが、クローゼットを開けるとまた更に驚いた事をよく覚えている。


何着か外出用の洒落た衣類はあるものの、8割が部屋着だ。

動きやすさを重視していたのか。

センスはまだ悪くないが。


その中で一番良さそうな黒のジャケットを羽織ってみた。

やはりこれがしっくりくるな。


今日は思い入れの深い場所を、サラに案内してもらう約束をしていた日。

仲間とは言っても一応女性だから、キチッとした服装で行かなければならない。

…と思う。


今日をきっかけにまた落ち込んでしまうかもしれないが、それも覚悟の上だ。

何も思い出せなくたって構わない。

その風景を見るという事が、今日の課題なのだから。



大丈夫。


普通にドライブ感覚で行けばいい。



「ふぅ…」


鏡の前で小さく息を吐いて部屋を出る。

彼女と待ち合わせしているのは、メインルーム自販機の前だ。





「あ、ナイジェル」

「…ッ」


階段を下りる途中、反対側から登ってきた男性と目が合った。

男は大きな目をパチッと広げて、ナイジェルの格好を見る。


「今日はなんかキチッとしてますね。お出かけですか?」


質問をしてきたリッキーは、対照的に部屋着に近い服装。

今日は休みで予定も入っていないのだろう。


階段を上がってきて、彼はナイジェルの前…階段の2段下で止まった。


「あぁ、はい。気分転換にドライブに…」

「ドライブですか!いいですね、天気も晴れてますし♪」


出会った当初から思っていたが、彼の笑った顔はまるで女性のようだ。

普段も綺麗な顔立ちだが、笑うとその印象が際立つ。

ウチのチームでも一番人気があるというし…世に言う「イケメン」という部類か。



「どこに行くんですか?」

「あぁ…まだわからない。少しでも何か思い出せないかと思って、印象的な場所を案内してもらう予定なので」

「あ!良いアイデアですね、それ!誰と行くんですか?」

「サラとです」

「……ッ…」


あんなに楽しそうに笑っていたリッキーの反応が突然止まった。


「ッ…?」

「あ…ごめんなさい」


挙動不審に目線を変え、軽く頭を下げた。

彼の反応に若干の不審感を抱く。



「サラから…誘ってきたんですか?」

「え…あぁ、いや。誘ったのは俺からです」

「そうですか」


先程の話し方より、微かにトーンが落ちていた。

さっきまでの女性のような笑顔も、口角を上げてはいるが曇っている気がする。



「あの…っ……俺も…」

「…?」

「…いえ。なんでもないです。気をつけて行ってきてください」

「…あぁ…はい。行ってきます」



何かを言いかけたが、最後まで言葉を続けようとしなかった。

不思議に思ったが、とりあえず彼と別れて階段を何段か駆け下り始める。


しかし今のリッキーの横顔は何か思いつめたように見えて、自然と足が止まってしまった。

階段を登っていった上を見上げる。



あの子はもしかしたら…



なんとなく胸に違和感を抱いたまま、再び残りの段差を駆け下りた。



















「ナイジェル、おはよう」

「おはようございます。すみません、遅れてしまって」

「相変わらず、いつまで経っても堅苦しくてやり辛いわね」


彼女は既に自販機の前に立って待っていた。

時計を見ると10時5分。

俺の5分遅刻だ。


「準備はいい?今日は結構走るわよ」

「大丈夫です。昨日たくさん寝たから」

「ははっ。その言葉は貴方らしいと言えばらしいわね。じゃ、行きましょう」


背中を向けた彼女の金色の髪が揺れ、ふたりは玄関を出た。


ナイジェルが無くしてしまった思い出の場所。


本当は今日一日なんかじゃ全然回り切れない程あるけど、それを少しずつでも見ていこう。


別に期限はないのだし、ゆっくりと。


何か小さな手がかりになれば、それだけで十分だ。


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