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……………
その日からナイジェルとサラは、よくふたりで出かけているようだった。
先々週の予定休も合わせて取っていたし、先週の土曜日も、この間の水曜日も…
その度に「今日はあの料理店に行った」とか「ナイジェルがこんな事を言っていた」などの出来事を俺に話してくれる日々が続いた。
彼女の話からナイジェルは少しずつ心を開き始め、俺達の生活にも馴染んできている事がわかる。
そしてサラもまた、彼の話をする時の顔は前よりもずっと楽しそうになっていた。
「次はナイジェルが好きだった隣町の噴水公園に行ってみようと思うの」
「あぁ、あそこで昼寝するの好きでしたもんね。いいと思いますよ」
今日もまた、彼女の部屋で出されたクッキーをかじりながらあの人の話を聞いていた。
「あ、もうこんな時間ね。リッキーも疲れたでしょ?ごめんね、いつも話を聞いてもらっちゃって」
「構いませんよ。話相手を買って出たのは俺の方ですし」
「ありがとう。貴方が聞いてくれるだけで凄く落ち着く」
「ははっ。というか、ちゃんとした意見は全然出せてなくてすみません」
それを聞いて「その台詞何回目?」と、子どもみたいに笑う彼女。
普段のクールな姿からは想像出来ない素の表情だ。
「リッキーって本当に謙虚で可愛いわよね」
「可愛いって…。男は可愛いより格好良いって言われた方が嬉しいんですよ」
「その顔で言っても説得力ないのよ」
「…もう、本当に傷ついてるんですから」
「ごめんごめん。それじゃ、リッキーもそろそろ戻る?」
「あ、はい」
サラにお土産として余ったクッキーを貰い、扉の前まで付いて来てもらった。
「今日もありがとう。じゃ、また明日レースでね」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみ」
ガチャン
扉がゆっくりと閉まる。
「…………。」
こういう日々が続いて、1ヵ月以上が経過した。
彼女と話をしている時間は楽しい。
徐々にナイジェルと俺達との距離が縮まってきている事もわかるし、
何よりそれを一番喜んでいるサラの顔が見れる事も。
俺達は確実に前へ進んでいる。
それなのに…
最近、俺の中でまた違う感情が微かに姿を見せ始めていた。
喜びでもない、幸せでもない
何かまた違う、色で言うと灰色の感情。
彼女はナイジェルの事を、事故前以上に大切に思っている。
それは当たり前の事なのに。
こうやって俺が帰った後、眠る直前、ご飯を食べている時やトレーニングに励んでいる最中
いつもどこかで、あの人の事を考えているんだろう。
彼女にとって俺は、寂しさを紛らわす為だけの存在なのかもしれない。
「…はぁ」
ガチャン
自室に入り、扉を閉める。
こんな事を考えたって、何も変わらない事はわかっている。
「最低だな…俺…」
部屋のソファーに座って、目に入った写真立て。
中には、昨年遊園地へ遊びに行った時の仲間達との写真が一枚。
大きな観覧車を背景に、サラもナイジェルも俺も、皆笑っている。
「…………。」
リッキーはその写真立てを静かに伏せ、サラから貰ったクッキーをかじった。
美味しい。
彼女には、やっぱり…
俺なんてクッキーで十分くらいのお子様にしか見えてないのだろうか。
そこまで深い意味なんて考えずに渡してくれた事、わかってるのに。
俺…おかしくなってる。
夢中でクッキーを何個も食べ続ける。
口の中の水分が足りない。
それでも夢中で食べ続け…
「…………。」
あっという間に、それはなくなってしまった。
空っぽになった袋。
それをぐちゃぐちゃになる程握った。
頭を抱えた後、リッキーは虚ろな目のまま立ち上がった。
顔でも洗って頭を冷やそう。
喉も乾いた。
きっと疲れてるんだ。
時間はもう12時をまわっているが、こんな事を考えていたって眠れるはずがない。
クッキーのカスが残ったままの口元を手で拭い、
彼はひとり、部屋を出た。
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